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LV999の村人  作者: 星月子猫
最終部
402/441

決して越えられない壁-13

「そういえば鏡さんって、今思えばシリアスな空気を嫌っていましたよね。よっぽど私たちが深刻な表情で迫らない限りはすぐ茶化そうとしてましたし」


「それが無駄だって、わかっていたからだと思います。あの人は……必要な話し合いではいつも真剣に、その真剣さが必要でなければいつも気を落ち着かせて会話に挑んでいました」


「鏡さんが聞いていたら漏れなく照れ隠しにふざけた言葉を返しそうなベタ褒めですね」


「恥ずかしがって隠していても仕方がありませんから」


 懐かしむような顔でティナとクルルは語る。


 今思えば、それはきっとそうすることで全員の気を落ち着かせて話を聞く環境コントロールしていたのだろうと解釈できた。恐らくは、本人にその自覚はないのに。


「それに……聞いてもらえるチャンスがずっとあるわけじゃありませんから」


 むしろ、もっと早くに気付いて、どんどん言葉にしてあげるべきだったとクルルは少しだけ残念そうな表情を浮かべる。


 隣でただ、見つめて焦がれるだけでは何も伝わらないし、今のように突然いなくなってしまうことに気付いたからだ。


「クルルさん……ボクね」


 その表情を見て、言いようのない胸を絞めつけるような感覚がアリスを襲った。


 耐えきれず、手をぎゅっと握りしめて、大きく息を吸い、唇を咥えて渇きを潤す。


「負けないから、絶対に……譲らないからね」


 そして放たれた唐突の宣言に、ティナとレックスとパルナが呆け面を見せる。


 一体なんの話をしているのか全くわからなかったからだ。


「ボクね、全部終わったら……平和な世界でまた言うつもり」


「それくらいの覚悟でないと張り合いがありません。でも……私も譲る気はありませんよ」


 だが、クルルにはよく伝わったようで、真剣な顔つきでアリスを見つめた。


「鏡さんは……私に本当の世界を、その世界での正しい過ごしかたを教えてくれました。それだけじゃない、再び鳥かごに戻されそうになった私を、命懸けで救ってくれた……」


 過去に、自分の父親によって小さな世界に閉じ込められていたこと、決して忘れることのない殺意と敵意の暗闇に包まれた自分に、手を差し伸ばしてくれた男の顔を思い浮かべながら、クルルは胸に手を当ててその時抱いた気持ちを噛みしめる。


「私にとっても大切な人です。絶対に負けません」


 そして、アリスの気持ちに決して負けないことを確認すると、はっきりと言い返した。


 その返答に満足したのか、アリスは「負けないよ」と笑みを浮かべる。


「まあ、負けそうになったら、あなたを力づくで倒して奪い取りますが」


「ずる! そういうとこクルルさんってフラウさんと似てるよね」


「やれやれ……もういない男の話で色恋沙汰とはな」


 この場にいない、もしかしたら死んでいるかもしれない男との会話で盛り上がる二人を見て、魔王が悟ったように笑みを浮かべる。


「そういうあなたも、そうやって話す私たちを不思議に思っていなさそうだけど?」


 するとすぐにタカコが表情と台詞が一致してないことに気付き、その表情を浮かべてくれていることに鏡への信頼を感じて、タカコも微笑をこぼした。


「生きているとは断言しないが……信じられないんだ、認めたくないというのとは別の意味で」


「そうね、あの鏡ちゃんだもの……またひょっこり戻ってくる。そんな感じがするわ」


 レックスも、その表情を浮かべる意味がなんとなくわかるのか頷いて賛同する。


 まだ戦いは続いているのに、あの男が、こんな中途半端なところで終わるわけがない、こんなところで終わるくらいなら、そもそもレベル999なんて境地に辿り着いていない。


 レベル999とは、こんな簡単に終わってしまうような不運の持ち主なのか? と。


「どちらにしろ、私たちがやるべきことに変わりはありません。鏡さんに頼るんじゃなく、自分たちの力だけでこの戦いを乗り越えてみせます……それが、最後に交わした約束ですから」


 三日前とは別人のような決意に満ち溢れた眼差しで、ティナはハッキリと告げる。


 鏡に頼るのではなく、鏡を中心に動くのではなく、自分たち一人一人が鏡と同じ志でここにいる、そこに強さなんて関係なくて、やるべきことは何も変わらないのだと理解したから。


「……そうか」


 そんな一同の言葉を聞いて、そう思えるからこそ、はたから見ても合理的な考えで行動する來栖も切り捨てず、生きているという低い可能性にかけたのだろうと魔王は納得して頷く。


「それならば、そろそろ休むといい。あの村人抜きで乗り越えるのだろう? ならば、それ相応に体力が必要なはずだ」


 だが、それでも可能性は可能性にしかすぎず、変な期待はさせまいと魔王は何も言わず、この場から去ろうと席から立ちあがる。


「そうだな……話していたら僕も眠たくなってきた」


「スキル『淑女の施し』のコントロールはできるようにはなりましたけど……私もくたくたです。興奮して眠れませんでしたが、今なら気持ちよく眠れそうです」


 いつの間にか睡魔が襲ってきたのか、レックスも壁から背を離し、ティナも眠たそうに小さな欠伸をしながら席から立ちあがった。


「明日は……大変な一日になりそうね」


 想像するだけで気疲れしたのか、パルナは豊満な胸をテーブルに押し付けてぐったりとする。


 そんなパルナを、レックスが「しゃきっとしろ」と肩を掴んで起こし上げた。


「あの……みんな!」


 一様に部屋から戻ろうとする一同を見て、その前にとアリスが声を出して呼び止める。


「……また、こうやって集まろう!」


 そして放たれたその一言を聞いて、全員何も言い返さず黙って微笑みながら頷くと、そのまま自分たちの部屋へと戻っていった。


 約束はできない、でもそうありたい。


 全員、同じ気持ちだったからこそ誰も言葉を発さず、アリスもそれを理解できた。


「次は……メノウも呼んで、だから……!」


 それでも、いつか見た夢を実現させたい。そのためには誰一人欠けてならない。


 その難しさがわからないわけじゃないから、アリスも「約束だよ」とは言わず、希望だけで留めたのだ。もし、実現できなかった時、辛くなってしまうから。


「メノウ……か」


 そんなアリスの言葉を受けて、魔王はふと、自分たちとは別行動している男の名を口にした。


 思えば、來栖のその低い可能性に賭けていなくなってから既に三日の時が過ぎている。そろそろ戻って来ても良い頃なのに一切の音沙汰がないのは、任務途中で死んでしまったからか、はたまた上手くことが進んでいるからなのか。


 もしも後者であれば、アリスが口にした、揃っていなければならない全員の力おかげで、奇跡が起きるかもしれない。そんな未来を想像して、結末が楽しみになったのか「さて、どうなるか」と言葉にしながら、魔王は寝室へと戻っていった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 翌日、まだ太陽が昇ってから間もない時間に、決戦の時は訪れる。


 空に浮遊するエデンの大陸、施設内部と広大なエデンの大陸の地上に総勢約31400人とラストスタンド510機が揃い踏み、圧巻の光景が広がっていた。


 そこにいるのは、過去の人類が持つことのなかった最強の戦力。精鋭中の精鋭。


 経った一日でそれだけの戦力を結集できたのも、千年の時をかけて、來栖、セイジ、ライアンの三人があらかじめ準備を進めていたおかげに他ならない。


 無論、そこに集った一人一人が、無駄のない行動を成せる優秀な人材であったのも要因の一つだろう。そこにロイドやフローネ、デビッドのような采配に長けた人物がいたおかげでもある。


 エデンの周囲には、デミスの細胞と変異体たちが今も尚迫りきていたが、攻撃を仕掛けられる前に、その精鋭たちによって次々に消し去られた。


 バリアを展開しているわけでもないのに、まるでそこにバリアがあるかのように変異体たちは近付くことすらできない。それだけの戦力差があったのだ。


『これが最後の戦いになる……全員、覚悟と準備はいいな?』


 その時、エデンの地上と施設内部で待機していた全ての者の耳に、セイジの声が響き渡った。


 まるで、脳に直接響き渡るような声に、エデンにいた一同だけではなく、エデンにはいない場所にいる者たちも唐突に聞こえた声に驚いた表情を浮かべる。


 セイジはセントラルタワーの通信室にて、エデンだけではなく、ノアやガーディアン、アースクリアに住まう全ての者に語り掛けていたのだ。


『事前に話していた通り、エデンに残っている者たちはこれより宇宙へと向かい、デミス討伐へと向かう! 空間管理装置は全員身につけているか?』


 ここに集う前に何度も確認を済ませていたエデンに居る一同だったが、セイジの声を聞いて再度確認を行う。確認を終えると、再びセイジの声に耳を傾けた。


 戦いが始まる前に、士気を向上させるその一言を待って。


『デミス討伐のため、地上に残る部隊は少数だ。だが、どうか耐えて欲しい。俺たちは必ず……デミスを倒して戻ってくる。その時こそ、俺たちは真の平和を、元の世界を取り戻せるんだ!』


「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」


 そのためにここへと来た、無謀だと、絶対に不可能だと諦めてじっと結果だけを待つこともできたのに。何故なら全員が、他人に任せて戦うことを望まない、様々な修羅場を潜り抜けてきた歴戦のアースクリア出身者たちだからだ。


『決して楽な戦いじゃない、むしろ勝率は低く……多くの戦死者が出るだろう。それを承知でこうして集まってくれたこと、感謝する』


 だからこそ、敬意を払わなければならない。


『俺から言えることは一つだ……負ければ全てを失う。だから、全てを失うその瞬間まで、希望を失わないでくれ』


 そうなるように仕向けた者として、その世界を作った者として。


「すごい盛り上がりね……あんた、平然としてるけど、耳痛くならないの」


「慣れていますので、それにこの盛り上がりは当然ですよ、人類の命運をかけた戦いですし、魔王討伐よりもずっと偉業になる戦いですからね」


 耳が壊れそうになる咆哮が周囲で響き渡る中、時同じくしてエデンの地上で待機していたパルナが耳を塞ぎながらげんなりとした顔でロイドに呟く。


 同意なのか、隣に立つアリスも苦笑いを浮かべていた。


 更にその隣で魔王が聞き捨てならないのか、無表情のまま耳をぴくぴくと動かす。


「そういえば、どうやって宇宙に向かうんだろうね?」


 その時ふいに、こうしてエデンへと集められたはいいが、どうやってデミスのいる場所へと行くのか疑問に感じ、アリスが首を傾げながらロイドに問いかけた。


「先程僕も気になって來栖さんに確認したのですが、気にしなくていいとのことでした」


 同じく気になっていたのか、ロイドも困惑して首を傾げる。


「てっきり……宇宙船に乗って移動するのだと思っていましたが」


 フローネも同じように気にしていたのか、周囲をきょろきょろと見回す。どこを見てもそれらしい物はなく、どうやってこれだけの人数と用意した物資を運び出すのかが気になったからだ。


『行くぞ、野郎ども!』


 しかしその疑問は、セイジの聞きなれない荒い掛け声と共に解決した。


 セイジの声に反応して、アースディフェンダーが展開しているバリアと同じ、薄く青い光を放つエネルギーがエデンの周囲を覆ったからだ。


 影響する範囲がエデンの周囲のみと狭い範囲だったが、強度はアースディフェンダーとそう変わらなく、エデンの周囲に迫っていた変異体たちが次々にそのバリアにせき止められる。


『これから始まるのは……戦争だ。ならば立ちはだかる敵は全て潰して……前へと突き進む!』


 変化はそれだけに留まらなかった。


 エデンの地下施設と共に空へと浮遊していただけと思っていた、エデンを覆っていた大地が次々に盛り上がり、そこから次々に旧文明の兵器と思われる砲口が顔を出したのだ。


 そして、エデン全体が激しい揺れに襲われる。エデンの大陸の真下に位置する部分から大量のガスが噴射され、揺れと共に、エデンが徐々に上へ、上へと進み始めたからだ。


『これが俺の……千年の結晶だ!』


 エデンの上昇は徐々に速度を増していく、エデンが上昇する軌道途中にいる変異体やデミス細胞は、出現した無数の砲台から撃ち放たれた数えきれない魔力弾の雨によって蹴散らされ、エデンはその勢いを止めることなく宇宙へと猛速度で向かっていく。


「「「「「…………えぇ~」」」」」


 エデンで待機していたほぼ全ての者が、エデンに起きた唐突な変化についていけず、口を閉じるのを忘れた状態で、人類最後の戦いの狼煙が上がることとなった。

次回更新は8/5です

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