第27話 体液かぶりの女
「ふぅ……」
俺はホラー爺さんと別れた後、狩場を移し、翼蛇の多く生息しているところへとやって来た。
「これはまた……」
この湿地帯の中でも一際背の高い大木の頂上に、俺は座っていた。少しバランスを崩しそうだ。
大木の頂上から見る景色は圧巻だった。湿地帯「森の骸」に跳梁跋扈する翼蛇や他の魔物たちを一見することが出来る。
密林だとかそういった形容が正しいのかもしれない。
湿地帯は木が多くそびえたち、魔物の絶好の生息地となっているような雰囲気だった。
「スキルとスキルの複合技かぁ……」
俺はホラー爺さんに教わった狩りの仕方を反芻する。
スキルの複合技。今俺が持っているスキルは様々だが、その中でも使ったことのあるスキルがほとんどない。
≪夜目≫や≪風刃≫くらいしかまともに使ったことがない。
それも、その名前を見るだけじゃどういったスキルか分からないからだ。あーちゃんに訊けばいいんだろうが、今は宿屋で喧嘩しているところだろう。
明日からはあーちゃんたちを誘って狩りをしよう。その時にスキルの効果を教えて貰おう。いざ使ったスキルが自爆スキルだったりすると洒落にならないからな。
――だが、このスキルは……
スキル≪追尾≫。
このスキルは、名前だけで大体どういう働きをするのか分かる。さすがに自爆スキルではないだろう。
俺は手の平に小さな風刃を形成し、軽く回してみる。
ヒュンヒュンと、風を切るような音が鳴り、生成した刃は掌の上で踊る。
「よし……スキル≪追尾≫」
追尾を使用した俺は、目下に見える魔物に向かって、小さな風刃を放出した。
「行け」
魔物は俺の射出した風刃に気付き、数歩後ずさった。
――が、風刃は後ずさった魔物を追尾し、おかしな挙動を示す風刃を目前にした魔物は脱兎のごとく走り出した。
だが、風刃は地を切り裂きながら魔物を追尾する。
そして一閃――
風刃は魔物を切り裂き、魔物は息絶えた。
「これが追尾……」
追尾の能力に、少し恐怖を感じる。だが、中々有用なスキルだ。
俺は手に風刃をいくつか生成し、目下に見える魔物たちに向かってそれぞれに射出する。
「いけ、追尾」
追尾能力を得た風神はそれぞれ個別の魔物に殺到し、一投にして六匹の魔物を屠った。
「おぉ……すごい……」
目下の異様な景色に少しだけ上気する。
今回の俺の依頼は翼蛇討伐であり、他の魔物を狩る意味はないのだが、魔石を収集することによって有事の際には換金するなどして何かしら役に立つこともあるだろう。
≪追尾≫スキルと≪風刃≫スキルの複合技が思った以上に有用だったので、調子に乗って沢山風刃を形成し、追尾能力を持たせ、目下の魔物たちに射出する。
魔物たちは追尾スキルを逃れることが出来ずに次々と息絶える。
「恐ろしいスキルだ、追尾……」
俺はなんとも恐ろしい複合技を覚えてしまったものだ。追尾スキルがあったら大体の敵は簡単に倒せそうだ。
何より、大木の頂上からスキルを使用するだけなので、怪我をする可能性がない。追尾スキルこそなければ放った風刃の命中率も良くはなかっただろうが、追尾スキルと複合させることで、より高度なスキルへと変化する。
すごいな……。
俺は異世界に来て、初めて自分の力に酔いしれたような、そんな気がした。
だが、それが慢心だった。
調子に乗って沢山放った風刃は様々な魔物に向かって驀進していく。
だが、誰か人に当たるということを考慮に入れていなかった。
「きゃぁっ!」
という悲鳴と共にその方向に目を向けると、杖を持った女性が風刃の餌食になろうとしているところだった。
実際に追尾しているのは魔物だが、その女性は魔物よりも風刃に近いため、このままいけば女性も切り裂かれてしまう。
幸い、女性が逃げていることでまだ風刃の魔の手は迫っていないが、持ちこたえて数秒だろう。
「やっばい………………」
調子に乗って風刃を射出しすぎたことを後悔しながらも、俺は大木の頂上から即座に飛び出した。
風を切る音が耳朶を叩き、女性の方向に全速力で向かっているからか、様々な魔物の悲鳴や葉擦れの音、女性の悲鳴などがドップラー現象の影響を大いに受け、複雑怪奇な音楽を奏でる。
ひゅんひゅんと風を切る気持ちは初めて自転車に乗った時に似ている気がするが、似て非なるものだ。
全能感というのか、日本とこの世界とでの能力の違いに、いささか驚きを禁じ得ない。
俺は女性の後方に降り立ち、数歩たたらを踏んだ後、風刃に向き直る。
「来い……!」
俺は驀進する風刃に短剣を振るい、衝突の勢いで後方に少し後ずさる。だが、風刃は完全に切り裂かれ、消え去った。
「ふぅ……」
……危ない所だった。危うく俺がこの世界に来て初めて殺した人が見知らぬ女性になる所だった。
いや、まだか……!
風刃の恐怖が去った後にまた一難、風刃のターゲットになっていた魔物はこちらを振り向き、俺と魔物との中間地点にいる女性に飛びかかった。
「きゃああぁぁっ!」
「やばい……!」
俺は大きく踏み込み、地面を掘削する勢いで接敵する。
魔物が女性の頭上に迫り、食い殺そうと、その大あごを開いた瞬間、俺は魔物の体を横一文字に切り裂いた。
「ふぅ…………」
危ない所だった……パート二。
危うく、目の前で初めて死ぬ人が、見知らぬ女性になる所だった。
女性の頭上で魔物を解体したからか、その女性は魔物の緑色をした体液で全身を濡らし、ガタガタと震えながら肩を抱いている。
大変申し訳ないことをした。
「あの……」
と、声を掛けようとした瞬間――
「ありがとうございましたああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
女性は大声で地に頭を付け、土下座してきた。
「いえ、止めてくださいこんなところで……」
「止めません! ありがとう、ありがとうございました!」
全身に魔物の体液を浴びた女性が土の上で男に土下座をしている。
そんな状況が、ここにはあった。
物凄く気まずい。全て俺の責任であるのにもかかわらず、女性は俺に何度も謝罪している。マッチポンプもいいところだ。
反射的に体が動き助けたまではいいが、本当に助けて良かったのだろうか。この女性の服装や装備品は少し訝しい……。
杖を持ち森の骸に入る盗賊なんてどうかしていると言わざるを得ない。
もしかして魔法使いか……?
俺は先ほどから何度も平謝りしている女性に声をかける。
「あの……全然いいんで、早く頭を上げてください。あなたは魔法使い……というやつですか?」
俺の声に頭を上げ、申し訳なさそうな顔をした女性は口を開く。
「いえ……いや、そう……です。私は魔法使いです。治癒専門の治癒師です」
「治癒師……なんで治癒師がこんなところに?」
「いえ、その……並々ならない事情があって……」
と、ゆっくりとその女性は口を開き始めた。




