第三十五章 変化し続ける存在
「本当にこっちで合っているのか? いっこうに着く気配がしないぞ」
肩で呼吸をしながら、目の前に迫ったアースクリアでさえ見たことのない異形のモンスターを斬り伏せて、バルムンクが來栖へと問いかける。
「あってるかどうかの確信はないよ。僕もここに来るのは初めてなんだ、選んだ道の先が正解とは限らない…………手掛かりはこれしかないからね」
同じく肩で呼吸を繰り返しながら、來栖はバルムンクにリーシアに渡した指輪からの反応を拾う旧文明の機械を見せつけた。
機械は、現在地とリーシアに渡した指輪からの反応との距離と方角を光で示していた。仮に障害物のない一直線の道であればすぐに辿り着いたのであろうが、生憎デミスの体内はどの方角に道が続いているのかわからない迷路。分岐の度に可能性の高い道を選択して着実に近付いてはいたが、それでも今進んでいる道が正解である保証はなかった。
「とは言っても……限界が近いわよ、敵も休ませてくれる気はないみたいだし」
焦燥した顔つきで、新たに肉壁から這い出るように現れたモンスター、そして変異体にパルナは目を向ける。倒しても無限に現れる敵を相手にしていてもキリがなく、一同は、敵が現れる前に走ることで少しでもデミスの核到着までの戦闘回数を減らそうと、ここまでずっと走りっぱなしだった。
クルルによる身体能力強化の魔法もあったため、走ることに問題はなかったが、それでも長時間走りっぱなしだと身体に影響を及ぼす。何故なら一同は既に、三日間はデミスの体内を彷徨っていたからだ。
休む間をほとんど与えられず、ずっと戦いながら走り続ける状況はアースクリア出身者の強靭な肉体といえ耐えられるものではなく、一同の精神を徐々に、確実に蝕んでいた。
不幸なことに、この三日間でデミスの体内に突入した部隊の半数以上の戦力が、唐突に出現する敵を相手に命を落とした。
最初にやられたのは、火力はあっても狭い中では真価を発揮できないラストスタンドからだった。
元々、長時間移動し続けられる機体でもなく、エネルギーが尽きて動けなくなったところを『まるで狙っていたかのように』出現した敵によって破壊され、搭乗者も殺された。
次に狙われたのは、同行していた僧侶たちだった。
それを断たなければ重傷を負わせても回復されてしまうことを知っているように、僧侶たちは執拗に狙われ続け、さらには回復されることを恐れて息の根が止まるまで徹底的にぐちゃぐちゃにされた。
無論、助けようとはするが、混戦の中『エクゾチックフルバースト』を発動した敵を前に対抗できる者は少なく、ロイドとレックスが必死に助けようとするも間に合わず、結果的に、敵と戦いながら進むのではなく、敵から逃げながら戦うのが最もデミスの体内というダンジョンで生存率の高い戦法となったのだ。
「バルムンク様!」
その時、デビッドの叫び声が響き渡る。
再び走り始めた一同に、またもや変異体が肉壁から出現して襲いかかってきたからだ。
それも正面からではなく、バルムンクの左右の壁から挟み撃ちを行う形で。
「すまん、助かった…………間一髪だったようだ」
デビッドはすぐさまバルムンクが身につける鎧の首根っこを掴んで後退させた。その直後、変異体はバルムンクがいた位置に拳を打ち付け合って周囲に衝撃音を鳴り響かせ、確実に仕留めたと感じていたのか、一瞬戸惑いが見えた二体の変異体を、ロイドが目にも止まらぬ剣捌きで仕留めた。
「学習する敵というのは厄介だな。まさか俺のスキルがもう使い物にならなくなるとは、足手纏いになってすまない……危うく死ぬところだった。奴らは簡単に倒せるが、簡単に殺してくる力を持っているからな」
「滅相もございません。たとえスキルがなくとも、あなた様が勇気を出して前に出てくれるおかげでこちらの被害は最小限に抑えられています」
「最小限か……随分と被害の大きな最小限だな」
ラストスタンドを全て失い、突入した時にいた半分の人数が減った部隊を見てバルムンクは暗い表情を浮かべた。
「少数精鋭で突入するという僕の考えは間違っていなかったね。人数が多ければ多いほどお互いをカバーできなくなって命を落とす。もっと大人数で来ていたら、きっと何もできないまま多くが無駄死にしていたと思うよ」
仮に今よりも大人数で突入した場合の悲惨な光景を想像して、來栖も表情を暗くする。
「実際、人数が減ったことでレックス君とロイド君の手が届きやすくなったからか、人数が減るごとに死者が出る間隔は延びている……その分、敵を処理する速度も遅くなったから、こうやって走って逃げることが主体になりつつあるけどね」
とはいえ、持ち込んだ食料も水も尽きかけていた。摂取するにも走りながらでないとできないうえに、ろくな休憩を挟むこともできない。そんな状況で、あとどれくらいの時間耐えられるか來栖は計算し、希望的ではない結果に頭を抱えてめげそうになる。
「せめて……私の力で死体を操り、休憩する時間を作れればよかったのですが」
「それも想定外だったね」
変異体を倒したあと、死体を操つることで戦力にしようとしていたフローネだったが、その目論見は叶わなかった。倒された変異体の身体は、まるで吸収するかのようにデミスの肉壁の中へと吸い込まれて消えてしまうからだ。たとえ運よく操れたとしても、関係なしにデミスに取り込まれてしまう。
それもそのはずで、ここはデミスの体内。デミス細胞に包まれている状態と言っても過言ではない空間である。完全に同化を果たし、遺伝子の相性も完璧に合わさった変異体を一瞬で吸収することなど造作もないのである。
そんな変異体たちを見て、仮に、自分の身体を改造せずにここへと訪れていたらと想像し、來栖が肝を冷やしたのはまだ記憶に新しい。
「でも……キリがないわね」
さすがのタカコも、かなり疲弊しているのか活力の見えない辛そうな顔で呟く。
「正直なところ……もうかなり限界が近付いてきています。魔力を温存してきましたが、あともって二日くらいでしょうか……手持ちの魔力補充の小瓶も尽きていますし」
クルルも稀に立ち止まっては肩で呼吸するのを繰り返しながら、何とかここまで走り続けていた。だがそれも、もう限界に近い。
そんな一同を見て、來栖は疑問に思うことがあった。
リーシアはどうやってデミスの核に辿り着いたのか? と。
自分たちですら困難で、未だゴールの見えない道筋を走り続けている。
仮に、今よりも敵が弱かったとしても、あまりの道のりの長さに辿り着けるとはとても思えなかったのだ。
何かが違う。
リーシアの時と、自分たちの時では決定的な何かが。見落としている何かがある。
その何かに、來栖は言いようのない恐怖を感じていた。
次回更新は9/4予定です