気付くのが遅すぎた-8
「沢山本を読んで知識を蓄えることはとても大事です。そして、魔法のイメージを固められるようになって初めて門の前に立ったといえます。アリスちゃんはもっともっと多くの知識を蓄えてください」
「うん、わかったよクルルさん」
カジノ内の休憩所の傍にある会議室内で、黒板に書かれた『魔法とは?』という文字と共に描かれた図式にパチンッと指示棒が当てられる。
得意げな表情で指示棒を持ちながらそう言ったクルルの前には、レックスとアリスが会議用の机に本を置いてクルルの話に耳を傾けていた。会議室の傍らにはデビッドが見守るようにして立っている。
鏡が旅に出てから、十日の時間が経過した。
カジノの運営、1万ゴールドの目標を達成させる程の勢いではないとはいえ、順調に成果をあげていた。デビッドとタカコによる集客施策のおかげで、先週よりも倍以上の数を来客者として得ていた。
二人が行った集客施策はたったの二つ、招待状による優待券を各地に配ることと、この街のあらゆる施設と提携を組むことだった。
カジノに訪れるということは、ヴァルマンの街に訪れるということに等しい。それはつまりヴァルマンの街全体に有益なことであり、訪れた客が自分の店へと足を運ぶとなれば、それはヴァルマンの街に店を構える者達にとって願ってもいないことだった。
そこに目をつけてデビッドはヴァルマンの街のあらゆる施設や店に協力を要請し、街ぐるみで人が訪れるように施策をうった。
その成果あってか、カジノは勿論、街全体が多くの人で賑っている。ほぼ全ての宿屋が埋まってしまい、寝床を確保出来なかった来客者達が教会に押し入る程だ。
現在タカコの指示でカジノの売上金の一部を使い、元々空いていたヴァルマンの街の土地を次々に購入し、そこに宿屋を建設させている。更に複数の冒険者を雇って護衛をさせつつ、建設業をやっている職人達を雇ってヴァルマンの街の土地を広げるために、現在あらゆる場所で工事中だ。
鏡から決定権を譲られて、見事な手腕を見せる二人に対し、思わずティナが「鏡さんのカジノでの存在意義」と嘲笑してしまう程に順調だった。
「ところで……どうして今日はレックスさんまでいるんですか?」
「元々僕も魔法は覚えたかったのさ。身体を強くすることばかりに時間を割いてまともに書物を読んでこなかったんでな。折角勇者として生まれて、魔力を多く持っていたとしても、使えなくては意味がない。魔力を応用した剣技なら一つ使えるが」
レックスにそう言われて、クルルとアリスは別に叫ばなくても使える例の必殺技を脳裏に思い浮かべる。
成果だけを聞くと忙しく慌ただしい状況のように聞こえるがそんなことは無く、デビッドとタカコを含む初期メンバーは、以前と変わらない生活送っていた。
こうして、仕事が始まる前の時間を使ってアリスに向けた魔法の授業を行える程には余裕もあった。
というのもデビッドが、「人員を上手く扱えてこそ責任者というものです。ホッホッホ」と、鏡が聞いたら引き籠ってしまいそうな言葉で余裕の笑みを浮かべ、労働力にかけるコストを惜しまず、巧みに経営管理を行っているが故だった。
「魔法のイメージか……クルルがよく使っていた氷の刃を飛ばす魔法は、どんな風にイメージをして使っているんだ?」
「そうですね……冷気の粒をイメージして、後は鋭利になるように体内の魔力の流れを操作してそれをどんどん重ねていって形成します。慣れれば簡単ですよ?」
何食わぬ表情でそう言うクルルを見て、レックスは「そ、そうか」とつぶやきながらクルルが勧める魔導書に視線を移し、先の長い道のりだと感じて少し表情を歪ませた。
同じくアリスも自分には到底出来そうにないと感じたからか、魔導書を両手に持ちながら机に突っ伏して溜め息を吐く。
「魔法は魔力を消費して扱える力です。魔力があるなら必ず使えるはずですよ」
クルルは得意気にそう言うが、二人にはいまいちピンッとこなかった。
クルルの言葉は逆を返せば、魔力を多く持っていたとしても、それを扱うための知識と技量が無ければ宝の持ち腐れということだった。実際、魔族のアリスも勇者のレックスも魔力は他の冒険者に比べて多く所持しているが、ほとんど使えていない。
レックスが使う聖雷・剛烈波斬も魔力を使用するが、どちらかというあれは魔力よりも体力の消費が激しいため、魔力を上手く扱っているとは言い難かった。
アリスもこの十日間、クルルの指示通りに沢山の魔導書を読んでいたが、いまいち魔力の操作の仕方がわからず、なんの成果もあげられずにいた。
魔族の魔力と人間の魔力は質の違う別物だから? という疑念もあったが、タカコが言うに、魔族の魔力はスポーンブロックからモンスターを生成させる追加要素があるだけで、そんなに本質は変わらないとのことだった。
魔力を使用して魔法は発動する原理は人間も魔族も同じだ。魔力はただの燃料にすぎず、メノウの魔法から魔族の魔力を感じ取れないのもそのためだ。魔法になる頃には魔力は消費されているからである。
故に、魔法の規模のでかさからその相手の魔力の量を推定するのが基本だ。
「ボク……才能ないのかな」
「そんなことはありません。クルル様がおっしゃられた通り、魔力があるのであれば必ずアリス様にも使えるようになるはずです」
机に突っ伏しながらそう呟くアリスを見て、デビッドが諭すようにそう声をかける。
「でも、もう十日も経つのに何も出来てないんだよ?」
「魔法はそんな簡単に使える力ではありません。ですが、少なくとも知識はしっかりとアリス様の中に蓄積されているはずです。めげずに続けることが大切なのですよ」
そう言われて、アリスの表情にやる気が戻る。諦めないように声援を送ってくれるデビッドに対し、アリスは「うん、頑張ってみるよ!」と元気に返事をすると、再びクルルに渡された魔導書へと目を向けた。
その様子を見て、デビッドは満足そうに笑顔を浮かべる。
「では一つ、アドバイスを致しましょう。まず一つだけ使いたい魔法を覚えるのです。そこから魔法の扱い方のコツを掴めば、きっと道が広がるでしょう」
「使いたい……魔法?」
「はい。アリス様は最初に、どんな魔法を使えるようになりたいですかな?」
そう言われて、アリスは少しだけ思案顔を見せるが、すぐに答えが見つかったのかデビッドに視線を合わせて照れ臭そうに笑顔を浮かべる。
メノウのように戦いのサポートが出来る攻撃魔法も覚えたかったが、サルマリアでの一戦の時に感じた辛さを思い出して、一番優先して覚えたい魔法をすぐに脳裏に思い浮かばせた。
「ボク、回復魔法を使えるようになりたい」
鏡の身に何かあった時、少しでもその辛さを和らげたいと思ったからこその答えだった。
そしてその言葉に、デビッドは何故か面喰らった表情を一瞬見せるが、すぐに表情を和らげると、「……それは素晴らしい選択ですな」とつぶやいて、再び笑みを浮かべた。