変化し続ける存在-4
「そうだ、諦めるな……絶対に、最後の最後まで! 僕たちが生まれた理由、僕たちが積み上げてきたものを無駄だったなんて言わせるわけにはいかないんだ!」
そんな中、レックスは叫ぶ。
ここにいる残された者たち全員が、アースとアースクリアで生きている者たち全ての命、そしてこの世界を救うために犠牲になった者たちの全てを背負っている。ここで何も得られずに終われば、それは、無駄だったと言わざるを得ない。
そんなのレックスには、認められなかった。
メノウが命懸けで繋げた今も、鏡がその身を挺して繋げてくれた今も、全てが無駄になる。
それだけは許せなかった。今の自分へと導いてくれた男たちの想いは無駄にはできないから。
無駄だったなんて、言わせたくないから。
いつも、追い続けていた男がやってきたように、限界の、限界の限界の限界を超えて、レックスは戦い続けた。一人、また一人と背負うべき命が増えていく中、ただひたすらに、前へと。
穴を掘り始めてから三時間が経とうとしている今でも、その気迫は変わらない。
「もう…………限界、で……す」
「クーちゃん!」
しかし、全員がレックスと同じようにとはいかない。レックスが限界を超えて戦い続けられるのは、その男を常に目標として、常に追いかけ続けてきたからだ。
「ぎゃぁぁああああああああああああ! やめろ! やめてく……ぁめ………………ぁ」
それまで、輪の形を保って背中に合わせに戦っていたが、遂に陣形が崩れ、変異体、そしてモンスターが一斉に雪崩れ込み、前後問わずに襲い掛かられる。
一部の者は唐突に背後から襲い掛かってきたモンスターに反応できず、瞬く間に複数のモンスターによって食い散らかされた。また、変異体に二度と起き上がってこないよう、徹底的にずたずたの肉塊へと変えられてしまう。
「ぅぐ⁉」
「バルムンク様!」
最初にやられたのは、バルムンクだった。混戦状態となり、敵の対処に追われたデビッドのサポートが間に合わず、バルムンクの腹部は背後と正面から同時に接近した変異体の鋭い突きによって貫かれる。
前と後ろを同時に攻められたため、スキルによってダメージを受け流すことも叶わず、バルムンクは血反吐を地面にぶちまけ、腹部から血を噴き出させた。
そして、膝を崩した瞬間にモンスターと変異体によって一斉に囲まれてしまい、既に息絶えた冒険者たちと同じように、殴り、噛みつかれ、ずたずたになるまで襲われ続ける。
「ぁ……ぐぁ、が?」
「クーちゃん⁉」
また、ほぼ変わらないタイミングでクルルも狙われていた。
遂に魔力も底を尽き、身体の限界を感じて膝を崩した一瞬のこと、バルムンクと同じく厄介な敵であると認識されていたのか、輪の陣形が崩れると真っ先にクルルの背後へと接近し、変異体は身動きがとれないようにガッシリと身体を掴み取った。
助けようとパルナが魔法を放とうとしたが、変異体はクルルを盾にして身を防いだのだ。
そして、手が出せず、一瞬の戸惑いをパルナが見せた直後、クルルは接近してきたモンスターに正面から飛びつかれ、首筋から肩の部分をモンスターの鋭く大きな牙で噛み千切られた。
「ぁぁぁああああああああああああああああああ!」
噛みちぎられた部分から大量の血が噴き出し、何が起きたのかもわからず目から生気を失わせていくクルルの姿を視界に、パルナはプツンと理性の糸を切らす。
そして魔法ではなく、直接クルルに覆いかぶさったモンスターを拳で殴り飛ばすと、そのまま爆破魔法を連続で放って跡形もなく消し飛ばした。
「……消えろ、消えろ消えろ消えろ!」
クルルの動きを封じていた背後の変異体も、ゼロ距離から氷の刃を生成する魔法を頭部に撃ち放って吹き飛ばし、既に息絶えているにも関わらず念入りに何度も爆破魔法を放った。
「クーちゃん! 待ってて…………今すぐ回復魔法を!」
どんどん瞳から生気を失わせていくクルルを前に、パルナは残る魔力を全て注いで回復魔法をクルルのために使う。だが、そんなパルナの手をクルルは握りしめると、首を左右に振って今すぐやめるようにとジェスチャーで伝えた。
「…………私じゃなく、他の誰かのために」
たとえ、ここで命を繋いだところで、何の役にも立たない大賢者が復帰するだけ。
それならば、パルナの魔力を温存して、少しでも未だデミスの核へと向かって進み続けるレックスたちのために使って欲しいと、パルナに微笑みかけたのだ。
「……世界を、おねがい…………します」
「クーちゃん? ちょっとクーちゃん⁉」
パルナが必死に声をかけるが、意識が朦朧としているせいで届かず、クルルは生気の感じられない瞳で虚を見つめた。
そして、いつもとは違う少し子供っぽい声色で残念そうに「……あーあ」と呟くと、心底悔しく感じているのか、目に涙を溜め始めた。
「鏡さんと………………一緒に、暮らしたかったなぁ…………」
「クー…………ちゃん?」
目に溜まった涙が頬を伝う。周りに気を遣わせまいというクルルの優しさか、そのまま眼を閉じて、笑顔を浮かべると、クルルはピクリとも動かなくなった。
「クーちゃん! ねぇ! しっかりして!」
パルナの腕で眠る女性はあまりにも綺麗だった。あまりにも綺麗で、まるで命のない絵画を見ているかのようで、パルナは言葉を失ってクルルの顔を見つめ続ける。同じく頬に涙を垂らしながら。
「……いけませんパルナ様!」
そんなパルナを狙おうと接近してきた変異体を、デビッドが素早く介入して蹴り飛ばし、ナイフを二本頭部に投げつけて絶命させる。
「クルル様は……もう、助けられません。残った僅かの魔力は……ご自身が生き残るためにお使いください! それが……クルル様の最後の願いです!」
クルルはまだ生きていた。
目を閉じ、ピクリとも動かなくなってしまったが、パルナの回復魔法が効いているのかギリギリのところでなんとか持ち堪え、息をしていた。僅かながら、胸に手を当てると心臓の鼓動も伝わってくる。
だがそれは、パルナが回復魔法を使っているからだった。
そして、回復魔法を使い続けていられるほど、余裕のある状況でもない。刻一刻と戦力が減っている中、パルナの力は惜しく、また敵も、回復を待つほど生易しい相手ではなかった。
ここで回復の手を止めなければ、パルナも死ぬ。だが、回復の手を止めれば、クルルが死ぬ。
だからパルナは――
「なら、私も一緒に死ぬわ」
吹っ切れたような笑顔を浮かべて、両者を選んだ。
いつも口癖のように「諦めない」と言っていた男の言葉が、脳裏によぎったから。ここで諦めて見捨てたら、自分は自分のままでいられないと感じたから。
なにより、かつてその男が自分の仕掛けた罠によって死にかけた時、その身を犠牲にしてでも回復魔法をかけ続けた少女が、人としての大切なことを教えてくれたから。
「もしここで、やめちゃったら…………それこそ無駄になるもの」
その覚悟を見届けると、デビッドもそれ以上は何も言わず「お供致します」と告げた。
そして、死へのカウントダウンが始まる。
「…………ぅ、あ」
次々に倒れていく仲間たちを視界に、パルナの表情は穏やかだった。
やれるだけのことはやったはずだったから。
あとは穴を掘り続けている四人だけになってしまうかもしれないが、四人だけならばレックスとロイドが人数分一度に通れるように穴を押し広げる必要もなくなり、余裕ができる。
そう、ここで足手纏いが死ぬことで、可能性はまた見出されるのだ。
「ごめんねアリス……約束、守れそうにないわ」
それだけが心残りなのか、今にも泣き崩れてしまいそうな顔でパルナは瞼を閉じた。
だが――――
「お前が一番、アリスの約束を守らなきゃ駄目じゃねえか、それが俺とお前との約束だろ?」
聞こえるはずのない、ここにはいないはずの男の声が響き渡った。
次回更新は9/16予定です




