第20話 ピンポン 1
日常回です。
「おいミスト、ピンポンしようぜ」
「はい?」
マスターへの質問が終わり、暫く部屋を物色……というか見回していると、マスターの方から遊びに誘われた。
「ピンポンってなんですか?」
「これこれ」
と、マスターが指さす方向には、卓球のラケット、球、卓球台、得点版の一式が設置されていた。どうしてこんな部屋の中に卓球が出来るだけの一式がそろっているんだ。
「これピンポンって言うんですか? なんかちょっと擬音語のような気もするんですけど、やりますか」
「おう」
俺はマスターと卓球台のある場所に足を向け、ラケットを取り卓球を始めた。
「そういえばミスト、お前これがピンポンって知らないのか?」
マスターは俺のサーブを軽く打ち返しながらも話を振る。
「そうですね、俺のいた世界じゃ卓球とかテーブルテニスとか言われてましたね」
「いや、こっちの世界でもそう言うぞ。だけどピンポンが最も主流な言い方だな」
「そうなんですか、なんかちょっとだけ違いますね」
「そうだな」
俺はマスターの話に答えながらも打ち返す。
今まであまり意識をしなかったが、意識をしなくても良いほどにこの世界は俺が異世界召喚される前の世界と酷似している。
「なぁミスト」
「はい、なんでしょう」
そんな俺の胸中を見透かしたのか、マスターは少し真剣な表情で俺と目を合わせる。
今まで見たことのないマスターの表情に緊張し、ごくりと生唾を飲み込んだ。
……が、刹那、マスターは目にもとまらぬスピードで俺の球を打ち返し、俺の傍を卓球ボールが高速で通り過ぎて行った。
「これで一対〇だな」
「~~~~~~!」
マスターはにやりと口端を上げ、得点板をぺらりとめくった後、サインピースを作る。
なるほど、シリアスな雰囲気を演出して俺の油断を誘う作戦か……小癪な。
俺は再度サーブを打ち、軽い乱打が始まる。
「なぁミスト、お前が前までいた世界ってどんなだったんだ?」
「そうですね、この世界とあまり大きな違いはありませんけど、“科学”って概念がすごい発展していましたね」
と、俺に会話を振っておきながらマスターは本気で得点を狙いに来る。
が、油断せずボールを追いかけ、俺も打ち返す。
「例えばですけど、この世界には車が走ってるじゃないですか。あれ、僕の世界にもありましたよ」
「魔動車のことか?」
「たぶんそれですね。多分この世界では魔法を使って車を作って、魔力で車を動かしてるんだと思いますけど、僕の世界では“石油”っていう化石燃料を使って動かしてましたね。僕がこの世界に転移する頃には電気で動く車とかも作られてましたよ」
「ふ~ん」
俺はマスターの問いに答えながらも、だんだんと意図が読めてきた。卓球をするのは、俺が前の世界のことを出来るだけ重苦しくなく思い出せるように、という粋な計らいによるものだろう。
卓球をすることで喋りやすくしているという意図もあるかもしれないが、案外気を遣ってくれているらしい。
「それとですね……」
俺は打ち方を変え、マスターの返した甘めのボールにバックスピンをかけた。
バックスピンのかかったボールはマスターのコートに落ち、俺の方向に跳ね返り――
「僕の世界では先人の知恵が長い間伝達された、高い技術があったんですよ」
「野郎……」
俺の球を捕れなかったマスターを煽った。
「これで一対一ですね」
「面白くなってきたじゃねぇか!」
■
「この世界の車は魔力で動かしてるらしいですけど、ちょっと魔法に頼りすぎてる気はしますね」
「んなこと言って、私の集中力をかき乱すつもりだな」
あの後、俺とマスターの卓球勝負は白熱していた。マスターは打ち返したボール自体に魔法を使用し、バックスピンを再現する。俺はボールの回転からスピンのベクトルを予想することが出来ず、先程から防戦一方だった。
「いえいえ、違いますよ。実際僕のいた世界じゃ魔法は使えなかったですけど、車の何倍も速い乗り物がありましたからね。その乗り物は“科学”の力で発見した磁力を使ってるみたいでしたよ」
「底が見えねぇな、お前のいた世界は」
と、一言一言が短くなるほどに集中していたのか、マスターの集中力を欠かすことが出来ず、ポイントを取られる。
「一三対一一だな、これで」
「ふふふ……」
俺は昏い笑みを湛え、満面に喜色を湛えたマスターの準備が整う前に即座にサーブを打ち返す。
「ッ……!」
俺を煽るためにグリップの握りが甘かったせいか、途端に反応しようとしたマスターの手からラケットがすっぽ抜け、あらぬ方向へと飛んで行った。
「おやおやマスター、どうしたんですかそんなことして。新しい攻撃方法でも編み出しましたか?」
「搦め手じゃねぇか! ……うぜぇ~」
「ふふふ、これで一三対一二ですね」
マスターはラケットとボールを取り、再度俺と対峙し、ラリーを再開した。
「先人の知識ってのはすげぇんだな……」
先程までは気が散る、とあまり会話をしなかったマスターが唐突に、話を切り出した。
「そうですね。さっきこの世界は少々魔法に頼りすぎているのかもしれない、って言いましたけど、勿論魔法という概念が存在するからには存分に使用するべきだとは思います」
「お前の世界じゃ全く魔法は使えなかったのか?」
「そうですね、誰も全く使えなかったです。少なくとも僕の知る限りでは。だから“科学”っていうのが発展したのかもしれませんね……」
そこで俺はノスタルジアに思いをふけりすぎたのか、ボールを打ち返し損じる。
「魔法が発展した世界と魔法が発展出来なかった世界の違いってやつなのかもしれねぇな……」
「そうですね」
魔法が使える世界で過ごしてきたマスター、魔法が使えない世界で過ごしてきた俺。共に、世界線の違いというものを肌で感じざるを得なかった。
「そういえば、この世界って人が誕生してから何年になるんですか?」
「いや、知らねぇよ。そんなこと分かるわけねぇだろ」
「まぁですよね」
マスターの返答に、少しバカな質問をしたな、と思う。
「僕の世界ではいろんなことを先人から受け継いできたんですけど、カビが生えた時にすごい大発見をしたり凧揚げをして雷の正体を当てたりしてたらしいですよ」
「そうなのか……なんか違うな」
「そうですね、僕の世界じゃ他の星との距離や宇宙がどういうものか、とか研究されてましたよ」
「そうなのか……この世界とは規模が違うな……」
「そうですね……」
俺はマスターに訊かれるがままに返答してきたが、喋れば喋るほどこの世界で生き抜いてきたマスターとの溝が深まるような、そんな気持ちになった。
だが、やはり俺のいた世界とこの世界とで全く異なっているという訳ではないような気がした。どこか深い所でつながっているような、表面上でこそ異なっているが、何か根幹的な所で通じ合っているような、そんな気がする。
まるで俺のいた世界の物をこの世界に持ち込んだような。
だが、いつまでも前の世界のことで思い悩んでいても仕方がない。
「まぁ前の世界のことは忘れましょう! マスター、卓球を再開しますよ!」
「……そうだな」
マスターはふっと豊かな表情を見せた後に暖かい微笑みを投げかけ、俺はそのマスターの心遣いに感謝しながらも、また卓球を再開した。