第30話 それぞれの気持ち
一条の剣筋が湿地帯にまとわりつく濃霧を切り裂く。
投擲された短剣は円弧を描き、悪辣な魔物の首を一刀のもとに切り伏せ、絶命させる。
盗賊の街【メタスラム】近辺の湿地帯――【森の骸】
森の骸の中で、あーちゃん、アーシャ、ミーシャ、ティラルア、俺の五人が疾駆していた。
「アーシャ、そっち頼むにゃ」
「はいはーい、任せてよ! ミーシャもそっちから頼むよ!」
「分かってるの……」
あーちゃん、アーシャ、ミーシャの三人は互いに声を掛け合いながら疾駆し、投擲した短剣が多数の翼蛇を切り裂く中、アーシャとミーシャは互いに魔物を挟みながら驀進していた。
アーシャは驀進しながらも横目で魔物を瞥見し、手元の鉄鎖を魔物へと打ち出す。
打ち出された鉄鎖は魔物をぶち抜きながらもミーシャの下まで伸び切り、鉄鎖を受け取ったミーシャは手に力を籠め、鉄鎖を引く。
鉄鎖を引かれたアーシャはその道中で多数の魔物を巻き込みながらミーシャの下まで急迫し、アーシャがミーシャの下に辿り着くや否やミーシャはまたアーシャから距離を取るように疾駆する。
その後は、それの繰り返しだった。鉄鎖を利用した二人の挟撃が彼女らの戦法らしい。なかなか理にかなっているとは言えないが、多数の敵と相対したときよりも一匹の強大な魔物との戦いに向いているらしい。
「ふ~、よくやったにゃ」
翼蛇をあらかた殲滅したあーちゃんは軽く体をほぐしながら俺とティラルアの下に返って来た。
「あ、じゃあ軽く治療しますね」
「あ~、じゃあ頼むにゃ」
ティラルアは先ほどの戦闘で少々傷を負ったあーちゃんの傷跡に手をかざし、光の奔流が一瞬流れ、暗い湿地帯に光の粒子が溢れたかと思うと、あーちゃんの傷跡は跡形もなく消し去られていた。
「はい、できました」
「おぉ~~」
「すげぇ~」
ティラルアは治療師で戦闘においてはアンデッドの時しか頼りにはならないが、プリーストの本領を発揮していた。
そうこうしているうちにアーシャとミーシャも鉄鎖を巻きながらこちらにやって来た。
湿地帯【森の骸】――
本日、俺たち【あーちゃん親衛隊】はグループ全体で狩りに来ていた。
俺は刃毀れした短剣しか持っていないので、今日は戦闘には参加しない。あーちゃんとアーシャ、ミーシャの戦闘方法を参考にするためについてきただけだ。
また、ティラルアの治療のレベルにおいても確認しておきたかったという心算もある。
「やっほー、ミスト。どうだった私たちの戦い方?」
「○点なの」
「ちょっとミスト、表へ出るの」
「あわわわわわ、喧嘩はいけないですよ皆さん」
俺はアーシャの質問に、ミーシャの真似をして答え、ミーシャはそんな俺に軽く青筋を立てる。ティラルアは俺たちの喧嘩を止めようとしているが、そこまで深刻なものではない。
俺は全員が揃ったことを確認すると、やおら立ち上がった。
「なぁ、俺いい観光スポット知ってんだ、ちょっと行ってみない?」
「……つまらなかったら殺すの」
「行ってみたいにゃ!」
ミーシャとあーちゃんは賛同の意を示すが、先程の悪ふざけのせいか、ミーシャから敵愾心を持たれている気がする。
俺は苦笑しながらも、【森の骸】最大の樹齢を誇る大木の下へと歩き始めた。
■
「ほぇ~、これがここの観光スポットねぇ~」
「ここが観光スポットなのかにゃ?」
目的地に着いた俺たちは大木の根元でその頂上を見上げ、観光スポットとは程遠いことを実感していた。
だが、根元が観光スポットだとは言っていない。
勿論、根元は根元で霊験あらたかで荘厳な自然を思わせる雰囲気も漂っているが、俺が見て欲しいのは頂上だ。
そもそもあーちゃんやミーシャやアーシャは何度もここには足を運んだことがあるだろう。
「じゃあ、あーちゃんそこに立って」
「? ここにゃ? なんで……」
あーちゃんが疑問を呈する前に、俺はスキル≪突風≫を使用し、上へと押しやる突風を吹かせた。
「ううううううにゃあああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!」
あーちゃんは驚愕の声と共に上へ上へと昇っていき、あっという間に見えない程の小ささになった。
あーちゃんは猫の獣人族だから恐らく頂上付近の太枝には問題なく乗ることが出来るだろう。
それに、猫は落ちても態勢を立て直せると、生前聞いたことがある。亜人にも適応されるのかは知らないが、きっと大丈夫だろう。
最悪、落ちてきたらまた≪突風≫を使用して無事に着地させてやればいいだけの話だ。
「じゃあ、次」
「はいはーい! 私が行く!」
アーシャは俺の前に位置取り、俺は再度スキルで上へ押し上げた。
「じゃあ私も行くの」
「どうぞ行ってらっしゃい」
最後にミーシャを送ると、残るはティラルアだけになった。
「ねぇ……嘘ですよね、ミスト……。わ、私プリーストですよ? 身体能力の『た』の字もないのに絶対落ちますって……いや、本当に止めときましょう?」
「身体能力の『た』の字もないなら『しん』まではあるんじゃねぇか! よし、行ってこい!」
「あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ミストの馬鹿ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ティラルアは怨嗟の声を残して頂上へと昇っていき、俺はその様子を地上から見守る。
スキル≪突風≫――
前までは全く使いこなせないスキルだったが、前回大木に登るときにスキルを見回していたら便利そうなスキルを発見したので、何度か使っていたら使用方法が分かった。
使えることと使いこなせることは別物だ。
スキルが沢山使えるということ自体は大変嬉しいことなのだが、何分使いこなせなけえれば宝の持ち腐れだ。最悪他者に傷をつけるようなことすら予測できる。
俺は自身に≪突風≫を使用して、大木の頂上付近へと昇って行った。
その道中――いや、空中――
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ、助けてええええええぇぇぇぇぇぇ!」
『しん』までしか身体能力のないティラルアが落ちてきた。どうやら無事に太枝に着地できなかったらしい。
「助けてええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「はいはい待ってました」
俺は登りながらも、落ちてくるティラルアを受け止め、頂上を目指して昇って行った。
■
「いや~、面白かった」
「私は面白くなったですから! 私は面白くなかったですから!」
無事頂上付近の太枝に着地した俺とティラルアは、交互に言い争っていた。
「まぁまぁ、無事に着いたんだしいいじゃないの~」
アーシャはティラルアを宥めすかし、どうにかこうにか数分でティラルアのご機嫌をとることが出来た。
「それにしてもこの眺望は凄いの……ミスト、よく見つけたの。褒めてやるの」
「それはありがとう」
ミーシャは太枝からの展望に感嘆の声を漏らし、目を燦然と輝かせながら【森の骸】を俯瞰している。
思えば長い道のりだった気がするな……ここまで。
異世界に転移されてから宮廷を抜け出し、途中で変な盗賊に殺されかけ、マスターに殺されかけ、挙句変な女につかまって変なギルドを創生されて……。
その後アーシャとミーシャを発見して謎の女に襲われて……ドジを冠するティラルアとも遭遇して……。
思えば、長い道のりだった気がするな。
俺は、【森の骸】を見下ろし、仲間たちを見ながらも少し感慨にふけっていた。
「皆、パン持って来たから食べるにゃ」
「いいですね!」
あーちゃんはバックパックに入れてあったパンを取り出し、大木の太枝に座りながらそれぞれパンを食べ始めた。
パンの中にはハムやカツなど様々な具が挟んであり、俗にいうサンドイッチというやつだ。
なぜハムやカツを生産できるのかは全く理解できないが、技術の発展が目覚ましいこの異世界では当然のことなのかもしれない。
まだまだ、この異世界には謎が深すぎる。
俺は、皆と並んでサンドイッチを口にしながら、漫然と懐古にふけっていた。
異世界召喚、これからも頑張ろう。




