バッドエンド-6
「だとしても何故このタイミングで……?」
「……俺のせいなのかもしれん」
「セイジ様の? どうしてです?」
その行為を悔いているのか、セイジは壁に拳を突きつけた。その言葉の意味がわからず、ミリタリアは首を傾げる。
「六大大陸に配備してあるアースディフェンダーの稼働だ……時間をかけて少しずつエネルギーの供給を行えばだけいいものを、まだお前たちを認めていない時に一気にエネルギー供給をしたせいで、その莫大なエネルギーの動きに反応して目覚めたとしか思えん」
「さすがにそれは……エネルギーの供給だけで目覚めるとは思えません」
「だが、それ以外に考えられないだろう? あとは演説を終えてアースクリアの者たちをこの世界に一気に目覚めさせたのがトリガーになったんだ」
迂闊だったとセイジは憤り、自分を責めるように唇を噛みしめた。原因はハッキリとはしなかったが、何はともあれ目覚めてしまったことには変わりなく、原因を追究している余裕もない。
すぐにそれを頭の中で理解すると、失敗を悔いるよりも次の行動だと、セイジは一度深呼吸して落ち着きを取り戻し、背後にあるエデンを管理しているコンピューターへと手をかける。
「とにかく、すぐに外にいるディルベルトと鏡に連絡を取って中に戻ってきてもらわねば!」
「外の様子をご存知ないので?」
「どういう意味だ?」
「ここに来る途中、外にいたタカコより報告を受けたのですが…………外は今、敵だらけです」
予想していないわけではなかったのか、シモンの報告にセイジは舌打ちをするだけで特に驚いた様子もなくコンピューターを操作し続ける。
「なら、先に來栖とライアンに連絡を取る! すまないがお前たちはこの部屋にデミス細胞がこないように守ってくれ!」
「お安い御用ですが……セイジ様、少し気になることが」
「どうした?」
「ここに来る途中にも何度かデミス細胞とは遭遇しましたが、この部屋に集中しているのは何故でしょうか? どうにも数が多いように感じます」
入口の狭さから、敵が入ってこられる数は限られており、シモンとミリタリア、それとクルルとアリスの力があればセイジを数分守るくらいはわけなかったが、どうにも敵の数が多く、シモンは困惑する。
どこか、狙ってここに攻め入ろうとしている節があり、思惑のようなものを感じ取られた。
「……考えたくない可能性だが」
その可能性を想像して、セイジは額に汗を浮かべる。
「デミス細胞……いや、デミスの知能指数が上がっている。それぞれの個体が意思疎通も可能なレベルで目的をもって行動しているとしか思えん」
「なるほど……つまり、奴らはこの部屋が重要な役割を果たしている部屋と認識して、攻め入ろうとしているということですな?」
「いや……違う。あいつらはこの部屋を狙っているわけじゃない。俺を狙っているんだ」
「セイジ様を?」
その意味がわからず、シモンは首を傾げる。
「この部屋は元々狙われていなかった……俺が来るまでな。奴らは俺を見つけると、集団で追いかけてきた。つまり、奴らは俺が誰なのかを認識している」
「……まさか」
「そのまさかだ。デミスは恐らく……リーシアの記憶さえも手に入れた、つまり、俺たちが何をしようとしているのか、何をし続けているのかを知った。そう考えるべきだ」
デミスが、自分たちが想定していなかった知識を得たという事実に、シモンもミリタリアも、離れた場所で聞いていたクルルとアリスさえも驚愕の表情を浮かべる。
それは、たとえ人類すべてがアースクリアへと逃げたとしても、その存在を知ったデミスからは逃げられないことを告げていた。
「どこに逃げたところで、奴らは人間の反応を追ってやってくる。潜入させていたことから、恐らくデミスは既に、全ての地下施設の在処を知っているはずだ。逃げ道はない」
そして、その地下施設を管理している最も厄介な倒すべき相手を知っている。
優先的に自分を殺そうとしてきたことからそう考えるしかなかった。それが、リーシアの記憶から奪いとって得たものだと考えただけで、セイジは「來栖になんて言えばいいんだ?」と、唇を噛み切ってしまいそうなほど、悔しい気持ちでいっぱいになった。
「無事か、ライアン……來栖!」
直後、ノアとガーディアンとの通信に成功する。とりあえずは表示されたディスプレイに映し出された來栖とライアンの姿を目にして、セイジは安堵の溜息を吐いた。
『無事か? はこちらの台詞だよ。君だけだ、連絡が取れなかったのは』
『全くだな。やられちまったかと思って冷や冷やしたぜ』
「どういう状況だ?」
既に何が起きているのかは三人共理解しているのか、説明するまでもなく状況の説明に入る。
『不意打ちは受けたけど、かなり地下深くに居住しているのもあって、ノアは大多数が無事だよ。それと、獣牙族や……喰人族が頑張ってくれたからね』
『お前……あんなの使ったのか。趣味悪いな』
『趣味とか言ってられる状況でもないだろう? 使えるものはなんでも使う』
むしろ、この期に及んで戦力をえり好みしているライアンに來栖は呆れて溜め息を吐く。
『ところで君の慌てぶりからみると……エデンはかなりの痛手を受けているようじゃないか? 変に空へと飛ばすから、デミス細胞に入り込まれる隙を作るんだよ? おとなしく地下に潜っていればよかったものを』
まさか、密閉されているに等しい空間をすり抜けて入り込んでくるとは思っておらず、セイジはぐうの音も出ずに押し黙る。
『……ところでライアン。君のところはどうやって守ったんだい? ……随分と服が汚れているみたいだけど』
『ん? ああ、これはあれだ。今ちょうど人型戦闘兵器の整備をしていてな。俺のところはロイドがてきぱきと指示を出して守ってくれてるぞ』
『他人任せで自分はロボットいじりかい……? 随分と余裕だね』
『俺のところは元々人員も一番多いからな。地下のほとんどをダンジョン形式にして何十層にしていたのが幸いして、まだ最下層の居住区画には被害は出ていない』
『……なるほど』
レベル200を超える到達者たち1万人と、ガーディアンの構造を考えれば、ライアン一人がロボットの組み立てを行うくらいの余裕ができても不思議ではなく、來栖も納得する。
『でもそれは、今は……の話だ。いつまでも……耐えられるわけじゃないぜ?』
『それはこっちも同じさ。一応、アースディフェンダーの稼働を開始しているけど、あと45分はかかりそうだね。アースディフェンダーを稼働しても、一時的に変異体とデミス細胞のアースへの侵入は防ぐだけで、永遠には防げないだろうし……デミスも何かしらの攻撃を仕掛けてくるはずだ』
時間をかければかけるほど状況は不利になっていく。この状況を打破するには、デミスを倒してしまう以外になかった。しかし、防戦一方で戦力もろくに整っておらず、ライアンは先の見えない戦いに不安を抱いて表情を歪める。
「待て……! アースディフェンダーを稼働させたのか?」
『おや? まずかったかい?』
「当たり前だ! 今起動なんかしたら……膨大なエネルギーに反応して一斉に敵がアースディフェンダーに群がるはずだ! 破壊されてしまうぞ⁉」
『だがここで稼働できなければ未来はない。こうして会話をしている間にも僕たちはすり減っていく一方だからね……僕たちの身を守っているのは機械じゃない。アースクリア出身者、そして異種族という生物だ。体力が尽きれば……終わる、機械とは違ってね』
來栖の言葉通りだった。大きなリスクはあったが、むしろ早い段階で稼働を行っていなければ逆転の芽は摘まれていたかもしれない。
何故なら、デミスはまだ本領を発揮しているとは思えなかったからだ。まだ、本領も発揮していない小手調べの段階でこの状況なのに、リスクを考えて行動していれば手遅れになる。
そうなれば、デミス本体と戦うまでもなく、倒す戦力失ってしまう可能性もあった。
『心配せずとも、アースディフェンダーの周囲の護衛として、ラストスタンドの部隊をノアからもガーディアンからも出してる。まあ……ラストスタンドとはいえあの数を相手に渡り合えるとは思っていないけど』
「……どうしてお前は、いつもそんな余裕そうな顔でぽんぽんと次々に行動できるんだ?」
そんな過酷な状況にも関わらず、アースディフェンダーは破壊されずに必ず稼働すると信じているかのような余裕のある笑みを浮かべている來栖が気になり、セイジが問いかける。
『これでも焦ってるよ? アースディフェンダーを稼働しなければ、終わりって思っているくらいには』
「ならどうして、そんなへらへらと笑っていられる?」
『……心配しなくても、アースディフェンダーは稼働するよ。衛星から取得した映像で確認したけど、現在、アースディフェンダーの周囲に敵はほとんど集まっていないからね』
その事実が信じられなかったのか、セイジは慌てて衛星から取得した映像をディスプレイに映しだす。
すると、來栖の言葉通り、六大大陸それぞれにあるアースディフェンダーの周囲に敵はおらず、その代わり、ノアとガーディアン、そしてその二つの拠点よりも一際目立つ量の敵が集中している箇所があった。
『実は君の施設に、今、かなりの敵が集中しているんだ』
どうしてこうなっているのかがわからず、セイジは開いた口が塞ぐことを忘れてその映像を見続けた。浮遊している施設だから目立っているのか、はたまたセイジから先に始末しようと考えて集まったのかはわからなかったが、エデンの周囲は、数キロに渡って逃げ道がないと思える量の敵が集中していた。
「…………何故?」
一番疑問に抱いたのは、これだけの数がエデンの周囲に集まっているのに対して、内部に入り込んでいるデミス細胞の数が少ない点だった。
これだけの数が集まっているのであれば、数分もしないうちにエデン内部がデミス細胞だらけになってもおかしくはない。
なのに、セイジがいるこの部屋に、少し押し寄せてきているだけの数しか入り込んでいないのだ。
『さすがのデミスも想定していなかったんだろうね。自分よりも遥かに小さいサイズで、自分に並ぶ化け物が……眠っている間に誕生していたなんて』
含みのある來栖の言葉を聞いて、セイジは次にエデンの外の様子をディスプレイに映した。
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