変化し続ける存在-3
「來栖さん! お願い致します!」
しかし、穴が深く掘られるほど範囲が広がり、ロイドとレックスだけでは穴を一定の大きさに維持することは困難になる。それを、來栖がスキルイーターの技術によって得た、朧丸と同じ足場を固定させる力を応用して、塞がらないように透明な壁を作って抑えつけた。
「がぁ……ぐぁ!」
一度に大量の壁を生成したことで、かなりの負担が発生したのか、來栖は喉に餅を詰まらせたように苦しそうな顔で、血管を浮き上がらせた。さらに、その壁が壊れてしまわないように維持するのも相当きついようで、來栖は目を血走らせる。
「來栖さん……大丈夫ですか⁉」
「とんでもないねスキルの力は、でも心配は無用だよ……なるようにしか、ならないんだから」
相当痩せ我慢をしているのか、少しの間見守っていたフローネも不安な顔を浮かべる。
だが、言葉通り心配している場合ではなく、肉の壁が削られたことでデミスより危険信号が送られたのか、大量のモンスターと変異体が一気に押し寄せた。
「やはり……呪術では抑えきれませんか」
フローネが予めセッティングしていた呪術が次々に発動し、モンスターと変異体たちの多くを巻き込んで駆除していくが、数の暴力によって突破されてしまう。
せき止められた時間はほんの数十秒間だけで、その短い時間の間に呪術による魔法陣は籠められた魔力を全て消費してしまい、効力を失って消失した。
「すみません、呪術での喰いとめはもう期待しないでください!」
「充分喰いとめてくれたわ! 後は任せて!」
呪術がなくなるや否や、フローネは切り替えて魔法による炎の槍を生成し、向かってくる敵へと間髪入れずに放ち続ける。フローネと同時に他の魔法職の冒険者たちも魔法を放った成果か、敵が怯んで一瞬だけ動きを止めた。
その瞬間を狙って、パルナは嫌そうな顔を浮かべながら肉で出来た地面へと手を触れる。
「自分の力で……死になさい!」
すると、動きを止めた敵の足元から、強烈な勢いの炎の柱が噴出し始めた。
その炎によって動きを止めていた敵は息絶え、背後から押し寄せてきた一部のモンスターも炎の熱に耐えきれず力尽きる。突破してきた一部のモンスターと変異体たちもいたが、それらは待機していた戦士の斬撃と、狩人の弓矢によって打ち抜かれ、接近することなく息絶えて肉の壁に吸収されていった。
パルナが行ったのは、デミスが魔法使ってきたことから、この肉の壁にも魔力があるという考えのもと、他者を媒体に魔法を強制的に発動させるスキル『魔女の手』を発動して、デミスの魔力を利用して放出された魔法だった。しかし――
「ああ……もう! 気付くの早すぎ! どんだけ魔力回路のコントロールがうまいのよ!」
それも長くは続かない。ここに来てから何度か同じ手を使っているが、発動できるのは最初の数秒だけだった。魔力を利用されていることに気付くと、デミスがその肉の壁の位置に魔力が流れないようにコントロールするからだ。
「あとは俺たちに任せろ!」
バルムンクの叫び声と共に、両手に持った大剣が振り払われる。殴りつけたような鈍い音を鳴らしながら、豪快にモンスターの胴体を切断すると、すぐさま武器を切り替えて弓矢を持ち、飛んで接近していた変異体の頭部を撃ち抜いた。
接近戦と遠距離戦、臨機応変に切り替えながらバルムンクは戦鬼が如く戦い続ける。
とはいえ、バルムンクの弱点は既に敵に知られている。油断すれば縦横無尽に迫りくる敵に隙をつかれて殺されてしまうだろう。
故に、そのバルムンクをデビッドがサポートした。バルムンクの死角から接近する敵をデビッドが投げナイフで怯ませ、追ってバルムンクが確実に仕留めていく。
「っつぅ~…………死ぬかと思った。ありがとクーちゃん! 助かったわ!」
そこで、ほっと安堵した様子でパルナはクルルへと親指を立てる。
接近を許してしまったパルナの肩に、犬のような見た目をしたモンスターの牙が強く刺さったからだ。突然のことに一瞬怯んでしまうが、傍にいたクルルが両手杖で殴り飛ばし、すかさず回復魔法で治癒を行ったおかげで事なきを得る。
クルルは攻撃に回るのではなくサポートに徹していた。近接戦闘を行う者たちの身体能力を強化し、更には持続的な回復魔法を展開していく。遠距離職の者に敵が近付く前にすぐさま攻撃魔法で撃退し、また近付いても自身の手で仕留め、とにかく現状維持に努めた。
この戦いの目的は倒すことではなく、辿り着くことだったからだ。
「一体…………いつまで掘り続ければいいんだ⁉」
身体の制限を解除して、ロイドの動きに合わせながら剣を振るうレックスが叫ぶ。
「辿り着くまで……としか言いようがありませんね」
ロイドもかなり消費しているのか、苦しそうに剣を振るいながら答える。
「このままでは……身が持たんぞ!」
終わりの見えない作業と、次々に迫りくる敵を前に、レックスの心には焦りが生まれ始めていた。レックスの身体能力の制限を解除する力は、かつての鏡のスキル『制限解除』と同じく、消費が激しく、このままでは確実に途中で力尽きて手を止めてしまうからだ。
「違う通路に繋がったわ! 皆……早く!」
そう考えた矢先、タカコからの叫びにレックスだけではなく全員が表情を明るくさせる。
穴が塞がってしまう前にタカコは素早く開通した穴の中へと飛び込むと、すぐさま再生を始めた肉の壁をロイドとレックスがすかさず閉じてしまわないように切り崩して穴を広げる。
そして、すぐさまタカコを追って戦っていた全員が穴の中へと次々に飛び込んだ。
「っつ…………上の穴は塞ぐよ」
飛び降りたあと、來栖はスキルの効果を解除し、敵が追ってこないようにと頭上の穴を塞ぐ。
「ここは……?」
すぐさまフローネが周囲を確認し、辿り着いた場所を見渡す。
そこは、さっきいた場所となんら変わりのない、デミスの体内の一画だった。さっきよりも、デミスの核に少し近いというだけで、何も変わりのない場所。
「どれだけ……近付いたのでしょうか?」
現在地を確かめるため、疲弊で顔を俯かせる來栖にロイドが問いかける。
「近付きはしたけど……微々たるものだね」
見せてくれた旧文明の機械は、少しだけデミスの核に近付いたことを告げていた。走って移動するよりも、確実に近付ける分、速く、そして効率的であるとはいえただろう。しかし――
「……耐えられない」
たった一回で、既に全員が疲れ切った様子だった。なのに、あと何回も繰り返さなければ、デミスの核にはたどり着けない。
かといってここから普通に走って移動したところで、余力の残っていない今、乗り越えられるわけもなく、一同の心に絶望による不安が襲い始めた。
さらには最悪なことに、先程まで上の通路で戦っていた変異体やモンスターたちが追いかけてきたのか、肉の壁からずぶずぶと少しずつすり抜けるように、一斉に大量の敵が出現する。
最早、これまでかと思った瞬間――
「耐えられないじゃなく……やるんだよ」
この中で、最も弱く、最も疲弊しているはずの來栖がぼそっと呟いた。
その言葉を聞いた瞬間、レックスは再び真・剛天地白雷砲を真下の肉の壁へと叩き込み、タカコがそれに順じて拳で殴りつける。すると一同はハッとした顔を見せてすぐさま戦闘態勢になり、ロイドたちが再度穴を開通するまでの時間を稼ぐために戦い始めた。
そう、一同に「もう無理か」などと諦めている余裕なんてなかった。
もう後には引けない、ならば突き進むしかないのだ。
死ぬ、その最後の瞬間まで。
「ぐ……うぁ、がぁ! ぁぁぁぁああああああ!」
來栖も、頭がかち割れそうな痛みに耐えて、再びスキル発動する。そんな來栖を前にして、何もしないという選択をとれる者はこの場にはおらず、命を燃やして全員が戦い続けた。
そして一人、また一人と死んでいく。
次回更新は9/12予定です