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第35話 彩木の決意




 異世界召喚された人間の内でもとりわけリーダーシップを発揮し、大学生を含む全員をまとめ上げていた高槻が戦士の街トスローに赴いた翌日、


 リビア王国の食堂は依然として活気に満ちていたものの、どこか歯車が一つずれたかのような、何か大切なものを失ったかのような、ばねの一つとれた玩具のような様相を呈していた。


 集団には、リーダーが必要である。


 頭がいなくなれば、次に頭となる人間が必要である。


 頭目がいなくなれば、集団は徐々に瓦解する。


 選ばれし十二人の多くがリビア王国を抜け出した今、残りの選ばれし十二人の中からその首魁となる人間が選ばれるであろうと考えられていた。


 銀髪のエルフの女王は意外にも高槻を引き留めるようなことはせず、むしろそれぞれに援助を申し出る、といった旨も明かした。


 そこにどういった理由が介在しているのか、彩木には全く理解することが出来なかった。


 彩木は胸中では、銀髪のエルフの女王が今回の異世界召喚を行った張本人ではないのかと、疑っていた。


 だが、自身の下を離れる勇者候補たちにも援助を申し出るというのは、一体どういう了見なのか、謀りかねていた。


 彩木は、リビア王国に残った。

  

 高槻が先駆者となったのにも関わらず、依然として多くの人間がリビア王国に残っていた。

 見知らぬ土地で女王の庇護下を離れるということの危険性、そして何よりこの銀髪の嫋やかな美しさに敬意を示す人間が、少なからずいた。


 だが、彩木はこの女王が苦手だった。

 自身に元騎士団長ウレンデールをあてがってくれたこと、そのウレンデールをミライの捜索に出すことを許可してくれたことなど、枚挙に暇がない程度には様々な施しを受けているのにも関わらず、女王のことを好くことが出来なかった。

 

 そこにどういう理由があるのかは自身でも分からなかったが、女王には言いしれない憎しみのようなものが、羨望か憧憬か、理解しがたい感情が胸中から沸々と湧き上がってくるのだ。


 どういった理由なのかは分からなかったが、彩木は自らの感情に嘘を吐かないことにした。


 だが、女王をよく思わないことと信頼しない事とは別の次元である。


 彩木は女王のことを高く評価し、信頼すらしていた。

 いつかこの言い知れぬ羨望のような、憧憬のような感情がなくなると信じており、それほどまでに女王の手腕は鮮やかだった。


 まず高槻に目を付けた女王は高槻を筆頭に、再起した勇者候補たちが異世界語や戦闘面において邁進出来るよう、学び舎を設立した。


 異世界語を短期間のうちに習得出来た理由は勇者候補のおぞましいほどの能力の高さもあったが、それ以上にこの女王の補佐があったことが原因の一端を担っている。


 そして戦闘訓練の後は、ダンジョンに潜ることを薦めた。


 ダンジョンで得ることが出来た金品などは個人の所有物となることを約束し、より勇者候補の戦闘能力が上がるように、発破をかけた。


 勿論、ダンジョン探索を行う際には騎士団の数名が帯同し、安全を担保したダンジョン探索であった。


 熟練の騎士達が帯同する上ではいたって安全であり、自らの力を過信しすぎた者たちが単独でダンジョンに挑み、命を落とした例は少なくはなかったが、その前例のおかげで、騎士団の下を離れ過信するような振舞いを行う勇者候補も少なくなった。







 異世界召喚から数日の頃――


 ミライの行方を気にかけた彩木がウレンデールを、捜索に駆り出したことがあった。


 ウレンデールはリビア王国で、この国に慣れていなさそうな金髪碧眼の男から盗賊の街を目指したいと尋ねられた婦人と出会い、その旨を彩木に伝えた。


 ミライが金髪碧眼になったことと、盗賊の街を目指し宮廷を抜け出したことを知った彩木は同級生に周知させたが、誰もミライのことを気にかける人間はいなかった。


 その後高槻の耳にもミライの情報が伝わることになる。


 そして、選ばれし十二人の多くも、ミライと同様に容姿が変わっていた。


 婦人の話を聞き、彩木に伝えたウレンデールはすぐさま準備し、盗賊の街メタスラムへと向かった。


 そこで、黒布を口元に巻き付け、ゴーグルをした奇妙な男と出会ったが、特に探していた人物と似通った容姿を持つ人間はついぞ見つけることが出来なかった。


 結局見つけることが出来なかったウレンデールはリビア王国へと戻り、彩木に自らの失態を懺悔するが、彩木は少し肩を下げる程度だった。


 盗賊の街メタスラムで何かがあったのかもしれない、もしくは人違いなのかもしれない、少なくとも、ミライがこの異世界で即座に絶命するといった気は、全くしていなかった。


 過信かもしれない。妄信かもしれない。だが、彩木はミライの無事を祈り、捜索を中止した。



 未だに異世界召喚を行った主導者が判明せず、多くの若者は銀髪のエルフに賛意し、ダンジョン探索を行っていた。



 黒の巣――


 リビア王国に存在する最もメジャーなダンジョンの一つであり、上層であれば下級の冒険者でも容易に踏破することが出来るため、冒険者から人気のダンジョン。


 ダンジョン、何らかの原因で生まれた、魔物や魔獣の生息している空間。

 そのほとんどは地下深くにアリの巣構造的に、洞窟のような貞操を呈しているという。


 そんなダンジョンの上層で、彩木は一人きりで漫然とダンジョン内を歩いていた。


「彩木、何をやってる!」

「あ、高橋先生」


 そこを、高橋に見られた。


 ミライを気にかけた数少ない教師であり、その熱血性から、有事の際には生徒たちの指針にもなる。


 ミライの姿を最後に目にした南堀筋高校の教師であり、彩木は何度も高橋に、最後に見たミライの状態を教えて貰っていた。


「ダンジョンに一人で潜ってるのか。一人だから、下層までは行く気はないんだよな? 」

「…………」


 彩木は、押し黙る。


「一人で下層になんて、俺が行かせないぞ。死ぬな! こんな所を死地に定めるな! 希望を持て、諦めるな!」


 沈黙を肯定と受け取ったのか、自殺願望を感じた高橋は、いつものように心に熱い火をともし、対話する。

 だが、今悩んでいることはそんなことではない。


「先生、選ばれし一二人、ってミライ君も入ってるんですよね」

「あ……あぁ、そうだな。ミライも異世界に来た時からこの国の言葉を理解していたと聞いたな」

「それで、選ばれし一二人は、ミライ君は分からないけど、他の皆は全員頭一つ抜けた戦闘能力や特技がありましたよね」

「あぁ、あったな」


 高橋は再起を含む十一人の戦闘能力を追想する。

 高橋の純然たる戦闘能力も他を凌駕するものではあるが、十一人はそれをはるかに凌ぐ。


「僕は…………一体、どうするのが正解なんでしょうね。ミライ君を探しに行くべきなのか、ミライ君が返って来た時のために、ここで資金を調達して、戦闘能力を向上させるのと」

「……どっちなんだろうなぁ。俺はただの教師だ。あまりお前のプライベートを侵食するようなことは言えんが、困った時はそのどちらを一度選んで行動しようとしてみろ。どちらを選んでも、最後には後悔する。

そして行動しようとしたその時、嫌なんだと感じれば、お前は本当はもう片方の選択肢を選ぶことを深層心理では考えていた、ということなんだと、何か教育論の本で見た気がするぞ」

「ソースは先生じゃなくて本なんですね」


 くす、と苦笑する彩木。


「そうだな」


 高橋も、ガハハと豪快に笑う。

 ここが、生徒からの信頼が厚い所であり、人望に長けている所でもある。嘘を、つかない。


「先生……僕、今さっきの二つの選択肢の内の後者を選んでるんですけど」

「そうだな」

「ミライ君を探しに行けばよかったな、と後悔してます」

「なら、前者も試すか」

「はい。僕、盗賊の街メタスラムに行きます」


 一拍。高橋は大切なものを見るような温かさを目に灯し、彩木の背中をポン、と叩く。


「行ってこい」


 

 彩木は、遂に自らの身を使い、動き出した。




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