第28話 金酒
「実は……」
と、地面に座り込んだ女性が話し始めた折――
「ちょっと待ちましょう。ゆっくり話せる場所に行きましょう」
俺は、女性に場所を変えることを打診した。
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「ここ……ですか?」
「はい」
俺たちが来た場所は、先程まで魔物を見下ろしていた樹の頂上付近。
頂上付近の太枝に、俺と女性は座っている。俺が女性を背負ってここまでやって来た。
「どうです? 壮観でしょう。ほら、魔物がゴミのようじゃないですか?」
「な……なんですか、魔物がゴミのようだ、って……? いくらここが盗賊の街、メタスラムだからと言ってそんなゴミは落ちてませんよ……?」
と、お決まりのボケを入れてみるが、やはり異世界なので通じない。
「まぁ、それは置いときましょう。何か言いたいことがあったんじゃ……?」
「はっ、はぅっ! そっ、そうでした! 今すぐお話を…………ってうぁっ!」
と、慌てて話し出す女性は体勢を崩し、太枝から落下しかける。が、俺は女性の足を掴み、元の位置にもう一度座らせる。
「はっ……はぁ、はぁ、はぁ…………た、助かりました。すっ、すいません、すいません。ありがとうございます、ありがとうございます。わっ、私ちょっとドジで……」
「そっすね」
あざとい。
ドジっ子というやつだろうか。
「で、では気を取り直しまして」
コホンと軽く咳払いし、場を整える。
「私はティラルア・ウェルビッチ。治癒師です」
胸に手を当て、真正面から目を見てくるティラルア。
「初めまして、俺はミストです。よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ」
互いに頭を下げる。
ゴンッ。
ティラルアが、俺の頭に頭突きをくらわす。結構痛い。どんなスピードで頭を下げてるんだ一体。
「すっ、すみません…………」
「はい」
ドジっ子ここに極まれり、って感じだな。
ティラルアは俺と自分の頭に治癒をかけながら、再度話し始めた。
「まず、私についてお話します。口で説明するのよりも分かりやすいんで、これを……」
と言い、フードを被った。
そのフードの額には……
≪金酒≫の紋章があった。
「あなたギルド≪金酒≫の……」
「はい」
しゅんとした顔で俯く。あまり関わりたくない案件のにおいがしてきたな。
「すいません、そういえば新聞配達のバイトの途中だったんで、私はこれにて」
「ちょっちょっとおおおぉぉぉぉ! まっ、待って下さい、待ってくださいって! っていうかこんなところで新聞配達なんてある訳ないじゃないですか!」
立ち上がった俺の手を掴み、ティラルア必死に懇願してくる。
「ちっ」
「ちょっと! 今舌打ちしました!? 舌打ちしましたよね!?」
「いえ、気のせいですよ。ではこれにて」
「ちょっとおおおおおおぉぉぉぉ! 話を、私の話を聞いて下さいってえええええぇぇぇぇ! それに、今ここでどこか行かれたら私降りれないですからああああああぁぁぁぁぁ!」
ティラルアは俺の腕を握り、更に力をこめる。
「だから降りれない所には上るなって言ったでしょ!」
「誰なんですかその喋り方はああああぁぁぁぁぁ! ひとまず話を聞いてくださいってええええぇぇぇ!」
「嫌だあああぁぁ、離せええぇぇ!」
その後、俺とティラルアの格闘はしばらく続いた。
――五分後
■
「やぁ、僕ピルピルだよ!」
「誰ですかピルピルって……。今更別人のふりしたって逃がしませんからね」
「ちっ」
「また舌打ち!?」
俺が声音を変えて自己紹介したが、ティラルアの目はごまかせなかった。中々賢い奴だ。チンパンジー程度の知能は認めてやろう。
「で、≪金酒≫の人が俺に何の用事ですか?」
「あ、ちゃんと聞いてくれるんですね、やっと話せますね。実は……」
と、口上を述べて、ティラルアは話し始めた。
「実は、私元々魔法使いの街からこの街にやって来た新参者だったんですよ。そこで身寄りがないとやっぱり生きづらいかな……と思って入ったギルドが……」
「金酒と」
「はい」
恐らく相当端折っているだろうが、話しやすくするため、相槌を打つ。
「ですが、≪金酒≫は酷いギルドでした……。あそこのギルドの評判を聞かずに入団した私も悪かったのですが、あんまりな労働環境だったので……」
と、言いながらティラルアは目から水滴を流す。
頬を伝った水滴は顎に到達し、自由落下する。その水滴が手に落ち、突然の水滴を感知したため、体がビクッと跳ねる。
「何やってるんですか……」
「いや、自分の涙が突然落ちてきてビックリしたんですよ! 水を差さないで下さい!」
「涙だけに……」
「うまくないですから!」
ティラルアは目尻に溜まった水滴を拭い、再度話し始める。
「その労働環境が酷くて……まずギルドに入団してからは、この紋章が描かれた装備品を支給されたんですが……」
フードの額部分を指さすティラルア。額部分には、金貨と酒が入った酒瓶が描かれている。
「その後≪金酒≫の一員としてギルド員についていき、クエスト依頼を受けていたんですが、現実は厳しいものでした。私はプリーストなので、戦闘に参加することが出来ませんでした。ですので、治癒を主にやってきたのですが、ギルド員の皆様からは「トロくせぇ!」や「さっさとしろ!」などの暴言ばかり投げかけられました」
「……なるほど」
どこか遠い所を見るようにして、ティラルアは憂いを帯びた表情をしている。
「ですが、そこまでならまだマシでした。その後のクエスト依頼報奨金の配当が看過出来ないものでした。私の配当金だけ、皆さんの配当金より著しく少なかったのです。私がそのことに抗議の声を上げると、「戦いもしてねぇやつにやる金はねぇ!」などと言われました」
「そこでギルド≪金酒≫ギルドに嫌気がさしたと?」
「その通りです」
ティラルアはここで一息つき、持っていた水を飲んだ。
そういえば俺は朝から何も食べてなかったな。この世界に来てから妙にお腹の減りが遅い。何かスキルが影響しているのかもしれない。
「サンドイッチない?」
「いや、私売店じゃないですから。持ってないです。でも水ならあげれますよ」
ティラルアは先ほどまで飲んでいた水筒のような筒を俺に手渡す。
が、さすがティラルアというべきか、俺に手渡す途中で中身をぶちまけた。
「ああああああぁぁぁ、ふっ、服が……!」
と、まず一番に俺の服の心配をするティラルア。
「まず俺の心配をしろよ!」
「あ、あははは……」
俺の服を拭きながらも、力なく笑う彼女の横顔は、ひどく頼りなく見えた。今まで無理をしてきたからなのかもしれない。彼女の顔は出会ったときから常に強張っていて、笑顔になったときの表情筋を使い忘れたかのように、少しだけ、引き攣って見えた。
「それで、どうなったの?」
俺の服を拭き終え、定位置に戻ったティラルアに再度質問する。
「そうですね……」
伏し目がちに答える。
「そこから先は、いいことが全くありませんでした。先程言ったように、≪金酒≫は配当金を結局ほとんどくれませんでした。ギルド名の通り、ギルド員は毎日毎日金を稼ぎ、その金で酒を飲んでいました。まともに配当金を貰っていなかった私は日々生きていくことで精いっぱいでした」
言いながらも、ギュッと服の裾を掴むティラルア。
「ですが、転機がありました。それが、今日です。先程まで少し遠くで狩りをしていたのですが、ここは魔物が頻出する地帯です。偶然頻出した魔物に手を焼いているうちに、ギルド員の目を盗んで私は命からがら逃げてきました」
言い終わると、ティラルアはやってきた方向に目をやる。
俺も目をやるが、人影は特に見えない。
「それまでに辞めようと思ったことは?」
「いえ、何度も思いました。ですが、私のようなプリーストはこの盗賊の街にはあまりいませんので、逃げようとしてもすぐに捕まってしまいました。戦闘能力もないので……」
と、情けないような、後悔をしているような、そんな顔でティラルアは呟いた。




