第24話 親友の決意
「春のぉ~陽気に~誘われてぇ~」
上下の安定しない音程で自作の歌を歌いながら、彩木蒼汰はリビア王国の宮廷の傍にある散歩道を歩いていた。
季節は春。
彩木が異世界に召喚され、一週間が経とうとしていた。
「それにしても……」
彩木は散歩の道すがら喉まで出かかった言葉を飲み込み、押し黙る。
「大丈夫かな……」
彩木は危惧していた。
彩木の友達にして、最も尊敬する人物――篠塚未来を。
彩木たちが異世界に召喚され、息もつかぬ間にリビア王国を脱出したという彼を思いながらも、彩木は散歩する。
彩木蒼汰――篠塚未来の最も仲が良かった友達である。
彩木はいつも篠塚がいじめられている原因が理解出来なかった。他を圧倒する膨大な知識量に加え、勉学においても完璧。勉強をしている様子も見られないのにも関わらず、学校のテストでは常に上位に位置し、それを鼻にかける様子も全くない。
勉学に限らず、篠塚の才能は運動においても遺憾なく発揮された。
体育の授業では常に誰よりも高得点をたたき出し、彩木の目には、明らかに他とは別次元の優れた人間に見えていた。それに加え篠塚の体は強靭でしなやかであり、学校に侵入した猪をいとも容易く森に帰したこともあった。
どうして篠塚がいじめられているのか、彩木には全く理解することが出来なかった。文武両道に加え容姿も端麗、いじめられても決して怒らず武力に訴えるようなことはしない。だが、その自らの才能に驕り高ぶることも鼻にかけることもない。
完全に、超人の域に達していた。
だが、生徒からは嫌われる。
猪を森に帰した時にも、「調子に乗るな」や「恰好つけてるな」などと、冷ややかな言葉や嘲笑交じりの言葉しか投げかけられていなかった。
クラス中に賛辞され、もてはやされ、英雄視されていてすらおかしくない出来事である。
「皆どうかしてるよ……」
篠塚がリビア王国を去ったという報告がクラスメイト達にされた後にも篠塚に興味を示す人間は少なく、誰も彼を気にかけてはいなかった。
篠塚がいじめられている時、彩木は何度も篠塚の仲間味方をしたが、彩木の立場を心配した篠塚から「お前は俺に関わらない方が良い」といった言葉を投げかけられ、しぶしぶ身を引いた。
「まぁでも大丈夫だよね……ミライ君が簡単に死んだりするわけないもんね……まぁ、適当に元気にやってるよ! 僕もこの世界になれたらミライ君を探しに行こう…………!」
彩木は決意する。ミライを守るためにミライを探すことを。
彩木は決意を胸にしながら、宮廷へと戻っていった。
■
「彩木殿、お食事の用意が出来ておりますぞ」
「あ、爺や。は~い」
彩木は宮廷に帰って来るや否や、お付きの者として宛がわれた白髪の老人に昼食の打診をされた。
「行っきま~す」
「これこれ彩木殿、廊下で走ると危ないですぞ」
ホホホと笑いながら、白髪の老人ウレンデールは彩木に声をかける。
明朗快活で他を憂うだけの人格者であり、その整った容姿は女性と見間違えそうな……いや、むしろ女性よりも美しいとすらいえる。
薄い桃色の髪の少年彩木の下につけたことを、ウレンデールは心底喜んでいた。
彩木は食堂に着くや否や、昼食を受け取り席に着いた。
ウレンデールは彩木の後を追い、一歩下がって彩木の様子を見守る。
カチャッカチャカチャ………………。
カチャカチャカチャ…………。
ズズ……。
「…………」
彩木は貰った途中までスープを飲み、突然動きを止めた。
「どうしましたかな、彩木殿?」
ウレンデールは彩木の様子を心配し、声を投げかけてみるが彩木の顔は未だすぐれない。
「なんか…………静かだね……」
「…………そうですな」
ウレンデールは、その一言で、彩木が何を言いたかったかを察する。
食堂には今千人を超える人間が一堂に会していた。が、雑談や会話の類は所々でしか行われておらず、全体的には物寂しい雰囲気であった。
「やっぱり皆……」
「そうですな……」
彩木は出かかった言葉を飲み込み、もう言わないように、とスープを飲み干した。
昨日、人が死んだ。
大学生や高校生、異世界に召喚された人間は数知れずであり、そのうちのたった一人が死んだに過ぎない。しかし、息を引き取った人間は折しも彩木のクラスメイトの一人であり、その事実が大学生たちにも伝播し、どことなく重苦しい様相を呈していた。
この世界に来て間もないうちは、
「夢の異世界だぜ!」
などと様々な髪色をした大学生が上気しており、ミライが倒れたことを知った彩木はすぐに駆け付けようとしたが、その大学生の波にのまれ、ミライのいる部屋に辿り着いたときにはすでにもぬけの殻だった。
しかし、上気し、興奮した大学生や様々な人間のやる気が続くのもほんの数時間だった。
なぜなら、言葉が通じないからだ。
異世界に召喚された人間の中には何故だか異世界語を理解することが出来る人間が十数人おり、そのほとんどは異世界を楽しんでいるかの如く笑顔が絶えなかったが、言葉すら理解できない学徒たちはうなだれ、翻訳家を通して会話することに嫌気がさしていた。
だが、さすが異世界に召喚された勇者候補であるからか、その半数以上は数日のうちに異世界語をマスターし、柔軟に異世界に適応出来ているようだった。
リビア王国の銀髪の流麗な王女にダンジョン探索をするように請われ、異世界語をマスターした人間から随時剣技や、モンスターと出会ったときの立ち回り、団体行動や魔法の使用方法などを騎士団の方々から教えて貰っていた。
その一方、王女の頼みはひどく抽象的なものだった。
「ダンジョンを攻略し、この国を……いえ、この世界を救ってください」
要約すると、そういうことを要請された。
なんとも抽象的である。異世界から召喚された人間は世界を救うだろうという伝記があるが、しかし女王さえどのようにして世界を救うのかが分からず、ダンジョン探索をさせているといった状況であった。
だが、それでも学徒たちは戦う気力があった。昼食時にもここまで暗い雰囲気ではなかった。剣技や魔法の使用方法を学んだ学徒たちは歴戦の騎士に帯同し、徐々に力をつけていた。
その時の起こったのが、彩木の同級生の死である。
彩木の同級生は騎士の言葉に従わず、たった一人で宮廷を抜け出し、途中で魔物に襲われ、あっけなく死んだ。
それは、既に宮廷を抜け出した人間がいるからか、前例があるからか、何も問題ないと判断した故に、死んだ。
彩木と同じクラスであり、それはすなわちミライと同じクラスである。
あそこまでいじめられているミライが出来たのなら俺に出来ないはずがない、と一人で宮廷を出たのが運の尽き――彼は死んだ。
それが、今の暗い昼食の雰囲気に繋がっている。
ウレンデールは彩木の内に秘めたるものを察し、声をかける。
「しかしですぞ、彩木殿……彩木殿がしっかりしてもらわんと……」
「分かってるよ~!」
彩木はぷんぷんと怒り、ぽかすかとウレンデールを叩く。
「彩木様、あなたは選ばれし十二人ですからね」
選ばれし十二人――それは、異世界に召喚されたにも関わらず既に異世界語を習得していた、他の学徒たちよりも大幅に戦闘能力が違う十二人のことである。
その十二人の中に、彩木も入っていた。そして、ミライもその一人であった。
「彩木殿の士気が落ちるとそれはこの世界に召喚された他の……」
「もう! 分かってるって! 爺やはうるさいなぁ、黙ってこれでも食べてなさい!」
と、彩木は口うるさいウレンデールの口に残りのチャーハンを突っ込み、会話を終了させる。
そして、彩木は修練場へと足を向けた。強くなるために、ミライを探し出すために。
「待っててね、ミライ君。僕は君を絶対に見つけるから……絶対に……死なないでね」
彩木は足に力をこめ、修練場へと赴いた。
「さっ、彩木殿……待って下され~」
と、ウレンデールの言葉を聞きながら、彩木は今日も修練に励む。




