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第1話 逃亡

遅くなりました、すみません。

1/16(月) 日本での日常をちょっとだけ変えました。

1/21(土)プロローグ改変における齟齬を直しました。



「……」


 目が覚めると、俺は見知らぬ一室の、荘厳なベッドの上で横たわっていた。


「……ここは?」


 漆喰で固められてあり、精緻なレリーフを施してある格式の高そうな天井、床はフローリングか大理石か、見たこともないような素材が敷かれ磨かれており、俺は茫然と辺りを見回した。

 豪奢な一室に、俺はいた。俺にはおよそ手も届かないような高価なもので溢れているように見える。


「……どこだここ?」


 俺は静かに今の状況を確認し、咀嚼し、反芻する。


「うっ……」


 頭が痛んだ。割れるような頭痛に、眉を顰めざるを得ない。俺は静かに脳を起動させ、今まであったことを思い出す。


 俺は学校の昼休みに、いつものようにいじめを受け、ハンバーグとたこさんウインナーを落とされたので洗いに行った。

 そこで、大勢の男に囲まれている女性を見て、助けようとして頭に回し蹴りをお見舞いされ、意識を失った。


 そうだ、俺はそこで意識を失った。


 まだ寝起きで正常に考えられないながらも、少しずつ記憶を辿ることが出来た。


 意識を失った原因はおそらく脳震盪だ。

 死に至る位だと思ったのだが、今俺がここにいるということは、ただの気絶だったのだろうか。

 

 つまりは、脳震盪で意識を手放し、この一室に運ばれた。そういうことらしい。どこなんだ、この豪奢な一室は。田舎にこんな垢抜けた部屋は見られないはずだが……。


 脳震盪で気絶していた俺を誰がここに運んでくれたのだろうか。先生じゃ……ないな。先生なら保健室とかに連れて行ってくれるはずだ。


 ということは、あの後どこかのタイミングで誘拐されたのだろうか。


 一体誰が、何の為に。


 俺は養子で親との繋がりが深い訳ではない。いや、母さんと父さんは俺のことを温かく育ててくれたからそれなりに絆は深いと思うのだが。

 それに、田舎住まいの俺を誘拐するような利点はないはずだ。誘拐するなら都会のお金を持ってそうな子供にするはずだ。

 一体何故……


 コンコンコン。


「……?」


 俺がそんな思考を展開していると、不意にノックの音が聞こえた。

 ノックの回数が三回だった。面接のときなどは三回の場合もあると聞いたことがある。そんな取り留めのないことを思い出しながら取り敢えず返事をする。


「どうぞ」


 しばらく間を置いて、メイド服姿の女性が入って来た。

 

 予想外の人物の闖入に少し驚いたが、取り敢えず、誘拐犯などではなくメイドの人だということで、俺に対する害意がないのだと分かりほっとする。が、同時に今の状況が益々謎に包まれる。


「失礼いたします」

「……!?」


 俺は、瞠目した。


 ……発せられた言葉は日本語ではなかった。しかし、俺の知っている外国語でもない。どこの国の言葉か分からないのにも関わらず、何故か・・・言葉の意味を理解することが出来た。

 

「あなたは誰ですか? そしてここはどこですか?」


 理解できない事態に直面し、頭が熱くなり、不意に俺の語勢が強くなる。

 そして俺の話したそれも、また日本語ではなかった。何故か・・・聞いたこともないはずの言葉を喋ることが出来た。どういうことなんだ一体。


 俺の言葉を聞き、メイドも目を見張った。


「驚きました、あなたには翻訳が必要ではないのですね」


 ふと傍を見れば、男が後ろで控えている。メイドは男に指示し、男は静かにその場を離れた。ということは、あの男が翻訳をする予定の男だったのだろうか。

 男が離れたことを確認し、メイドはそっと扉を閉め、唐突に話を切り出した。


「突然ですが、あなたは異世界召喚されました。私たちの為にダンジョン攻略を目指して、勇者となって頂けないでしょうか?」

「……え?」


 本当に、唐突だった。


 にも関わらず、俺は驚くほど素直にその現実を受け入れることが出来た。あぁ、異世界召喚されたんだな、と。遂にこの時がやってきたか、と。不自然なほどに自然に、そう考えていた。

 何故か・・・俺はあり得ない事態を、驚くほど素直に受け入れることが出来た。何かを成すために異世界召喚されたと、そう考えるほどに。

 だが、どうして異世界召喚されただけの人間に力があると考えているのか。どうして異世界召還された人間に突然そんなことを頼むのか。


「異世界召喚された方のステータスは、既に勇者となることが出来るほどの高さです」


 そんな疑問に答えるかのようにメイドさんが二の句を継いだ。

 

 まるでそれを知っている・・・・・かのような口振りだった。

 なるほど、通りでこんな好待遇なわけだ。異世界召喚された人間は異常なステータスを持っている、というのはテンプレ通りといった展開だな。というか勇者というのはこの世界では職業となっているのか。世界に一人しかいない英雄、といった雰囲気ではなさそうだ。


「異世界召喚……ですか……」

「驚かれないのでしょうか?」


 メイドさんは、俺の状況を見やると、三度みたび驚きに顔を染める。


「他の方々は大変驚いておりましたよ。阿鼻叫喚の嵐でした。あなた様は驚かれないのですね」

「……今他の方々って言いましたか? 他にも異世界召喚された人間が?」

「はい、あなた様の地域では『南堀筋高校』と『大内大学』の方々が全員転送されてきたと聞き及んでおります」

「まじすか……」


 異世界召喚、俺だけではなかった。高校、そして高校付近の大学の人間が異世界召喚されたらしい。俺もその大勢の内の一人という訳か。

 脳震盪で気絶しているところを召喚された所為せいで意識を失っていたのか、もしくは死亡して異世界に転生されたのか。


「あなたが僕を運んでくれたんですか?」

「はい……お名前お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「あぁ……田中裕司です」

「承知いたしました。ユウジ様は転移時に気絶しておられましたので不肖私めが運ばせていただきました」

 

 なるほど、大勢の人間が召喚された中で俺が倒れていたから運んでもらったという訳か。因みに、なんとなく実名を言う事が憚られたので偽名を使うことにした。

  

 それにしても勇者か…………。


 ――絶対になりたくない。


 俺は、勇者になんてなりたくない。ましてや高校と大学の生徒が異世界召喚されたとなるとなおさらだ。そもそも、勇者は目立つ。

 元来、俺は目立つのが嫌いだ。いじめられないために、という理由で隅で細々と生活していたが、その中には目立ちたくない、という理由も往々にして、あった。

 元々、人前に出るようなことは好きではないし、異世界に来たからといって目立つような行いに手を染めれば、いじめは苛烈を極めるだろう。

 出来ることならもっと目立たない、日陰のような職業になりたい。

 そして、出来るなら俺は死んだことにして、野畑や北とかとも縁を切りたい。いじめられる勇者なんて見たくないだろう。

 俺は意を決して、その旨を伝えることにした。


「もし今ここで俺が勇者になりたくないと言ったら……?」

「……」


 メイドは、答えない。

 気まずい沈黙が場を支配した。

 

 少し間を置き、メイドは俯きがちだった顔を上げ、俺の質問に対する答えをくれた。


「嫌なのですか……? 勇者はこの国の羨望と憧憬を一身に背負う英雄ですよ。憧れの的です。それに、あなた様は我が国の歴史の中でも最も勇者適性が高かったのですよ」

「まじすか……」


 衝撃の事実を聞き、更に言葉を失う。

 勇者適性が最高値……? いつそんな判定をしたんだろうか。


 ということは、俺は勇者にならなければいけないのだろうか。

 いや、このメイドさんは俺がいじめられてるにも関わらず、抵抗もせず逃げていただけの腑抜けだと知らないから俺にここまで期待するのだろう。

 勿論、両親に迷惑をかけたくない、というのは俺の本心だが、それを理由にして逃げ続けたのは俺の弱さだともいえる。


「僕は、異世界に来る前まではいじめられていました。そして、何も抵抗出来ませんでした。僕はこれから勇者になっていじめられるような未来は嫌なんです」

「ですがそれは……」

「じゃあ、僕が倒れてることを知って僕のことを心配して、僕を探しに来てくれた人、いましたか?」

「そ……、それは、恐らく皆様恐慌状態で他人に気を配れなかったのだと……」   

「……」

 

 俺は、押し黙る。


 やはり、誰も俺のことを気にかけてはくれなかったらしい。異世界召還前に、俺のことを助けに来てくれた諫前いさまえ先生くらいなら来てくれそうなものだが、ああ見えて立派な先生だ。異世界召還という恐慌状態の中で、先導役を頼まれたとしても不思議ではない。

 まあ全ては想定の域を出ないのだが。


「では、ユウジ様は勇者にはならない、ということですか?」


 そんな俺のことを察してくれたのか、メイドさんは、遠慮がちに尋ねてきた。


「はい。僕は嫌です」

「……」


 メイドさんは、喋らない。

 俺は勇者になるなんて絶対に嫌だ。なりたくない。現実世界でも俺は目立たずに日陰で過ごしてきたんだ。突然こんな表舞台に出されてたまるものか。


 「彼が我が国を救う勇者です!」なんて声高に民衆の前で発表されようものなら圧し掛かる重圧にも、苛烈になるであろういじめにも耐えきれない。 

 だから、これからも今まで通り道の隅で陰のように生きていきたい。例えるなら、盗賊とかだろう。


「勇者じゃなくて盗賊とかそんな職業に就きたいです」

「……正気ですか?」


 今度はメイドさんが言葉を失う番だった。そこまで盗賊は駄目なんだろうか? そもそも盗賊なんて職業がこの世界に存在するかも分からないが。

 メイドはそんな俺の心中を察してか、ゆっくりと口を開き理由を説明した。


「盗賊はこの国では忌み嫌われている職業です。墓荒らしや窃盗と、あまり良い顔をされる職業ではございません。宝箱の開錠など、迷宮ダンジョン探索においては必要となる職業の一つでもありますが、国民の羨望を背負う勇者とは真逆とも言っていい存在ですよ?」

「それでも、です」


 好都合だった。勇者と対を成す職業、目立つこともなくひっそりと生きることが出来る職業。まさに俺の生き方にあっている。

 国民に忌み嫌われている? 今も嫌われている俺がこれ以上嫌われることなんてないだろう。

 それに、弓使いや魔法使い、なんてなろうものなら、いずれは同級生たちに見つかってしまう。その時には何故逃げたんだ、と責められるだろう。遁走し、見つかれば責められ、逃げずに目立てば虐められる。なら、逃げて見つからない、という選択肢しかないだろう。

 目立たず、嫌われ、誰も相手にしない、興味も示さない職業に就き、隅で生きていく。それがベストだ。


 メイドさんは一体どう答えるのだろう、と思ったが、俺がいじめられていることを察し、自らの仕事を全うしようという責任感と俺への憐憫とで、揺れ動いているように見える。


「……私にそれを判断するようなことは出来かねます」

「そうですか……」


 メイドさんの答えは渋いものだった。まぁ、俺がメイドさんの立場でもそうする。仕方ない。

 


 その後、俺はメイドさんの沈黙に耐えかね、一旦帰ってもらうことにした。

 いきなり異世界召喚しておいて突然勇者になってほしいなんて都合の良すぎる話だ。俺は人に圧屈されたり、いいように使われるのはあまり好きではない。野畑や北は人を圧屈する側の人間だ。


 しかし、メイドさんの手助けは借りれない……か。


 この宮廷のような建物を抜け出す以外勇者の使命から抜け出すことは出来なさそうだ。


 ……逃げよう。


 決意した。逃げて、盗賊になろう。


 まぁ異世界召喚された人もいっぱいいるみたいだし、有象無象の一人や二人逃げても問題ないだろう。こういうのは軽い気持ちでいることが大切なんだ……多分。

 それに、いじめられているということを伝えれたのだから、こんな腑抜けの勇者候補の一人や二人逃げたところで大差ないだろう。

 最悪逃げ切れなくても、追いかけてくるほど勇者候補が大切なら、勇者適性が高い俺は、お咎めあり、程度で済むはずだ。俺が勇者適性が高いということも俺の逃走心を後押しした。





 こうして俺は、宮廷を抜け出した。宮廷の中は大して警護が厳しい訳でもなく、容易に脱出することが出来た。

 最悪見つかれば諦めようと思っていたが、驚くほどにあっさりと抜け出すことが出来た。


 もしかしたら、特に抜け出す必要も無く、上申すれば簡単に逃がしてくれたのかもしれない。希望的観測かもしれないが。




 俺はこうして、勇者となる使命から逃げ出した。

 


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