答えなんて自分次第だから-4
「鏡ちゃん!」
「ああ、聞こえてる! まだ諦めるには早すぎるってな!」
モンスターを正拳突きで吹き飛ばしたタカコは振り返って鏡の名を呼ぶと、鏡は笑みを浮かべながらそう叫び、アリスに「グッドジョブ」と親指を立てた。
「鏡さん達のおかげだよ」
すると、アリスは感極まった表情でそう呟く。
「逃げ出した冒険者達を連れ戻すのは簡単だったんだよ? 『戦っている人がいる……助けて欲しい!』ってね。でも皆、モンスターの大群を前に戦う気力を失って……動けなかったんだ」
アリスの言葉を聞いて、レックス、ティナ、クルル、パルナの四人には、他の冒険者達の気持ちが痛い程にわかった。自分達も同じ気持ちを少なからず抱いていたからだ。
「でもね、鏡さんやクルルさん達が諦めずに戦う姿を見て、皆、怖気付いてちゃ駄目だって気付いたんだ。皆、自分にもきっと何かが出来るはずだって。鏡さん達から勇気をもらったんだよ」
そしてその言葉を聞いて、クルルは感銘を受けた。確かに後から来た冒険者達は自分達の姿を見て助太刀をしようと思ったのだろう。でもそれは、元を正せば鏡一人の功績だった。鏡を一人で戦わせる訳にはいかないと自分達が動き、自分達の姿を見て、今こうしてサルマリアの冒険者が集って立ち向かっている。
一人。たった一人の村人が、絶望的な状況を己の意志によって打ち破った。その事実に、クルルは心の高ぶりを抑えきれず、自然と笑みをこぼしていた。
危険な状況には変わりはない。だがそれでも素直に凄いと思わずにはいられなかった。アルカシア王国城内の書庫で読んだどんな英雄譚にもこんな出来事は乗っていなかった。1万のモンスターに一人で挑み、数千の冒険者の心を動かした……勇者でなく、ただの村人。そんな信じられない行動を起こした人物は過去に存在しない。
そして間違いなくこの出来事は伝説として語り継がれるだろう。そんな伝説を目の前にして、興奮せずにはいられなかった。
レックスも同じ考えだった。同じ考えだったが故に嫉妬した。嫉妬して悔しい気持ちになった。だが、心底鏡を尊敬した。自分にこんなことが出来たかと問われれば、否としか答えられなかったから。
「ふ……ふふふはははは! 面白い……面白いぞ村人! なら僕に見せてみろ! この戦いが辿り着く想像も出来ない結末を!」
レックスも他の者と同じように、疲れ切っていたはずの身体に力が戻っていた。これで終わりだと思っていた絶望的な状況からの起死回生。そして伝説にも残るであろう戦いに自分が参加していることに心を震わせずにはいられなかった。
「よし……それじゃあもう一頑張りするか。っと、その前に……アリス! ここは危ないから下がっていろ!」
「うん、わかったよ鏡さん。ごめんね? 嬉しくなってどうしても鏡さんに伝えたくて」
そのアリスの言葉に鏡はポンッとアリスの頭を叩いて「気にするなよ」と呟き、背中を押して再び岩壁に空けた穴を通るように促す。その間際、
「他の冒険者達が戦おうとするための最初のきっかけを作ったのは俺じゃなくてアリスだ。一番凄いのは……魔族の身でありながら何とかしたいという気持ちを優先して、ここに冒険者達を連れてきたアリス。お前だ!」
そう言って、鏡はアリスに微笑みかけた。そしてその言葉を聞いて、アリスは嬉しそうに瞳を潤ませながら「うんっ!」と、叫び返し、岩壁の穴の中へと駆けて行く。そして、アリスが岩壁の中へ戻ったのを確認すると、鏡は表情を強張らせて、今も尚眼前に広がるモンスターに向き直った。
「作戦は変更だ……勝つつもりで行くぞ! ガンガン行こうぜ!」
「言われずとも!」
鏡がそう叫ぶよりも早く、レックスは前方へと突進して目の前の敵を剣で斬り上げていた。それに続くようにしてクルルとパルナは広域殲滅魔法を前方に向かって連続で放ち続ける。
「やれやれ……こうも骨のある連中ばかりが将来私の敵になるかもしれないと思うと、気が滅入るな……まあそれでも、私は魔王様とアリス様に付き従うだけだがな!」
「メノウちゃん! 鏡ちゃんが全力を出せるように、他の冒険者達と協力してレックスちゃん達を守るわよ! 鏡ちゃん! こっちは大丈夫だから……好きなだけ暴れてきなさい!」
そう言って、メノウは鏡に親指を立てて見せ、タカコは鏡に投げキッスを放った。どんな攻撃よりも強力すぎるその攻撃に耐えて気合を入れ直した鏡は、「よっしゃぁ!」と声を張り上げると、温存していた力を爆発させて、少し離れた前方に立っていたサイクロプスに一瞬で近付く。
すると、鏡は丸太のようなサイクロプスの足をガッチリと掴み、まるで大木を振り回すかのように周囲にいたモンスター達をサイクロプスと言う名の武器で蹴散らすと、少し進んだところで派手に投げ飛ばし、一気に前方にいたモンスター十数体を殲滅して見せた。
「「「「「うぉおおおおおおおおおおおお!」」」」」
その光景を呆気にとられて見ていた冒険者の多くが、鏡がサイクロプスを投げ飛ばしてモンスターを蹴散らしたのを見ると、士気を高めて盛大に雄叫び声を上げた。
「いける、勝てるぞ! なんだあいつ……凄すぎだろ! どっちが化け物かわかりゃしねえ!」
「どっちだっていい! 俺達のためにずっと戦ってくれていたんだ! この恩義に報わねえと戦士としての誇りが廃るってもんだ! 遅れをとるなよ!」
ある者は両手に大剣を構え、ある者は呪文の詠唱を始め、ある者は弓の弦を力強く引き、鏡に続くようにして、自分よりもレベルの高いモンスターに戦いを挑んだ。そしてそこにいた者のほとんどが、自分達が相手より弱いかどうかの考えを持たず、ただ、この街を守るという気持ちと、それを可能に出来るかもしれない男の存在に後押しされ、気合だけでぶつかっていく。
こんな感覚は鏡にとっても初めてだった。人々が一つの目的のために一丸となって立ち向かうこの光景。レベルの概念に縛り付けられたままでは恐れて出来るはずもない悪あがき、無謀ともいえる挑戦を、無理という思想をはねのけて大人数であがいている。そんな人々の変化に、鏡は新たな可能性を感じずにはいられなかった。
「俺に……続けぇえええええ!」
その時、鏡に迷いはなかった。例え高レベルのモンスターを前にしてもきっと何とかしてくれる。かつて自分が一人で何とかしたように、ここに来てくれた連中ならきっと立ち向かえる。そう信じて鏡は守りを捨てて、モンスターの大群の中に一人で突っ切った。
すると、まるでそこに巨大な大砲の弾が通ったかのように荒野の乾いた地面が剥き出しになり、モンスターに囲まれた道が出来上がる。
作られた道はすぐに他のモンスター達が詰め寄り封鎖され、鏡の姿を冒険者達は視認できなくなってしまうが、それでも中で大奮闘しているのがすぐわかる程に、奥の方で次々にモンスターが上空に吹き飛ばされていた。
そして誰もが『あれに続くのは無理』と、自分が出来る範囲で頑張ろうと決意する。