バッドエンド-12
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鏡が見せた、奇跡とも呼べる最後の力を前に一同は言葉を失い。固まった。
デミスが紫色の光線が撃ち放った瞬間、デミスが撃ち放った紫色の光線は消え去り、同時に鏡の姿もなくなっていたからだ。それは、あまりにも一瞬の出来事だった。
「ねえセイジさん! 鏡さんは⁉ 鏡さんはどうなったの⁉」
そんな中、アリスだけがディスプレイに映るセイジに呼びかけ続けていた。目視ではないセイジには、映像を通して鏡がどうなったのかを知っているはずだったからだ。
『各員……アースディフェンダーのバリアが展開されたあと、内側に残った敵を一匹残らず排除しろ』
しかし、セイジは何も答えなかった。
「どうして……そんなやる気を失った声を出しているんですか?」
それが逆に不安を煽り、クルルは心配になって攻撃の手を止め、セイジに語りかける。
だが、それでもセイジは何も答えなかった。良くないことが起きたのがはっきりとわかるはぐらかし方に、アリスは声を荒らげて「答えろ!」と問いかける。
そんな、鏡が心配で取り乱すアリスに、傍に居たパルナは肩に手を置いて落ち着くように促すと、真剣な眼差しをディスプレイへと向けて「あいつは……やられたの?」と問いかけた。
『恐らくは……死んだ』
その言葉に、パルナは顔を暗くする。「死んだ?」とは聞かずに「やられたの?」と聞いたのは、そう思いたくなかったからだ。
『仮に生きていたとしても、あの威力だ。目に見えない速度ではるか遠くへと飛ばされたはずだ。戻ってくる可能性は……限りなく低い』
一部始終をはっきりと見ていたセイジには、鏡が生きていることに対する希望は抱けなかった。
それをハッキリと一同に伝えるため、セイジは自分が見ていた映像と同じものを一同のディスプレイに流し始める。その映像を見て、信じられないのかアリスは「そん……な」と口にすると、力なくその場にへたりこんだ。
鏡がいなくなったという事実は、一同の精神に大きなダメージを与えた。だが、もたらした恩恵もでかかった。デミスが再度魔力を集中させないところを見ると、デミスも今の一撃で大きく魔力をしたのが窺えた。つまり、次へと繋げるための時間を、鏡は命懸けで作ったのだ。
しかし、鏡がいない今、デミス討伐は絶望的といえた。それこそ、絶対に防ぎようがないと思えた攻撃を防いでしまったほど、鏡という男の強さは逸脱していたからだ。
「敵が……来ます!」
さらに、絶望はそれだけではなかった。アースディフェンダーが稼働するまでの時間、まだ敵は無数に迫りくる。そして今度は、鏡無しに守り切らなければならないのだ。
レックスも、タカコも既に体力を大きく消費しており、ディルベルトも既に戦う余力がなくエデンの内部へと退避している。アリスとクルルの二人はまだ余力を残していたが、それでも目の前の大群を乗り切れるとは思えなかった。
「……諦めるんですか?」
その時、ティナが一同にそう問いかけた。だが、誰も答えることなく押し黙る。誰も、諦めたいとは思っていなかったからだ。そして、誰も諦めようとしている自分を認めたくなかったのだ。
「もう……これで終わりなんですか? 鏡さん」
中途半端に希望を見せつけるだけで、結局何も果たせずに消えてしまった鏡を思いながら、敵で覆われた空を見上げて涙目になりながらティナは呟く。
「あなたがいなければ……どうやってあれを倒せって言うんですか? 諦めないって……その心を貫き通してようやくここまできたんじゃなかったんですか? その結末が……これ? 笑わせないでくださいよ!」
ティナは、喚き散らした。これから迎える絶望の責任を全て、鏡に押し付けるように。
「結局、誰も救えないんじゃないですか」
結局は口だけだった。呆れて乾いた笑みを漏らすと、ティナはその場にへたり込む。
「本当に……そう思ってるの?」
すると、アリスは涙目になりながら、少し怒った顔つきでティナに問いかけた。
「鏡さんが……誰も救っていない? ふざけないで! なら……どうしてボクたちはまだ生きてるの? どうしてティナさんはまだここにいるの?」
「そんなの……少し生き永らえただけじゃないですか」
「その少しを作ったのは……鏡さんが諦めなかったからだ!」
毒ばかり吐くティナに、アリスは涙を流しながら喚き散らした。
今にも殴りかかりそうな勢いのアリスを、慌ててパルナが抑えつける。そんな二人の様を、冷めた視線でティナは見つめ続けた。
「諦めなかったから……無駄に希望を抱いてしまったんでしょう? 何が諦めな――」
言葉にしかけて、ティナは途中で押し黙る。
それは逆に、諦めなかったからこそ希望を抱けたとも言えたからだ。
戦っている途中、ティナはもしかしたら何とかなるかもしれないという気持ちを抱いた。そう思えたのも、鏡が、仲間が、最後まで諦めなかったから。
鏡だけではなく、一人一人の力が合わさり、少しずつ未来が切り開かれたから、ティナは一瞬でも希望を抱けた。できるかもしれない。やってみる価値はあるのかもしれないと。
少なくとも、鏡はどうしようもないと思っていた未来を切り開いた。
たとえその先が塞がっていたとしても、それでも構わないと、目の前の未来を切り開いたのだ。
「私は……狡猾だ」
自分は諦めていたくせに、結果的にどうしようもなくなったら、懸命に未来を切り開こうとした者たちに責任を押し付けようとしている。
どうにかなるかもしれないと思ったら都合よく希望を抱いて、どうにもならないと思ったら「やっぱり」と口にして誰かを責めたてようとしている。
「……私は!」
そんな自分に嫌気がさして、ティナは勢いよく頭を地面へとぶつけた。
こんなにも頑張っている仲間の中にいながら、ろくに何もせずに蔑むことしかできない自分が情けなくて。
でも、どうしようもなかったのだ。怖かったから、どうなるかを簡単に予想できてしまったから、自分が想像できる最悪の結末を迎えたくなかったから。
「……臆病で卑怯者だから、これから起こるだろう嫌なことをすぐに想像できてしまう。その嫌な目にあうのが嫌だから、すぐに逃げてしまう!」
突然放たれたティナの不可解な言葉に、傍にいたアリスとパルナは目を丸くする。暴れていたアリスも、ティナのその言葉を耳にすると落ち着きを取り戻し、黙って耳を傾けた。
その姿はまるで、神に許しを乞うために懺悔しているかのようだった。
「逃げるためならどんなことだってする! 一番嫌なことから逃げられるなら、二番目に……嫌だって思っていたことだって全力でやる! 一番以上に、嫌なことなんてないはずだから……」
「だから……諦めていたの?」
アリスの問いかけに、ティナは何も反応しなかった。だが、額を打ち付けたままのティナの周囲の地面が、涙によって濡れていたのを見て、アリスはそれ以上追求せずに視線を逸らす。
「私は……私は……!」
鏡は諦めていなかったからこそ、その身でデミスの放った魔法を防いだ。
言葉通り、未来へと、残された自分たちに託して繋げたのだ。なのに、今、自分はその命懸けの想いすらも捨て去ろうとしている。
そこで思い出す。鏡の言葉を、この戦いが始まる前に、クラスチェンジすることも出来ず、中途半端だった自分にかけてくれた言葉を。
鏡は「諦めるな」とは言ってこなかった。それどころか、「諦めてもいいんだぜ?」と、真逆のことを言ってきた。誰も責任を追及なんかしたりしないと、優しく言葉をかけてくれた。
『辛いかもしれないけど……できるだけでいい。あとは……頼んだぞ』
最後に鏡が残した言葉も、きっと、自分に向けて言っていた。
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