LV999の村人-6
「っく……まだだ、まだ!」
「もうよいエステラー。もう……どうにもならぬ。既に皆、限界を超えていたのだ……あの村人に感化されてな。だが……あの攻撃、たとえ生きていたとしても……」
空間管理装置が壊れ、自分の力で戻ってこられなかった鏡を脳裏に過らせ、恐らく今回も生きていたとしても同じようになっているはずだと、魔王は眼を瞑る。救出に向かったところで、戦線に復帰できるまでの間、こちらが耐えきれず、全滅は免れないからだ。
「ここまできて……何故!」
次々に戦意を喪失させ、明らかに士気を落としていく者たちに納得いかないのか、エステラーは憤りたつ。來栖たちと共に、長年の間この瞬間を待ち続けてきたエステラーには、この現状を受け入れられなかった。
あと少しで、あと一歩のところで全てを終わらせられる。望んでいたものが手に入る。
デミスも、鏡との戦いで弱っている。今しかないチャンスを誰も掴みに行こうとしないのが納得いかなかったのだ。もう、何もできないまでに全員が疲弊していることをわかっていながら。
『まだだ…………まだまだだよ!』
そんな全員が次々に戦意を喪失させていく中、油機はまだ戦う意志を示した。
『そうだぜ! まだ諦めてるんじゃねえ! 鏡が死んだと思ってるなら大間違いだ! あいつは殺しても死なねえ男なんだからよ』
同じくまだ戦うつもりでいるのか、戦意を失ってない力強さのある口調でメリーが叫ぶ。
その時、エデンを守るように囲んで戦っていた一同のすぐ横を、眩い光を放つ小さな球体が大量に通り過ぎた。間髪入れずに撃ち放たれる小さな光の球体はそのまま直進し、敵を次々に消し飛ばしていく。
それは、魔力銃器から放たれる魔力弾を、電磁誘導によって加速させることで放たれた攻撃。かつて電磁砲とも呼ばれた攻撃を、魔力弾で再現し、尚且つ機関銃に並ぶ連射力を持たせた殲滅兵器の力だった。
『ラストリボルトの力は……まだまだこんなもんじゃない! もっと、もっと凄いんだから!』
直後、補給のために一度エデンへと戻っていたラストリボルトが戦線へと復帰し、眼にも止まらぬ速度で次々にエデンに迫ろうとする敵を倒していった。油機は、このままでは全滅してしまうと考え、主力であるラストリボルトをあえて下がらせていた。
スキル『知見の眼力』によってラストリボルト本来の性能と仕組みを読み取り、扱えきれていなかった性能を油機が引き出そうとしたからだ。その結果の一つが、電磁機関砲である。
また、使えてなかったスラスターの出力の調整も終えたことで、これまでよりも速く、大きな図体でありながら小回りの利く機動性の高い動きが可能となっていた。
無論、性能が高くとも、動かすだけの操作ができなければ意味がない。そこで――
『ん~~~~~! あっは! ただでさえ無敵の王が無敵のロボットに乗る…………最早誰も我々を止めることはできないよ! そう、デミスでもね!』
時間の間隔を狭めるスキル『エクゾチックフルバースト』を持つディルベルトも、ラストリボルトの中に同乗していた。現在油機とメリーは、ディルベルトのスキルの恩恵を受けて、それでもラストリボルトの力を持て余しながら戦場を暴れまわっている。
当然ながら、ラスリボルトの中は海パン一丁の変態のせいで、元々二人乗りなのもあって大変むさくるしい状態になっていた。
『ロイドさん! あなたが諦めてどうするの! 終わるその瞬間まで戦うんでしょう⁉』
「諦めたわけではありません。鏡さんが死んだと決めつけたわけでもありません。ただ……もう僕は……何もできない」
意識を保つのもやっとなのか、朦朧とした眼差しでロイドは呟く。
他の多くも気力だけで戦っていたのか、ロイドと同じ状態になっていた。
鏡がいなくなったという事実と、デミスの放った絶望の一言が、一同の気力の糸を切れさせたのだ。再び、身体に力を籠めるのは困難を極め、次々に冒険者たちは敵の手に落ちていく。
だが――、
「なら……できるようになるまで休んでいてください! 私のように!」
身動きが取れず、敵に傷をつけられた傍から、冒険者の傷はみるみるうちに癒えていった。殺されたと思っていた冒険者たちも、痛みで目が覚めたのか、傷が癒えると次々に後退していく。
「デミスは……まだこちらに来る気配はありません! なら……まだチャンスはあるはずです。鏡さんがいなくても……まだ戦えるはずです! あの人は、あの人は必ずまた戻ってきます! それを信じてください!」
そして、ラストリボルトの放つ魔力弾に合わせて、殲滅広域魔法を放ちながら、まる一日の間休んでいたクルルが戦線へと復帰した。ラストリボルトとクルルの二人の力が合わさり、押されて絶望的だった前線に余裕が生まれ始める。
「クルルさんの言う通り……まだ終わってない! 戦えないなら……戦えるようになるまで待てばいい! 待っている時間がないなら……それはボクたちが作る!」
ラストリボルトとクルルに感化され、アリスを筆頭に、魔法での戦闘が主体のため、後方支援を行っていた魔族たちが前線へと躍り出る。既に魔力は尽き欠け、身を消滅させる一歩手前であったが、時間を稼げるのであればと、全員が死ぬつもりで。
「魔王様……!」
「付き合うさ、まだ……やるというのであれば、無駄とわかっていても付き合う。それが父親というものだからな」
同じく、魔力が尽きかけだったエステラーと魔王も、それに加わった。
『そうだ……諦めるな。見ろ! デミスは弱っている……あともう一歩のところまできているんだ! 信じろ……俺たちが勝利する未来を信じて、駄目でも行動するんだ!』
ただ見ていることしかできないセイジだったが、それでも指揮官としてまだやれることはあるはずだと、管制室から一同へと向けて激励を飛ばす。待っているだけでは奇跡は起こせない、動き、そしてあがくことで起こせるものであると知っているから。
「ウルガ……とっとと休んで来い、ウチはまだ動けるキ」
「…………ダガ」
「いいから行け、それがお前ノ今ヤレルこと」
主力は後にとっておくべきだと、ペスも先に死ぬつもりでウルガをエデンへと蹴りとばした。
そんな一同の行動を視界に、ロイドは残念に感じてしまう。それでも、届かないからだ。
ラストリボルトがいくら性能をあげようと、クルルが前線に復帰しようと、押し返したのは一瞬だけ。既に体力の尽きた一同に、仲間が再び回復するまでの時間を稼ぐことは無理に等しかった。
デミスがいないとしても、それだけの圧倒的な戦力差があったからだ。
とはいえ、ロイドも諦めたわけではなく、たとえ駄目だとわかっていたとしても行動を起こそうと、動かない身体に鞭をうち、エデンへと戻ろうとする。その時――
『おいおい……鏡抜きでも立派に戦ってみせるんじゃなかったのか?』
絶望の暗雲に飲まれた一同に、奇跡的な希望の光が差し込んだ。
『この声は…………ライアンか? 一体どこから⁉』
唐突に聞こえた通信に、管制室で待機していたセイジも困惑する。
『アースだ、アース、アースを見てみろ』
ライアンの指示を受け、エデンの地上に残っていた一同は慌てて駆け出してエデンの端側へと移動する。そして、すぐさまエデンの背後に位置していたアースを確認すると、信じられない光景を前に驚愕の表情を浮かべ、言葉を失った。
『戦力が足りてないなら、足せばいい』
数十の数に及ぶ巨大な宇宙船の船団が、こちらへと向かって接近していたからだ。
そこには、地上に残してきた100体におよぶラストスタンドまでもが共に行動している。
『さあ行くぜ! お前たちの覚悟は受け取った……この俺が最後まで見届けてやる!』
そして、ライアンが戦意向上のための激励を行った瞬間、宇宙船の中から次々に、時代遅れなファンタジー色の強い服と鎧を着用した、アースクリア出身者の冒険者たちが飛び出した。
『人類を……いや、俺たちの仲間たちを! 俺たちが本当に居るべき世界を守れ!』
宇宙船から飛び出した人数は、セイジの想像を超えていた。
何故なら、その数が既に、エデンに最初に乗っていた全ての戦力の数を超えていたからだ。
『理不尽を覆して……千年の間失っていた、本当の平和を取り戻してみせろ!』
何が起きているのか、エデンにいた者たちは誰も理解できなかった。
船団は、アースを覆っていたバリアを突破し、纏わりついていた変異体やデミス細胞を蹴散らして、こちらへと向かってきてくれている。
エデンに残った僅かな戦力を救いにこちらへと向かって来てくれている。
そんな船団の先頭を移動する宇宙船の甲板に、ヘキサルドリア王国の冒険者であれば、多くが見知った女性が、王族であることを示す鎧を身に纏い、マントをたなびかせながら立っていた。
「ふふふ……あはははははは! 結局、私も来てしまった。これでは私も……父上と同じ穴の貉、王位を放棄して好き勝手やってしまう愚か者というわけだ」
「『姉さま⁉』」
その姿と声にそれがニニアンであることに気付き、ラストスタンドに搭乗して敵と対峙していたフラウだけではなく、クルルまでもが叫び声をあげた。
そこにいたのは紛れもなく、編みこまれたおさげをハーフアップにした金髪の美女で、貴族としての気品さを放つ、ヘキサルドリア王国の第一王女、ニニアン・ヘキサルドリアだったからだ。
「だが、お前たちがいけないのだぞ? 王位を継ぐよりも大事で、面白そうなことを私抜きでやっているお前たちが悪いのだ。まったく……父上も、フラウもクルルも人が悪い。デビッドとミリタリアまでも楽しそうに戦いよって」
ずっと混ざりたくてうずうずしていたのか、ニニアンは胸に手を当てて狂気じみた笑みを浮かべる。
『来てしまいましたか……さすが我が王のご息女。血は争えませんね』
『ふむ……だがどうやってここに?』
ニニアンの性格をよく知っている二人は、特に驚いた様子もなく感想を漏らす。とはいえ、ここに来たことに驚きはなかったが、それでも疑問はあった。
『どうやってあれだけの人数を⁉ あれから数日が経っているとはいえ用意できる数じゃない!』
その疑問を、セイジは言葉にする。たとえアースへと出ることを希望したところで、アースへと身体を適応させる調整を施すのには時間がかかる。
故に、ありえるはずがなかったのだ。これだけの人数がこの場に現れるなど。
それができるのであれば、この戦いが始まる前に用意しているからだ。
『お前たちのおかげさ、俺もハッキリ言って予想外だったよ』
『……⁉ どういうことだ!』
ニニアンと同じ先頭の宇宙船に搭乗しているライアンは、どこか感慨深く、だがどこか呆れた様子で嬉しそうに笑みを浮かべた。
『全員思い知ったんだ。お前たちの執念深さを、世界を諦めたくないっていう意地の悪さを』
この数日間、アースクリアの時間にして十数日間のこと。アースクリアに居る者たちは全員見ていたのだ。異種族が、アリスたち魔族が、レックスたちアースクリア出身の冒険者たちが、そして鏡が、真の平和を取り戻すために命懸けで戦っていた姿を。
明らかに不利で、劣勢で、絶望的な状況なのに、それでも一切引くことなく戦い続けた勇敢な英雄たちの姿を。
最初は、その戦いから逃げるために目を逸らしていた者たちも、気付けば空を見上げてその戦いを見届けるようになっていた。
たったの少人数で、自分たちの何千倍はいるだろう戦力と戦い続ける一同を見て思ったのだ。
『自分たちは……何をやっているんだ?』と。
『どうしてそこに加わっていないのだ?』と。
『勝利を望んでいるくせに、平和を求めているはずなのに、なんでこんなところで指を咥えて見ているのだ』と。
そして、アースクリアにいる者たちは慌てて飛び出したのだ。今も尚、自分たちのために、世界のために戦う者たちの下へと行くために。
とはいえ、セイジの言葉通り、どうあがいても肉体の調整が間に合わない。
だからライアンは、アースクリアにいる住民全てに問いかけたのだ。命を賭ける覚悟を。
『……こいつらは全員、時間の感覚を戻すだけで、肉体の調整を施していない』
その事実に、セイジは「馬鹿な……」と信じられない顔つきを見せた。
身体の調整を行っていない場合、肉体は異なる時間の感覚に拒絶反応を起こし、激痛が伴う。その果てに肉体は耐えきれずに朽ち果て、死滅してしまう。
そんな状態でまともに戦えるわけがなく、また、戦おうと思えるわけがなかったからだ。
次回更新は11/2予定です