気付くのが遅すぎた-13
「どういうことなんだ……これ?」
目の前で起きた謎の現象を目の当たりにした瞬間、鏡は妙な違和感を抱いた。そして、鏡は知っていた。まるでそうなるように仕組まれたかのようなこの感覚を。
「わからんが、掘っても掘っても再生する。まるで……これ以上は進めないと言われているようだ」
「そりゃ見たらわかるけどさ、これどういう仕組みでこんな風になってんの?」
「私に聞かれてもわかる訳がなかろう。我々には理解出来ない魔法……もしくはその類の何かであろうな」
「魔法……ねえ」
だが、地面が盛り上がる瞬間に魔法の発動による魔力は感じられなかった。しかし、それ以外に解釈のしようもない。鏡にはそれが、まるで、ステータスウインドウの存在と同じように、『そういうものだから』と無理やり納得させようとしているようにも見えて、少し気分が悪くなった。
「土が売れたら金持ちにもなれるんだろうけどな……使い道ないしな」
「ここから持って帰るのもな……しかしこれは、どこで穴を掘っても、この深さにまで来ればこうなるのだろうか?」
「いや、ならない。昔、自分よりも高レベルのめちゃくちゃでかいモンスターを倒すために、今よりも深い落とし穴を掘って倒したことがあるから。効率悪すぎて二度とやらねえってなったけど」
「敵を倒すために落とし穴……それだけレベル差があったのか?」
「いや、一つしか変わらなかったけどさ、相手のレベルが上なら経験値入るし……俺村人でその頃はまだレベルも低かったし。一人だったし」
嫌な何かを思い出したのか、鏡の表情が少しずつ暗くなるのを見てメノウは顔を逸らす。
だが、鏡の吐いた言葉は、逆を返せばここだけ特別な仕組みでこうなっているということだった。それ故に、『この先には何かがある』と二人は確信する。
「だが、進めないのでは意味がないな……恐らく、こうして侵入を拒むということは、別に何か中へと入る方法があるのだろう」
「それ以外の方法で、ダンジョン内に足を踏み入れるのは許さないということか……」
何かがあるとわかったとしても、結局そこに行く方法がないのであれば意味がなく、二人は無駄な労力を払ってしまったと溜息を吐く。
それでも、無駄とはわかっているが鏡は何か突破口はないものかと、シャベルで先程メノウが掘った場所とは違うところを掘る。だが、意味はなく、じわじわと掘った部分の土が盛り上がって塞がり、元通りになっていく。
「……おろ?」
だが、鏡はその無駄な一連の動作をやめようとはしなかった。
無駄とわかっていながらも、鏡は次々に再生する地面を掘り返そうとする。
「無駄だ鏡殿……諦めて一度街に戻……鏡殿?」
メノウが諦めきった表情でそうつぶやくが、鏡はまるで何かに気付いたかのように諦めず、地面を掘り進めた。
そして、無限に生成される土が自分の足元を覆い尽くす程になってようやくメノウは変化に気付く。
「これ、元に戻る速度凄い速いけど、それ以上の速さで掘ればなんとか進めるっぽいな」
鏡が地面を掘る速度に、地面が元通りに再生しようとする速度が追い付いていなかった。だが、そう言って鏡が手を止めている間に掘った土は盛り返される。
「そうみたいだが……どうするのだ?」
「ここまで来てそのまま帰るってのもあれだしな。この先にあるものも気になるし……ちょっと無茶して掘り進んでみようかと」
「無茶? ……何をするつもりだ鏡殿?」
「辿り着いた先にやばいのがいたらメノウが守ってくれ、頼むぜ」
「っちょ」
鏡がそう言ってメノウに笑顔を向けた瞬間、鏡の身体から白いオーラが噴き出すように溢れ出す。
仮に、辿り着いた先が高レベルのモンスターしかいない、とんでもないダンジョンだった場合を想定しつつも、鏡は本来自分の意志では30%程度しか出せない力を、3分間だけ一時的に70%まで解放するスキル、『制限解除』を発動させた。
このスキルを使えば、3分後には丸一日は動けなくなってしまう。この先に何があるかわかない状態で、このスキルを使うのはアホとしか言いようがなかったが、それを承知の上で鏡はスキルを発動させる。
この先に存在する何かを知りたいという興味本位が、そうさせた。
「行くぞメノウ……俺から離れるなよ! ちゃんとついてこいよ!」
「お、おい! 鏡殿ちょっと待ぁっ!」
「どっせい!」
スキルを発動させてしまった鏡を見て、もうどうしようもないと慌ててメノウが鏡の腰に捕まる。その直後、鏡は地面に向かって全力の殴打を放った。
鏡の拳が地に触れた瞬間、爆発かとも思える衝撃がその場で発生し、鏡達の周囲にあった土塊も巻き込んで殴りつけた部分にあった土塊が吹き飛ばされる。
「いく……ぞおらぁぁああああああ!」
そして、その衝撃によって足元にあった土塊が1メートル程吹き飛んだのを確認して、鏡は目にも止まらぬ速さでシャベルを動かし、足元の土塊を上空へと舞い上がらせていく。
「お……おぇ、め、目が回る」
まるでドリルで穴を掘るかの如く、鏡は超高速で回転しながらシャベルで自分の足場の土塊を掘り続け、メノウはそんな鏡の背後にピッタリとくっつくように回転する。
二人は盛り上がろうとする土塊に抵抗するかのように沈んでいき、下へ下へと少しずつ進んでいく。そんな状況に変化が訪れたのは、掘り進んで2分が経過した後だった。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ……っろ?」
「か、鏡殿!? こ、これは、お、おちぃいいいい!」
更に8メートル程の深さを掘り進んだところで、突然地面が「ボコッ」と音をたてて崩れ落ち、二人は浮遊感に包まれた。だが、その感覚は数秒もしない内に消え去り、二人は地面へと衝突する。
「いってて……メノウと俺ってよく一緒になって落ちるな」
「鏡殿……お、重いのだが?」
「あ、わるい。どうりでそんなに痛くないと思ったら」
そんなに高さがなかったからか、二人は地面に衝突した後すぐさま起き上がり、周囲を見渡す。
光が届いていないはずにも関わらず、その空間は神々しく、全体が仄かな青緑色の光で照らされていた。ダンジョンなのかどうかもはっきりとわからない程に、異質な空間。
落下してきた場所は円形に出来た広い空間で、通路は無く青緑色に発光する土塊に包まれただけの空間。だが、その中央にはさらに下へと続くであろう、同じく青緑色に発光する石で作られた螺旋状の階段が存在した。
「この部屋……何?」
そうつぶやきながら鏡が落下してきた場所を見上げると、そこに既に穴は無く、完全に塞がっていた。
「うげ……塞がっちった」
「やはり……聖の森にダンジョンはあったのだな。とすればここにダークドラゴンが?」
「そうっぽいな、まさかこんな特殊な場所にダンジョンがあるなんてな」
「戻ろうにも穴は塞がってしまったし……別の脱出口がこの先にあるかもしれん。何があるかはわからないが先に進もう鏡殿。慎重に……充分気を付けてな」
深刻そうな表情でそうつぶやくメノウに、鏡も「ああ」と答え返して部屋の中央にある螺旋状の階段に視線を向ける。
『制限解除』のスキルの効果が切れて、鏡が地面に這いつくばったのはそれから三秒後のことだった。