第14話 襲撃者の正体 1
「畜生があああぁぁぁ!」
とある湿地帯のとある場所で、俺の声が濃霧に溶けていた。
木を支えに倒れこんでいるのは三人の女、あーちゃん、双子。そして泥沼に足を取られた俺、どこからともなく飛んでくる風斬撃魔法、周りには百体を超えるであろう魔物たち、わずかな視界すら保てない程の濃霧、そんな状況の中で、俺は戦っていた。
地面がぬかるみ足を取られた直後風斬撃魔法が俺に向かってどこからともなく射出され、俺は発生源が分からないその風の斬撃を辛くも避けた。
俺に魔法が飛んできたのは僥倖だった。
この濃霧の中で視界が悪いのは風斬撃魔法を射出した何かも同様であるのか、もうあーちゃんたちが生き残る線がないと考え俺に風斬撃魔法を繰り出したのか。
魔法を扱うということは恐らくは魔物ではなく人間の仕業だろう。
何物かが魔物を操り、濃霧を発生させ、泥沼を作り出し、風斬撃魔法を発射している。
――まともじゃない。
俺は襲い来る何者かの襲撃に備え、全身を隈なく使い、泥沼から脱出し、あーちゃんたちの元へと戻った。風魔法の斬撃が俺を狙ったものではないとするならば、次にあーちゃんたちの元へとこの魔法が発射されればあーちゃんたちは抵抗することも出来ずに切り裂かれることだろう。
あーちゃんの元へと戻って来た俺は四方八方に注意する。
あーちゃん本人は血を吐きながらも、半眼で周りの様子を見ている。
「ミスト、私は放っておいてもう早く逃げるにゃ……もう……ダメにゃ……」
「何言ってんだ! 静かにしててくれ!」
あーちゃんの情けない言葉に俺は即座に反論する。そんな弱気な言葉は止めてくれ。
俺はどこからともなく発射されている風斬撃魔法を短剣で相殺しながらもあーちゃんと会話する。
風斬撃魔法の発射されている方向に気を配っていると、徐々にどこで何人風魔法を発生させている人間がいるのかが分かった。
どうやら一人たりとも動くことなく風魔法を行使しているようだ。
均等に八方向から風斬撃魔法がやって来ている。
その中でも一人だけ、他の七人とは著しく魔力の桁が違う人間がいる。短剣での相殺もそろそろ先行きが怪しい。
「あーちゃん、双子さん、歩けるか!?」
「私は無理にゃ……」
「私も無理……もう早く逃げると良いよ」
「私も無理かしら……零点なの……」
どうやら無理そうだった。なら俺が何とかするしかない。
風魔法が先程から間断なく俺たちに向かって発射されているからか、魔物たちはその射出ラインに入らないよう少し距離を取っている。恐らくは風魔法が鳴りやんだ時に一斉に襲ってくるんだろう。それよりも前に俺がこの魔物たちを何とかする必要がある。
だが、俺は短剣スキルを使用することが出来ない。
なら……やってみるか……風魔法。双子たちの下に来る前にあーちゃんに教えてもらった魔法の使い方をよくよく咀嚼する。
今俺が使える魔法の一つ、風魔法。魔法の行使に必要なものは想像力に加え、体内に存在する魔力を一点に集中するイメージ。
「風刃」
風斬撃魔法、風刃。風魔法系スキルを全て習得している俺が使えるスキルの一つ。
俺がスキル名を唱えると、先程まで俺たちに向かって発射されていた風魔法を切り裂きながら、風の刃が魔物の一団に向かって高速で飛んで行った。
スパッという切れ味の良い音をして、一団に向かって発射された風の刃は、大量の魔物を切り刻んだ。その数、実に十。
「なっ……」
一度に大量に魔物を切り裂くことが出来たからか、濃霧の中から驚愕に満ちた声が聞こえた。恐らくは、盗賊だと思っていた俺が風魔法で魔物を圧倒したことについてだろう。
だが、驚いたのは俺の方だ。
俺は盗賊だ。風魔法は魔法使い系スキル、その効力は三分の一になっているはずだ。だが、三分の一になっても、一度に十の魔物を屠るほどの威力を持っていた。正直、俺が一番驚いている。本当に盗賊なんかより魔法使いとか他の職業が良かった気しかしない。
だが、今はそんな感慨に浸っているような状況ではない。
俺は魔物の群れに手を向け、更に風魔法を射出する。熟練度が最高であるからか、俺の風魔法の威力は目を見張るものだった。
俺の風魔法は僅かな時間で近くの魔物を屠り、霧を吐いていたエリマキトカゲのような魔物を切り裂くと、濃霧は少しずつ晴れていった。
霧が晴れたことで、風魔法を行使していた魔法使いの位置が段々と見えてくる。俺が最も最初に注目した魔法使いは、八人の中でも格別異常な魔力を持って俺に攻撃してきていたリーダー格の人間。
そのリーダー格の人間は、俺とかなりの距離をとった真正面にいた。
「うふふ……久しぶりね。また会ったわね」
「……は?」
黒衣を着衣し、目深にフードを被った恐らくは妙齢の女。妖艶な声から想像がつくように、所々覗いている肌は真っ白く美しい。フードで顔が隠されているのにも関わらず美貌を持っていることが分かる。
こいつがこの中で最も強い魔法使いだ。即座に理解する。
女は俺と目を合わせ、手を横に挙げた。
「魔法を使うのは止めなさい」
「はっ」
女の一言と共に今まで俺が短剣で相殺していた風魔法がやんだ。やはりこの女がリーダー格だったか。
「久しぶりね。体に変わりはないかしら」
ふふふ、と微笑む女に怖気が走る。今女の目が見えたなら確実に目は笑っていないだろう。
「どちらさまですか、僕はそんな他人様に迷惑をかけるような生活はしてこなかったと自負しているのですが」
俺は女の謎の発言に言葉を返す。今は時間がない。こんなことをしているとあーちゃんたちが死んでしまう。
女は俺の発言に少しも苛立った様子を見せない。
「それはそうね。あなたは私を忘れてるでしょう。でも私はあなたを知ってるわ」
「……?」
女の言うことが全く理解できない。ここは異世界。俺は異世界に来たのは昨日が初めてだ。今日までにどこかであったのか……?
いや、そんなことはどうでもいい。早くあーちゃんを助ける方法を探し出さねばならない。大方何かの魔法をあーちゃんに行使したんだろう。
ならば、魔法を行使するからにはその解除方法も持っているはずだ。
俺はこの女に狙いをつけ、あーちゃんたちが放たれる魔法の直線状に位置しないよう、縦横無尽に駆け回りながら肉薄した。
だが女は、どこか余裕そうな表情を浮かばせている。
「あらあら……気が早いのね」
女は俺の全速力の肉薄もものともせず、俺が女の脇腹に向けて一閃放った瞬間、一瞬にして千メートル程離れた場所に瞬間的に移動した。
「くそっ……テレポートというやつか……」
だが僥倖にも最も恐ろしい魔法使いと距離を離すことが出来た。先程まであーちゃんたちに魔法を放っていた男たちも、いつのまにか姿をくらましている。どうやら俺と女の掛け合いの最中に逃げ出したようだ。
俺の魔物への風魔法を目にして遁走の道を選んだのだろう。だが、もういい。こんなやつらの相手をしている暇はない。女もどうやら俺に魔法を放ってくる様子はない。
俺は踵を返し、女に背を向けあーちゃんの方へと走る。
――が、湿り気のある土に戻ったはずの地面が、突如ぬかるんだ。