エピローグ5
「…………タカコさん、さっきから誰を探しているんですか?」
カジノ内の休憩室。昼食を終えてソファーに座りながらお茶を片手に、一息ついていたティナは、変わらずバニーガール姿で、乙女のようにキョロキョロと周囲を見渡してうろついていたタカコに、誰を探しているのかわかりながらも、うっかり声をかけてしまう。
「お昼ご飯を一緒に食べようと思ってデビッドさんを探しているのだけど……どうしてか全然見つからないのよ」
「多分一生見つからないと思いますよ」
「え?」
「いえ、その恰好だとデビッドさんも照れくさくて出てこれないんじゃないかと思いましてね?」
思わず口が滑り、咄嗟にティナは言葉を添える。
あまりにも筋肉質で男のボディービルダーがバニースーツを着ただけにしか見えないその恰好を前に、誰がどう考えても食事をしたいだなんて思うわけがなかった。
「普通の格好に着替えたらデビッドさんも出てくるかもしれませんよ?」
「そうよね……私のバニーガール姿はデビッドさんには刺激的すぎるわよね」
「当然ですよ。私だって思わず目を外しちゃうくらいなんですから」
「ありがとうティナちゃん、私、着替えてくるわね」
指摘を受けてタカコはいそいそと休憩室から立ち去る。それを、ティナは感情の籠っていない笑みで手を振りながら見送った。
「……随分と腕をあげたのだなティナ殿は、見事な誘導だったぞ」
タカコが部屋から立ち去ったのを見て、途中から様子を見ていたメノウが苦笑する。
「見ていたなら助けてくださいよ……」
「私が介入したところで結果は変わらなかったさ」
そう言いながら、メノウはティナの隣へと座る。
二人がソファー座るこの光景は、カジノのスタッフ内でも特に珍しくはなかった。お互い、近くに居ても気を使うことがないため、休憩時間になればよくこうしてお茶を飲みながら愚痴を言い合ったりしている。
「タカコさんとデビッドさんの仲は永遠に進展しなさそうですよね」
「そうでもないかもしれんぞ? そのうちデビッド殿が根負けすると私は睨んでいる」
「そうですかね~?」
何気ない会話、何気ない日常、それはずっとティナたちが追い求めてきたものだった。
あの戦い以降、繰り返される毎日が退屈だと感じたことはない。そんな毎日を過ごし続けられることこそが、何よりの幸せであると知ったから。
「そういえば……」
故に、ティナは訊ねる。変わらない日常が今後も続いていくのかどうかを。
「メノウさんはこれからも、このカジノで働き続けるんですか?」
「ああ、勿論だ。鏡殿の恩義に報いなければならないし……何よりアリス様もいるからな、それにレックス殿と約束もしたし、何より皆もここに……」
「……どうしたんですか?」
「いや、違うな。鏡殿の恩義がどうとか、アリス様がいるなどとは関係ない。私がここにいたいからここに居続けるのだ。それが……私の意志。私自身の素直な考えだ」
「……メノウさん」
同意なのか、ティナは柔らかい笑みを浮かべて「そうですね」と答えた。
ティナは最近になって気付いたことがある。
変わらない日常を過ごせるのは幸せなことだが、そんな変わらない日常が、少しずつ変化していくのもまた、幸せであることに。
過ぎ去った日々も、今という現在が尊きものであるならば、大切な思い出になるからと。
「ティナ殿はどうするつもりなのだ?」
「そうですねぇ……今はまだここで働くつもりですが、そのうち世界を見て回ろうかと思ってます。アースクリアも、アースも全部」
「ほぅ……それはまた何のために?」
「知見を広げたいんですよ。私の知らないことがまだまだたくさんありますから、知らずに年老いて死んじゃうのってなんだかもったいないじゃないですか?」
來栖や、ついこの間に報告を受けて知ったライアンの死を思い出しながら、ティナは少しだけ悲しい顔を浮かべる。どれだけ長く生きようが、いずれ死は訪れる。その時、悔いのない人生だったと思えるようにするには、殻に閉じこもっているだけではだめだと気付いたからだ。
ティナは、また一つ、前に踏み出そうとしていた。
「それに……ここに帰ってくれば皆さんにまた会えます。いなくなることを恐れてしがみついたままだと、私……一生弱虫のままですから」
そうやって少しずつ、日常を変えていく。日常とは本来、過去を受け継いで未来へと繋げる、変わっていくための日々であるはずだから。
「面白そうだな、その時は私も同行して良いだろうか?」
「メノウさんも? アリスちゃんをほったらかしにしてもいいんですか?」
「どうせその時は、私が傍にいなくても問題がなくなっている頃なのだろう? なら、ティナ殿と旅をするのも悪くない。私がカジノにいたいと思うのは、ティナ殿を含める皆がいるからだ……そのうちの一人が旅に出るなら、一緒についていくのもまた一興、それに、私もこの世界を……外の世界をもっと知りたいからな。駄目か?」
予想外の誘いに、ティナは少しだけ面食らって頬を紅潮させる。
「でも、メノウさんとの旅はつまらないってずっと前に鏡さんが言ってましたよ?」
「鏡殿は言葉を交わさずとも一緒に居て苦ではないということが、大切と言っていたが……ティナ殿は私との旅は苦なのか?」
言葉の追い打ちでティナはさらに顔を赤くさせ、誤魔化すようにお茶を口に運ぶ。
「ふむ、ならばレックス殿やパルナ殿も誘ってみるか。確かに男と女の関係ではまた違うかもしれんしな、鏡殿は男だったからそれでよかったのかもしれん……ってどうしたティナ殿」
「知ってましたよ。メノウさんも鏡さんやレックスさんと同じ属性の人だって」
一気に冷めたのか、「ふぅーやれやれ」と呆れながらティナは溜め息を吐く。――そういう意識をしてしまった自分がいることを自覚するのは、もう少し先のことになるだろう。
「た……大変だ!」
その時、慌ただしく、顔を強張らせたレックスが休憩室の扉を勢いよく開けて中へと入る。
「どうしたのだレックス殿?」
「タ……タカコが!」
信じられない存在を見てしまったかのような顔でレックスが呟く。
「んもぉ、どうしたのレックスちゃんったら、私の姿を見るなり血相を変えて」
直後、レックスを追ってきたのかタカコが休憩室内に再び顔を出す。
そして、タカコの姿を見て、メノウとティナはレックスと同様に驚きの表情を見せた。
「ふ…………普通だ」
「普通…………ですね」
タカコはいつもの道着姿ではなく、落ち着いた大人の女性がよく着用する、一般的な女性の服装をしていた。
ゴツゴツとした筋肉質の体は相変わらずの隠せていないが、それでも尖った雰囲気はなく、女性と認識できるくらいには似合っていた。
「タカコさん……道着は?」
「道着ならとっくの昔に捨てたわよ。もう必要ないでしょうから」
「どうかしら」とタカコはウインクをしながら一回転し、周囲に服装を見せつける。
「ダメージを……受けないだと?」
「どういう意味かしらレックスちゃん?」
いつもであれば血を吐くような精神的ダメージを受けるはずが、まるでダメージがないことに驚愕し、レックスは手を震わせる。
時代は変わりつつあり、その変化が少しずつだったが現れ始めていた。戦うことに縛られず、己が過ごしたいように過ごせる世界へと。
「皆さん! ここにいらっしゃいましたか!」
その時、レックスと同じく慌てた様子でクルルが休憩室へと顔を出し、その後を引っ張られてきたのかパルナが顔を出す。
「どうしたんですかクルルさん? そんな慌てた様子で? タカコさんなら既にここにいますよ?」
「あら? どういう意味かしらティナちゃん?」
相当カジノ内を走り回っていたのか、クルルは膝に手をついて息を整える。
「アリスを見なかった? クーちゃんがいないって教えてくれてから探し回ってるんだけど……どこにもいないのよ。……って、タカコさん何よその恰好」
「アリス様なら今日は大切な日だとか言って、朝から出かけているが」
「あら、そうなの? なら大丈夫でしょ、あの子ももう大人だし、襲われる心配もなさそうだし」
「大丈夫じゃありません!」
楽観視するメノウとパルナの間に入り、剣幕した顔でクルルが叫ぶ。
その表情は少し苛立っているように感じられた。
「セイジさんはどうして私には情報を……いえ、そんなこと言ってる場合じゃないです! 先を越されるわけには参りません……私も早く行かないと!」
そして、一人で勝手に納得をつけると、クルルは再び全力疾走で休憩室から飛び出していった。
その様子から、残った一同は「ああ、なるほどね」と苦笑し合う。
次回最終更新は12/1 21:00です。その日に新作の発表とか、その後の話を描いた番外編とか、もろもろご挨拶させていただきます。




