第13話 宮廷にて
「クソがああぁぁぁぁ!」
リビア王国の宮廷で、凶暴な形相をした悪人面の男の、怨嗟の声が響いていた。
「クソがクソがクソがクソがクソがクソがあああぁぁ!」
男は叫びながらも宮廷に配置されている様々な備品を蹴り飛ばし、破壊する。
男が暴力的になっている全ての原因は数日前の異世界転移に起因していた。
阿鼻叫喚の嵐がとどろく中、男――野畑もまた、狂乱の渦巻く最中にいた。周りの同級生が混乱し、宮廷の中で半狂乱となっている時、野畑もまた、精神の崩壊をきたそうとしていた。
だが、異世界や日本に関わらず、常に野畑の精神の崩壊を食い止めていたのは、篠塚未来の存在であった。
理解しがたい異世界転移という状況に、野畑は篠塚未来を無下に扱うことで精神の安定を図ろうとした。
彼が、近くで横たわる篠塚を目にとらえ、屈服させようとしたとき、不意にメイド姿の女が篠塚を抱え、どこかへと去った。
野畑は、錯乱した。
どうしてあいつだけが特別扱いされているんだ、と。
彼は篠塚という、自らのストレスを発散させるものがなくなったことで、ひどく精神をすり減らしていた。ストレスをどこにぶつければいいのか、と。
半狂乱になっている日本の住民を一言にまとめ上げたのは、光を反射する美しい銀髪に、長い耳を持ったリビア王国の女王だった。彼女はエルフであり、悠久の時を生きると言われる長寿の種族。
そのカリスマ性に、異世界転移された日本人たちは、即座に落ち着きを取り戻した。
その後女王の要請で異世界転移された日本人たちの多くは、勇者となり、リビア王国のために迷宮探索を要請された。
彼らは喜んだ。このように美しい女王の元で働けることを。そして、日本にいた非力な状態ではなく、異世界転移した影響で得られた数々の絶大なステータスという恩恵を享受できることを。力を持ったと、そう喜んだ。
しかし、野畑は別だった。
彼は、日本において何者にも縛られることなく生きていた。
何者にも縛られない、何者にも押さえつけられない彼は、人にまとめられることや、人に命令されることがなかった。
自らの意志で自らの行動を決めていた、そう考えていた彼は、突然の異世界転移に加え、謎の女に今後の行動を決めつけられることに、ひどく憤慨していた。野畑だけでなく、北や三井も同じく苛立ちを募らせていた。
日本においては、野畑は篠塚をこき下ろすことで、ストレスを解消していた。
しかし、異世界において篠塚が謎のメイド姿の女に連れていかれたことで、ストレスの発散が出来なった。だが、それでも野畑はまだ怒りの発露を抑えることが出来ていた。
宮廷内に篠塚がいるということは、今後篠塚を見つけ出し、こき下ろせばいいだけであると、そう考えていた。
だが、野畑の思惑は大きく外れることになる。
異世界転移の翌日に、篠塚が宮廷から抜け出したという報告があったからだ。
その時、野畑はストレス発散のための人間を失った。
野畑は、狂った。
どうしてあんなゴミだけがこんな訳の分からない状況から逃げ出しているのか、どうして俺はこんな訳の分からない状況で訳も分からなく強制されているのにも関わらず、あいつだけが自由に振舞っているのか。
野畑は、たけり狂う。
そして野畑は、自分のストレスを発散させるため、篠塚を運び出したメイドを探し出した。同級生にそのストレスをぶちまけることは出来ない。今までは篠塚という、クラス公認のいじめられ役が存在したからよかったものの、こき下ろす相手を間違えれば、クラスからの非難の対象にもなりかねないと、そう考えていた。
野畑は、自らの保身も共に考える卑怯な人間だった。
そして、野畑は篠塚を運び出したその女に暴力を振るうようになった。
クラスの同級生の目がない今、彼は遂に暴力という頸木をも解き放つことになった。
「お前が! お前があんなことしたからだろうが!」
野畑は、何度も何度も女に暴力を振るった。
女の顔は酷くはれ上がり、所々に青あざができ、骨の何本かも折れた。
だが、誰も野畑を止めることは出来なかった。異世界召喚された人間に国の協力依頼を出した手前、その行為をとがめることも出来ず、現状を放置するしかなかった。
野畑は女をいたぶりながらもストレスが発散されていくのを感じた。
篠塚をいたぶるときには、同級生からの目を考え、暴力をふるってはこなかったが、異世界に召喚され、初めて暴力を振るうことでそのストレス発散の効果を知ることが出来た。
野畑は、何度も何度も、女をいたぶることでストレスを発散した。
しかし、女をいたぶるたびに思い出されるのは、篠塚の顔だった。自分や他の同級生が半狂乱で女王からの要請を強制されている間にも、篠塚はこの状況に順応し、強制されることからも抜け出した。
野畑は、日々どんどんと篠塚への憎しみが溜まっていった。何故アイツだけ、何故あいつが。そんな昏い感情は野畑に影を落とし、それは北や三井においても同様であった。
それは、ただの嫉妬であった。自分がいたぶっていた人間が、自分たちが本当にやりたかったことをやってのけているという、格下が上手くやっているという、嫉妬だった。だが、野畑は自らの胸中から沸々と溢れ出る嫉妬には気が付かずにそれを憎しみと認識する。
野畑は、決める。
必ず篠塚を探し出し、自分の前に跪かせることを。
野畑は、女王の要請を完全に無視し、勇者のための訓練にいそしむ同級生を心の中で馬鹿にし、日々篠塚を探し出すことに明け暮れていた。




