第18話 泥試合
「くっせぇ……」
俺はフレーデルから貰ったクエスト依頼の場所へとやって来た。
クエスト依頼のランクはD,
――泥狼の討伐 五〇体
泥狼の主な住処は地下水道。故に、俺は地下水道にいるのだが、とにかく臭い。
俺が小学生の頃に硫化水素を生成する実験があったが、その時に他の班が分量を間違えて硫化水素が大量に生成され、実験室が腐卵臭で満たされ、多くの生徒が吐き気を催しながら廊下に退避した事件……というか事故があったが、それと似たような臭いがする。
とどのつまり、人体に有害になるんじゃないかと思わせるほどの悪臭、腐卵臭だ。
とにもかくにも俺はその臭いに渋面を作りながらも、地下水道の奥へ奥へと進む。
奥に進むこと五分、前方に五匹の泥狼を捉えた。スキル≪夜目≫を発揮し、俺は地下水道のような暗闇でも問題なく行動することが出来る。
湿地帯ではあーちゃんたちと一緒にいたが、こう……なんていうか、一人だとやっぱり不安が募るな。
俺は自分自身を叱咤し、気配を隠し、マッドウルフの感知出来ないであろう場所に位置どり、あーちゃんがやっていたようなブーメラン戦法を繰り出そうと、投擲の構えをとる。
マッドウルフの密集している地帯に向かって――投擲。
「キャインッ」
投擲された短剣は見事にマッドウルフの眉間を打ち抜き、密集していたことが幸いしたのか、五匹とも一投によって切り裂かれた。
切り裂かれたマッドウルフは狼の形を保てなくなったのか、ぐしゃりとその場に泥を撒いた。
しかし、俺の投げた短剣は全く戻ってくるような軌跡を描いていない。マッドウルフの眉間を打ち抜いた勢いそのままに、ギンッという耳障りな音を響かせながら壁面に刺さった。
すごい上の方に刺さっちまった……全然投擲出来ないじゃねぇか……。
だが、とにもかくにも、マッドウルフを斃すことが出来たので、魔石を回収する。あの程度で斃されるということは、これは確かに良いクエスト依頼かもしれない。臭いことを除けば。
魔石を回収するには確か、基本スキル≪ポップ≫……だっけな。俺は腰元のホルダーからスキルブックを取り出し、ぺらぺらとめくってみると、該当するスキルページを見つけた。スキルの文字は金色に輝き、使用可能であることを示している。
何の因果か、このスキルは使用可能らしいので、マッドウルフの体内……といっても原型を保っているわけではないが――から、魔石が湧出するイメージを構成し、
「ポップ」
スキルを使用した。
すると泥の中から小さく、アメジスト色をした宝石のようなものが上方へと姿を現した。
「おぉっ!」
俺は喜び勇み、魔石をせっせと回収し、アイテムボックスの中に入れこむ。これで狩りの基本は分かった。
その後も俺は短剣を投擲しては取りに行き、投擲しては取りに行くことを繰り返した。
途中からは、投擲して取りに行く動作が面倒になったので、≪風刃≫を使いながらもマッドウルフを掃討していった。
■
狩りから五時間、討伐したマッドウルフの数は既に三〇〇を超えようとしていた。
とりあえずはここらへんで一旦打ち切ろう。事件が起こった……というか、起こした当日に冒険者ギルドに戻るのは気が引けるので、クエスト依頼完了の旨は、明日知らせに行こう。
因みに、クエスト依頼は受けてから五日間以内に達成できなかった場合はクエスト失敗の運びになるらしい。
俺は一人でも狩りが出来たことにちょっとした喜びを感じながら、あーちゃんたちのいる宿屋へと帰る支度を整えていた。
■
――宿屋
俺は疲れ切った身体を癒すため、あーちゃん達のいる一室のドアを開けた。
「ただいま~」
しかし、扉の向こうは疲れ切った身体を癒すための空間とは、程遠いものだった。
「何してるにゃ! このバカァ!」
「私だってやりたくてやった訳じゃねぇよ!」
「うるさいの……〇点なの……」
「……」
俺の眼前には、トランプのようなカードを持っている双子の片割れと、お互いの頬を引っ張り合っているあーちゃんたちだった。
あーちゃんは双子の片割れと頬を引っ張り合い、もめ合っている。子供の喧嘩か。
「コラーーーーー! 止めなさーーーい!」
俺はあーちゃんたちの喧嘩を止めるため、二人の間に仲裁に入ったが――
「くさいにゃっ!」
「くっせぇ! あんた何やったのよ!」
突然に、貶し言葉が投げかけられた。
「はぁ……そんなことうより、何があったんですか?」
「そんなことは後でいいにゃ! ミスト、さっさと風呂入って来るにゃ! 臭いにゃ! キモイにゃ! 近寄るにゃ!」
「そうだぞ、早く風呂に入ってこい! 話はそれからだ!」
「……」
え~……。
地下水道に入ったことが原因か、俺の体はとても臭かったらしい。確かに、自分の臭いには気付きにくいというが、地下水道の臭いが俺の臭いになっていたのか……と、がっかりしながらも俺は宿屋を出て、銭湯へと向かった。
因みに、宿屋に風呂はない。そこまで上等な一室は借りなかった。
■
銭湯から帰宅し、再度宿屋へ向かうと、二人とも腕を組みながらそっぽを向いている状態で、どうやら俺の帰りを待ってくれていたようだった。
聞くところによると、双子の片割れが、並べてあったカードゲームの配置を誤って崩してしまい、それにあーちゃんが怒った、ということだった。
……一体何をしているんだ、こんな病み上がりの体で。
「聞くにゃミスト! こいつらどんどん私と被ってくるにゃ! 前まではあーちゃんのあだ名をかけてただけにゃのに今はミーシャの方と髪の色も被ってるにゃ! ほら!」
あーちゃんは早口で俺にまくしたて、白く変色した髪の一房をつまみ、俺に見せてくる。
「えぇっと……双子さんの名前って……」
黒髪黒服の双子は胸を張り、
「私がアーシャだ」
白髪白服の双子は興味なさげに、
「私はミーシャ」
そして、白髪猫耳のあーちゃんは、
「私はあーちゃん!」
「知ってる」
と、それぞれに名乗った。
つまりなんだ、アーシャさんの方とはあだ名が被って、ミーシャさんとは髪の色が被っていると、そう言いたいのだろう。
だが、あーちゃんの髪はもともとの色が落ちて変色しているだけだ。
「あーちゃんは髪の色が落ちただけだからどっちかっていうと白っていうより銀だね。俺は金髪、あーちゃんは銀髪。アーシャさんは黒髪、ミーシャさんは白髪でバランスとれていいんじゃない?」
なんとも。フォローになっているのかも分からない言葉であーちゃんを慰めたが、
「え……えへへ~、そ……そうかにゃぁ~」
どうやら予想以上に慰めになっていたらしい。確かに、『あーちゃん親衛隊』(笑)の一員として、リーダーが銀髪、副リーダーが金髪だと収まりもいいだろう。
あーちゃんが俺の慰めで相好を崩しているのを見て、双子たちは俺に水を向ける。
「お前も……ミストも私たちのことは敬語を使わずに呼んでいいぞ。これからは同じギルドの一員だからな」
「許してやるの……」
「え……」
アーシャさんとミーシャさんは互いに顔を見やり、俺と目を合わせる。
「今日一日で私たちも『あーちゃん親衛隊』(笑)の一員になることにした。お前に命を助けてもらった手前、恩を返さないのも道理に反しているしな」
「マ……マジすか……」
「本当のことを言うと、そろそろ私たちもどこかしらのギルドに所属しようと思ってたところだから渡りに船なの。それにお前、中々強いの。見どころあるの」
……と、どうやら、双子たちもギルドに所属するらしい。
俺があーちゃんに目をやると、何を思ったのかあーちゃんはサムズアップし、ウィンクしてくる。いや、別によくやった! とかじゃない。
「勿論、ギルドに所属した順番から副リーダーの権限はミストに譲ってやるよ。私たちは幹部になってやる。よろしくな!」
「よろしくなの……」
「は……はい」
こうして、『あーちゃん親衛隊』(笑)のギルド員は総勢四名に増加した。うち三名がBランク、俺はEランクと、中々に高ランクプレイヤーが集まるギルドになってしまった。




