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第36話 狂気の行方



「ねぇ野畑、あんた最近ちょっとカリカリしすぎじゃない?」

「うっせぇくそが! こっちに寄んじゃなぇ!」


 リビア王国の宮殿のある一室、そこで南堀筋高校の男女が言い争っていた。


「野畑、あんたなんかこっちに来てからおかしいよ。私もうあんたとつるむのやめるわ」

「勝手にしろクソが! とっとと俺の視界から消え去れ!」

「はぁ…………呆れた」


 女は深いため息を吐くとその一室から立ち去り、野畑だけが取り残されることとなった。


「あいつのせいだあいつのせいだあいつのせいだあいつのせいだあいつのせいだあいつのせいだあいつのせいだあいつのせいだ」


 呪詛のように憎しみの声を、怨嗟の感情を、滾る怒りを、言葉にする。


「あいつが……どうしてあいつだけが上手くやってやがる」


 野畑は、狂っていた。


 自身のいじめの対象となっていたミライがリビア王国から亡命し、既に二カ月が経過した。

 野畑は訓練にも勤しまず日々刻々とミライの情報を探し、時には魔物に襲われ瀕死の重傷を負い、時には自身の戦闘能力を大幅に上回る金髪の美女に数多の殴打を打ち込まれ、女にすら膂力で敵わず、弄ばれる生活を送ることでその心は蝕まれ続けていた。


 だが、収穫もあった。


 野畑はミライの行先と、現在のミライの状況を知ることに成功した。住居も何も定まっていないため遠出は出来なかったが、這う這うの体でどうにか盗賊の街メタスラムへたどり着いたこともあった。

 帰路の時間を考え長居は出来なかったが、そこでミライの現状を知った。


 その状況を聞き、野畑は怒り狂った。


 自分が銀髪の女王にいいようにこき使われている間に、ミライは盗賊の街でも名を馳せる冒険者としての地位を築いていた。


 溢れるほどの劣等感に、考えられない程の狂気に、満ち満ちた絶望感に、信じたくない無力感に、苛まれた。

 狂気に、身をゆだねた。


 野畑は日に日にやせこけ、同級生からもやっかまれるようになった。

 それでも、ミライをいじめていた主犯格ということもあり、自らがいじめの対象となることを恐れ、同級生たちは野畑に突っかかるようなことはなかった。

 

 だが、日が経つごとに野畑への批判は増していった。

 力を付けた同級生や騎士団に入団したという者も野畑を批判し、その人を寄せ付けない荒々しい性格は段々と仲間を失っていった。

 先刻も、ミライをいじめるときに同伴していた女に絶交を言い渡され、野畑は更に怒り狂う。


「絶対に…………殺してやる」


 滾る劣等感を、罰を、ミライに与えることを決意した野畑は三井と北を招集した。









「篠塚を、殺す」

「は?」

「あ?」


 自室に三井と北を呼び、会合を開いた野畑は開口一番に野畑の抹殺を提案した。

 三井は野畑を一瞥し、外を見やる。


「どうでもよくね、あんなの」

「いいわけねぇだろ」


 己は感知しないと言った心持の三井に、野畑はかみつく。

 

「篠塚とか死ねばいいんじゃね?」


 だが、北は野畑に賛同する。


「どうせここ異世界だろ? 野畑を殺そうが殺さなかろうがどっちにしたって犯罪ってわけじゃねぇだろ。っていうか篠塚が今どこかとか知ってんのかよ」

「知ってるに決まってるだろ。あんなゴミは死ぬべきだ」


 三井も北も野畑からミライの話を定期的に訊いており、両者ともに自らの劣等感と無力感、いじめの対象だった人間に対しての殺意を覚えていた。

 三井は無関心を装うことで、その殺意を表に出さない事こそが自らの美学であると、自覚していた。


「時は来た。あいつは死ぬべきだ。いくぞ、お前ら」

「マジ死ねばいいのになあいつ。殺しに行こう」

「本当どうでもいいわあんなクズ。生きてても死んでてもどっちでもいいわ」


 三人は、用意を整え、リビア王国を出発する。

 

 篠塚未来を、殺すために。








 時は二週間ほど遡る。


「おいおいおいおいマジかよ…………」


 盗賊の族長ミラサは、眼前の光景に目を剥いて立ち尽くしていた。


 眼前にそびえる外壁はことごとくが切り裂かれ、深い溝を有し、粗雑なレリーフが完成したかのような様相を呈していた。


「よくも一月でここまで……」


 外壁にその外傷を残した本人こそ、篠塚未来本人であった。



 自らのマスターに与えられた『ソニックブームの習得』――


 自らが風魔法のほとんどを習得していることから、習得するまでの道のりは可及的であった。

 ミラサはミライの成長速度に舌を巻き、ミライはそのことにも気付かずただただ毎日ソニックブームの質を向上させていた。


 後に起こるかもしれない戦争を止めるために、自らのギルド員を守るために、自分が生き残るために、ミライは毎日短剣を振り続けていた。 



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