逃げていても始まらない -10
『どういうことだ……? お前は魔族がリセットされるのが嫌で次のステージに行くのを拒んだのではないのか? 次のステージとは、お前が目指すべき場所でもあるはずだろう?』
「俺が潰したいのはそのリセットされる仕組みだぜ? 確かに今の話の流れだと、今回はリセットされないんだろうけど……根本的な部分は何も変わらないだろ?」
その言葉を受けて、エステラーは一考する。確かにその通りだったからだ。
『だが……そうなれば、お前は永遠に次のステージへと行けないことになる。お前の目標はこの世界には存在しない……それでいいのか?』
「いや、次のステージには行くよ? でもそれは今じゃない。確かに……俺がどうあがいてもどうしようもないんだろうな、そのリセットの仕組みはさ。だからこそ……その前に、地上に戻ってやっておきたいことができた」
『何をするつもりだ……?』
「それは見てからのお楽しみってやつだぜ? どうせ監視しているんだろ? とりあえず、その用事が終わればちゃんとここにまた来るよ。今度は文句言われないようにちゃんと1万ゴールドを集めてな」
鏡はそう言い終えると、地面に投げ捨てていたお金の入った袋と、リュックサックを拾いあげる。それを見届けて、ダークドラゴンは再度、『誠、面白き者よ……』と感慨深くつぶやいた。
「あ、でもその前に魔王返して?」
『……は?』
「そのやりたいことをするためにさ、どうしても魔王の存在が必要なんだよ」
『何を馬鹿なことを言っている……? 魔王様は1万ゴールドを集めた時に返す。そういう取り決めであろう?』
「それは、俺が必死になって魔王を取り換えさせるための担保のためだろ? もう別にそんなことしなくても、俺は残りの時間で1万ゴールドを集めきる。お前もお前で、時間内に集めきれなかったら戦争でもなんでも仕掛ければいいさ。絶対にさせないけどな」
『魔王様の力は絶大だ。手元に置いて常々弱らせておかねば……従わせるのにも一苦労なのだ』
「じゃあもし間に合わなかったその時は、俺が全力で弱らせて言うこと聞かせるからさ、頼む」
何も根拠はなかった。いざ、その時になって裏切る可能性だっておおいにあった。だが、それでも至って真面目な表情で、誰もが嘘と思い込むような言葉を、この世界の支配者ともいえる二つの存在に向けて堂々と言い放つ姿を見て、ダークドラゴンとエステラーは思わず噴き出して笑い始める。
『ふ……ふふ、ふはははは! 愉快だ……こんな感情を抱いたのは一体どれほどぶりだ? 良いではないかエステラー。その時になれば我も力を貸し、その者の言葉通り魔王が弱るように手配しよう。今、魔王をその者に渡した方が……面白いことになりそうだ』
ダークドラゴンがそう言うと、同意見なのかエステラーも頷き、鏡の目の前に次元空間の歪みを発生させる。するとその中から、薬か何かで弱らされているのかぐったりとした様子の、黒色で統一された礼装と、サーコートに身を包んだひげ面の男性が地面へと仰向けに置かれる。
「ま……魔王様!」
すると、すぐさまメノウが魔王の傍へと近寄り、体を起こし上げる。そして、弱ってはいるが無事なのを確認すると、安堵の溜息を吐いて鏡に向けて笑みを浮かべた。
「ありがとな、信じてくれて」
『信じたわけではない。期待しただけだ。また……私達の予想を超える何かをしでかしてくれるとな』
エステラーはそう言って微笑を浮かべると、手を鏡達へと向けてかざす。
『それでは見届けてさせてもらうぞ? お前がこの世界でやり残した、魔王様を必要とするその何かとやらをな』
そして、その言葉ともに、鏡達の身体の周囲が光に包まれると、まるで弾け飛ぶようにその場に光の粒子を残して、鏡達の姿がその場から消えてなくなる。
『待っているぞ……救世主となる可能性を持ちし者よ』
最後に、その光景を見届けたダークドラゴンは小さくそうつぶやいた。
「お、目が覚めたか? まさか半日も起きないとは思わなかったぜ」
聖の森の中心部、焚火によって仄かに照らされた闇夜の中、鏡は魔王の顔を覗き込むようにしてそういった。対する魔王は、ぼんやりとした視界で辺りを見渡し、重く感じる身体をゆっくりと起こしあげた。
「……こ、ここは? 私は……一体?」
まだ相当辛いのか、頭を抱えながら魔王はそうつぶやく。
エステラーによって地上へと戻されてから半日が経過していた。鏡とメノウは魔王を連れて運ぶのも大変という判断で、魔王の目が覚めるまでは聖の森で待機することにしたのだ。
「……? なんだ? 魔力が……?」
「勝手にだけど、アリスとメノウにもつけさせている魔力を抑える布を巻き付けさせてもらった。もしかしたら今後も魔族の仲間が増えることを考えて、三つしか作れなかったけど用意してたんだ。まさか溢れ出る魔力を抑えきれず三つともあんたに使うことになるとは思わなかったけどな。これで全快の状態じゃないってんだから、どんな化け物だって話だよ」
「……また、お前に助けられたようだな」
「感動の師弟再開だろ? もっと喜べよ」
「馬鹿を言うな。お前が勝手にそう呼んでいるだけだろう?」
微笑を浮かべながらの魔王の言葉に、鏡も微笑を浮かべ、「そうだっけ?」ととぼけた言葉を返すと、用意しておいた薪を焚火の中へとくべた。