エピローグ-2
「んっはぁぁぁぁどうかね! この美王の力は⁉」
アースクリア内、ヘキサルドリア王国の北西に位置する街、ヴァルマン。
森林に包まれ、海域に隣接する冒険者の集う街は、ヘキサルドリア王国だけではなく、フォルティニア王国、グリドニア王国を合わせても一番と言わざるをえない活気を見せていた。
どの宿屋に足を運んでも一年先まで予約で埋まり、飲食店すら、朝、昼、夜、問わずに数時間待ちの行列ができている。
街の大通りは人で溢れかえり、ところかまわずに魔族と人間たちが酒を持ち寄って一日中バカ騒ぎしていた。
「すげぇえぇええ! あの海パン一丁の変態英雄、10連続で当ててやがるぜ!」
これもそれも、デミスを倒すのに最も貢献したと呼ばれている鏡を筆頭に、デミスの脅威から皆を最後まで守り抜いたティナ、勇敢にデミスの体内に潜り込んで生還したレックス、クルル、パルナ、デビッド、タカコ、メノウ、味方を鼓吹し続け、力がなくとも勇敢にも前線で戦い続けたアリスが魔族にとっても人間にとっても英雄扱いされていたからだ。
その英雄たちが集い、カジノを運営しているという噂から、一目見ようと人が集まっているのである。
ヴァルマンの海岸に建設されたカジノ内も、遊びに来ていた同じく英雄扱いされているディルベルト王の周囲がおおいに盛り上がっていた。
「ははははは! エクゾチックフルバーストの力を持つ私にかかれば、ルーレットの玉の軌道など簡単に読めてしまう。おっふ……自分の才能が恐ろしい」
ルーレットの玉が入る位置の軌道をスキル『エクゾチックフルバースト』を使って読んでいるのか、既にディルベルトは10連続でルーレットを当てており、とんでもない額を稼いでいた。
そんなディルベルトを、修道服ではなく、カジノ内スタッフの制服を着用してゴミを見るような顔つきでティナが背後から見つめていた。
「ん? なんだいティナ君? 美王の私に特別なプレゼントかい?」
暫くして、ティナは溜息を吐くと、触りたくないのか嫌そうな顔でディルベルトに近付き、背中にペタリとシールを張り付ける。
「いえ、ただの出禁シールです。迷惑なのでとっととお帰りください。ウチを潰すつもりですか?」
「おいおいティナ君、私は不正なんて働いていないよ。酷い言い掛かりじゃないか」
「不正みたいなもんでしょう。それ」
運を試す場所であるのに、動体視力の高さで確実に当ててくるディルベルトがいると商売にならず、他のスタッフを呼び出すことで追い出すと、ティナは一仕事を終えたような清々しい顔を見せる。
だがすぐ、周囲にいる客の多さにげんなりすると、深い溜息を吐いた。
「大丈夫ティナちゃん?」
そんなティナの傍に、ドリンクの乗ったトレイを片手に、バニースーツを着用したタカコが現れる。多くが視界に入れるまいと視線を逸らしていたのは言うまでもない。
「あぁ……タカコさん! いえ、あまりにも忙しいので少し、ただのお客さんってだけならいいんですけど、私に気付くや否やサインや握手を求めてくるの……なんとかならないですかね」
「私たちは特に目立っていたもの……仕方がないわ、誰もが私という美しき英雄を一目見たいという気持ちがあることくらい、私はわかっているもの」
「ハハ、ソウデスネー」
とはいえ、タカコに握手とサインを求める者は少ない。そのバニースーツ姿が、多くの人にとってあまりにも刺激が強すぎるからだ。色々と別の意味で。
「タカコ様、あちらの人手が足りていないらしく、お力添えをお願いできますか」
そんな中、相変わらず不在の鏡に代わってカジノを切り盛りしていたデビッドが、慌ただしくタカコに視線を合わせないように全然関係のない場所を直視しながら駆け寄る。
「もちろんオッケーよ、ところでデビッドさん……今夜、お食事でも」
もじもじとしながらタカコが問いかけると、デビッドの姿は既にそこにはなかった。
用件だけを伝えた後、こうなる展開を予想して全力で逃げていたのを見ていたティナは「デビッドさんも強くなったなぁ」と感慨深そうに呟く。
「ていうかこんな糞忙しいのに、なんでダークドラゴンさんまでここにいるんですか、わざわざ人間の姿で紛れ込んで」
その時、ふと視界に入った黒い服装に黒い髪をした少し肌の黒い美青年がスロット台を黙々と一人で回しているのを見て、かつてのアースクリアの管理者の一人の情けない姿にティナは少しがっかりした顔で声をかける。
「我が使命は終わったのでな、これからは好きに生きさせてもらうつもりだ」
するとダークドラゴンは、そんな顔を向けられるのも嬉しいのか、スマートな笑みを浮かべた。
「人間の娯楽とは楽しいものだな……我が使命を解いてくれたお前たちには感謝し足りん」
「一番、お礼を言われるべき人はここにいませんけどね。そもそも生きているのかどうかもわかりませんし」
平和の戻ったこの世界に、平和を取り戻すのに最も貢献した男の姿はなかった。
いつものようにまたひょっこりと戻ってくる、必ず生きているはずだとレックスたちは未だに信じているが、既に半年も戻っておらず、生きていると信じている者は少しずつ減っていた。
ティナも、いつかは戻ると考えていたが、鏡の力を考えれば半年も戻ってこないのはどうにも考えにくく、もしかしたらそうなのかもしれないと、受け入れつつある。
それでもこうしてデビッドを始め、レックスやクルル、ティナがカジノに残っているのは、このヴァルマンの街とカジノが鏡の変えるべき場所だと考え、戻ってくると心のどこかでずっと信じているからなのだろう。
「ところでお前は、僧侶として働かなくていいのか? このカジノには小さな教会もあったみたいだが?」
「……神様に頼るのは、やめました。これからは自分自身の力で、楽しい日々を探したいと思ってます。信じるだけじゃ……救われませんし、もう、誰かのせいにして逃げたくありませんから」
「それがいい」
吹っ切れた良い顔つきになった僧侶の姿に、ダークドラゴンは敬意を表す笑みを浮かべた。
「でゅっふぉぉぉぉぉ! アリスたぁぁぁぁあん! 世界一かわいいよぉおおお!」
「はいはい、ウチのアイドルに近付かないようにお願いしますね~」
最早人気がありすぎてまともに働けず、カジノのスタッフの制服を着用しているのに展示品のように飾られ、仕切りを設けられてドリンクを渡すだけのアイドルになってしまったアリスの護衛をしながら、同じくスタッフの制服を着用したパルナが深い溜息を吐いた。
「なんなのこの連日満員は、というかなんで私たち英雄のはずなのに働いているの?」
「ボクは楽しいよ? この生活をずっと送りたくて頑張ってきたんだから」
まるで苦に思っていないのか、嫌そうな顔一つせず、暑苦しい見た目をしたお客が相手でも笑顔でドリンクを渡すアリスに、パルナは苦笑いを浮かべる。
「本当にあんたは……ファンの連中風に言うなら天使ちゃんね。まあ私も嫌ってわけじゃないけど、たまには休みたいわ、これじゃあレックスとデートにもいけな…………何よその顔」
「別にぃ~?」
にやついた顔を浮かべるアリスの頬をパルナは引っ張った。
自分の想いをハッキリと言葉にして告げるアリスやクルル、フローネと一応タカコを見て思うところがあったのか、パルナはこの半年間でレックスに定期的にデートに誘うなど、アプローチをかけるようになっていた。
レックスも満更でないのか、断ることなくカジノの仕事をたまに休める日はパルナと出かけて色々とチクビボーイ家の復興のために動きまわっている。
時折恋敵であるフラウが邪魔をしにくるが、レックスがフラウになびくことは恐らくないだろうと、アリスも毎日安心した様子で見守っている。
「まあ百歩譲ってよ? この忙しさは許すとして……」
そう言いながら、パルナはアリスのドリンク受け渡し場所の近くに設けられているベンチへと視線を向ける。するとそこには、カジノに似つかわしい豪勢な貴族の服を身に纏った金髪の女性が優雅に座っていた。
「どうしてヘキサルドリア家の御一行様が来てんのよ」
「なんじゃ? 妾がここにいるのが不満と申すか?」
「ふふ……王たるもの、国内の事情をしっかりと知っておかねばなるまい? それに、我が妹の様子を心配して見にくるのは変ではあるまい?」
何食わぬ顔でフラウとニニアンはフルーツのこんもり乗ったドリンクを口にする。
「ほれほれ、妾は客人じゃぞ? しっかりともてなさんかパルナ? ほら、足を舐めろ」
そんな傲慢な態度を見せるフラウに、パルナは「っはん」と鼻で笑うと、軽食のナッツを指で弾いてフラウの額へとぶつけた。
「な、何をするのだ! 妾はこの国の姫だぞ! 極刑じゃ極刑!」
「ならこっちは世界を救った英雄ですけどぉ⁉ マナーの悪いお客様にはお帰り願えますかぁ⁉ どんなお客様でも平等に接するのがこの鏡・オブ・カジノの伝統なので」
そんな伝統はアリスも知らなかったが「確かに鏡さんなら言いそう」と勝手に納得する。
「妾も英雄であろう! ラストスタンドに乗ってたから……あまり覚えられていないが」
「あのー……姉様? 本当に護衛や大臣もつけずにお城を抜けてよろしいのですか?」
そこで、あまりの騒がしさに心配になって見に来たのか、実はこっそり遠目にニニアンとフラウの二人を見守っていたクルルが顔を出す。
「気にするなクルル、何かあっても城には父上とミリタリアが残っている。充分であろう?」
実はシモンも、王位から解放されたことで城から抜け出しては色々と遊び回っていることを、この前ヴァルマンにシモンが訪れたことで知っているクルルは苦笑いを浮かべる。
恐らく今頃、大臣たちが大慌てしているのだろう。
次回更新は2018/11/18予定です




