激闘結婚式の前日譚-2
とりあえず今後のことを落ち着いて話し合うため、三人はそれぞれ休憩室内のテーブルにつく。
「まあでも、現実的な解決方法は誠意をもって断るしかないんじゃないですかね」
「それなら既に何度もお断りしてますよ。ですが……」
説明されるまでもなく、断った時のタカコの反応を鏡とティナは想像できた。
鋼のメンタルを持つタカコに、恋愛においての撤退はありえない。
「……デビッドも大変なんだな」
「おや? 鏡様も何か御悩み事でも?」
「悩みではないんだけど……なんていうか、こう……退屈なんだよな」
「経営者にあるまじき発言ですが、お気持ちはお察しいたしますよ」
てっきり少しくらい呆れるくらいすると思っていたティナは、意外にも鏡の心境に理解を示すデビッドを見て面食らう。
「え、デビッドさん優しすぎませんか?」
「鏡様は世界をお救いする偉業を果たした英雄です。これまでずっと世界を股にかけて旅を続けてきたのですから、一つの場所に留まって同じことをし続けるのを退屈に感じるのは変ではありませんよ」
「まあ……気持ちはわからなくもないですけど」
「どれだけ待ち望んだ世界が訪れようと、やりがいや目標がなければ退屈なものです」
やりがいや目標と言われ、鏡は自分の現状を考える。
カジノの居心地は悪くなかったが、働くことに対するやりがいはなく、何か目標にしていることもない。
外の世界に出てセイジたちの復興作業ができれば、新しい世界の再興という目標ができるのかもしれなかったが、あいにく外に残してきた鏡の肉体はいつ治るかもわからないほどにボロボロで、アースクリアからアースに出ることはできなかった。
「アースに出られればなあ……アースクリアでしたいことなんてもうほとんど残ってないし。元々アリスと出会う前は暇を持て余してお金稼ぐことくらいしかしてなかったし。そして今、カジノのおかげで金を稼ぐ必要もない。他に残ってることってなると……前みたいに強くなる努力をすることくらいだけど」
「デミスを倒した今、戦う相手もいませんし……強くなる必要もないですもんね」
「戦う必要がないのはいいことだけどな……でも、強くなり続けてきた身としては寂しくはあるよな、戦う相手がいないのは。どっかにデミスよりも強くて、でも悪さをしないで世界に馴染んでひっそりと隠れて過ごしているゲームの隠しボスみたいな奴いないかな。いたら次はそいつを超えるために頑張るみたいな目標できるんだけどな」
「一人心当たりありますよ」
「え? マジで?」
「私も一人心当たりがあります。恐らくティナ様と同じ人物を想像しているかと」
「デビッドも?」
「ええ、その方なら今、カジノのスロットコーナーで遊んでいるかと」
そんなただならぬ男が自分の経営するカジノにいたことに鏡は素直に驚く。
そして早速顔を拝んでやろうと立ち上がり、休憩室へと出てカジノ内のスロットコーナーへと向かった。
デビッドはニコやかに「行ってらっしゃいませ」と見送り、ティナは面白そうだったのでヒョコヒョコと上機嫌な様子で鏡の後ろをついていく。
「……どこにいるんだ?」
カジノ内は少しよそ見をするだけで肩がぶつかってしまいそうになるほど、多くの人で混雑していた。
鏡とティナは来客者に一応スタッフとして振舞いつつ、スロットコーナーを目指す。
「ちなみにVIPと通常の方とどっちにいるんだ?」
「通常の方ですね、VIPは毎回入場料が別途かかりますし、会員証も必要なので、その鏡さんに匹敵する強さのお客様は、VIP料金を払う金すら惜しんで遊んでくださる常連さんです」
それを聞いて鏡は喉をごくりと鳴らす。
それだけの強さを持ちながら、ギャンブルにはまっている相手の姿なんて、想像もつかなかったからだ。
「VIPだったらまだ人が少ないから、探しやすかったんだけどな」
「ぎゅうぎゅうですもんね、本当、開店したての頃が懐かしいですよ……あ、いましたよ」
混雑しているとはいえ、いつも同じ場所にいるためティナは簡単にその人物を見つけ出す。
黒く長い髪に黒い肌をした整った造形の長身の男は、焦燥した顔つきでスロットコーナーのレバーを強打していた。
「ぐ……が……ぎ…………何故揃わない!? ぐ……インチキ…………! 作られている…………必ず……客が……負けるように…………! だが……やめられない……! 取り返すまで……!」
その男の姿や見るや否や、暫く見せていなかった嬉しそうな顔つきになっていた鏡の表情が無表情になる。
「セイジ様に使用を許された金額の残りは1ゴールドと400シルバー……! このままでは……いられなくなる! この街に……! くそ……吐き出せ……! 全部……!」
狂ったようにスロットを回し続ける男―-ダークドラゴンの人間形体の姿を数秒間見届けた後、鏡は声をかけずにその場を離れてスタッフ専用の通路へと戻る。
「ね? いたでしょう?」
「いたけどあれだ、あれ強いとかじゃないじゃん? そういう概念超えてるじゃん?」
そもそも、自分に匹敵する力があるならどうしてデミスとの戦いの時に出てこなかったのだろうという疑問を抱いていたが、一瞬で理解した。
ダークドラゴンはアースクリアを管理するために作られた存在であるため、現実世界に肉体はなく、代わりにこの世界で無類の強さを誇る。しかし、それもこの世界の仕組みにいくらでも関与できるからというのが理由であり、純粋な強さと言っていいのか疑問だった。
負けそうになれば、鏡の攻撃を無力化したり、自身の魔力を倍増させるなどいくらでも方法があるからだ。
そんな存在を目標にできるかと言われれば、目標とかそういう話ではないと鏡は判断した。
「ていうか俺がいない間……あいつにいったい何があったんだ」
「ずっと管理者として退屈な日々を過ごしてきたから、この世界を満喫してるみたいですよ」
満喫の仕方を間違っているような気がしたが、自由な世界になった今、他人の生き方にとやかく文句を言うのも違うと思い、鏡はでかかった言葉を飲み込んでしまう。
「あら? 鏡ちゃんとティナちゃんじゃない。これから休憩かしら?」
その時、二人の背後から声が掛かる。
振り返って姿を確認すると、そこにはいつものピンク色の武道着ではなく、ところどころにフリフリのついた清楚な白いシャツにコルセットスカートを着用したタカコの姿があった。
「……タカコさん、その恰好は?」
思わずその姿を見て真顔になったティナが問いかける。
「ああこれ? 可愛いでしょう!? セイジさんが残していた過去のアースのデータに秋葉原って街があったらしくてね? その街でこの服を着ているだけで注目を浴びたっていう伝説がある服らしいのよ! アースでその秋葉原を復興しようとしているペスちゃんが教えてくれたのぉ~!」
「…………なんていう名称の服なんですか?」
「童貞を殺す服って言うのよ、それだけ男性には魅力的な服ってことらしいわ……どう? 鏡ちゃん? 似合ってるかしら」
「ニアッテマス、ホントウデス」
「そう? 良かったわぁ~!」
服のデザインだけで見れば確かに可愛らしくはあった。元々清楚な雰囲気があるクルルが着用すれば、その服の名称の由来もわからないでもなかったが、タカコが着ると別だった。
あまりにも鍛え抜かれた筋肉により、白いシャツは今にもはちきれそうな程にパツパツになっており、コルセットスカートを履いているのに肥大化した筋肉によって腰にくびれもなく、白くて長い清楚な靴下を履いているが、あまりにも鍛えられすぎて筋肉の筋が浮かんでいた。
別の意味で殺されそうな服装を前に、鏡とティナはタカコに背中を向けて心の中で「きっっっっっっっっっっっっっっっっっっっつい……!」と叫び散らす。




