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LV999の村人  作者: 星月子猫
第七部
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第三十二章 バッドエンド

「……スゴイ数ダな、ウチがたくさん倒しテモ終わりそうにナイ」


 地下施設ノアの地上、ようやく作られた獣牙族の拠点の中心で、ペスがいつもの無機質な驚き顔を浮かべて「おぉ……」と空を見つめる。しかし、ペスの周囲にいた他の獣牙族たちは全員険しい表情を浮かべ、威嚇するように空を睨みつけていた。


 居合わせたレジスタンスたちに至っては、恐怖に歪んだ顔で上空を見つめている。


「何故……ペスはソコマで臆さズニイラレルるんだ…………これは、かなりマズイ状況だゾ」


 その隣で、同じく牙を剥き出しにして空を警戒しながら、ウルガが額に汗を浮かばせた。


「ダガ、取り乱しイテモ始まランき……違うカ?」


 その通りであるが故に、ウルガは押し黙った。


 だが、ペスのように自制心を保っていられる獣牙族は稀だった。


 わかってはいる。わかってはいるが、あまりの唐突な敵の襲来、そしてその圧倒的数に、闘争本能を剥き出しにせざるを得なかったからだ。


 現在、ノアの空は、紫色の身体へと変化してしまったかつては人間だった存在、そして、ゲル状の身体をもったスライムのような化け物によって埋め尽くされていた。


「ウルじい、ペス姉!」


 その時、拠点内で混乱する獣牙族とレジスタンスにこちらから迂闊に手を出さないよう指示を出していたバルムンクと、バルムンクの肩に乗ったピッタの三人が戻る。


 ピッタの声に反応して二人に視線を向けると、ウルガは待っていたと顔を向ける。


「バルムンク! 皆……混乱シテイル。ドウスレバいい?」


「落ち着け、とりあえず今は……相手の出方を窺うしかない。数はこちらの方が圧倒的に不利だからな。鏡もロイドも……油機だって今はいない状況だ」


「やはり……ソウナルカ。だがこの状況は……いつまでもハ耐えられん」


 何が狙いなのかはわからなかったが、上空にいる敵は、明らかな敵意をもって殺気を放っていた。それに煽られ続けるのは五感の強い獣牙族に大きな精神的負担になる。


「……アレ、こっちを見てイルだけで迂闊に近付いて来ないのはドシテ?」


 ふと、何も仕掛けてこないのが気になったのか、ペスが首を傾げる。するとバルムンクもそれは気になっていたからか、思案顔になった。


「地上にいるのは向こうからしても取りこみにくいアースクリア出身の人間、それと獣牙族だけだ。地下にどう攻めたものかと悩んでいるんじゃないか?」


「ソウカ? ……ウチには、何かを待っているヨウに思えルき」


「待っている……? だとしても何を?」


 現在、変異体とデミス細胞たちはこちらに襲い掛かるわけでもなく、上空で待機していた。


 バルムンクの言葉通り攻めあぐねている可能性もあったが、数で圧倒している相手が黙って見ているのも妙で、ペスはなんとなく嫌な予感に包まれる。


「……あのぶよぶよしたの、思っていた以上に触り心地よさそうです」


 そんなデミス細胞を、一人危機感なくキラキラした瞳でピッタがすぐ傍で見つめていた。


「何故……突然現れタ? 一体何が狙イナンだ?」


「動かないから狙いはわからんが、どうして現れたかは……ハッキリしているだろう」


「…………ムゥ」


「デミスが……目覚めた以外に考えられないからな」


 バルムンクが口にしたその可能性を考えたくはなかったのか、ウルガは辛そうに目を瞑って溜息を吐き出した。できることであれば、そうであってほしくなかったからだ。


 まだ、準備は全然整っていない。


 デミスという巨悪を討つためには、アースクリアの住民たちの協力がもっともっと必要なはずだった。それこそあと半年はかけて戦力を増やし、獣牙族や喰人族の協力を得て、全員に充分な物資を与えたうえでようやく勝機が見えるような戦いである。


 それが、まだデミスと戦うと決意して準備を始めたばかりの段階でこんな展開になるとは、想像してもいなかったからだ。


 それに未だ、各地に散らばった獣牙族たちの協力もちゃんと得られていない。


「どうして……目覚めタ?」


 ウルガが問いかけるが、バルムンクもそれは不明なのか押し黙る。來栖やセイジたちの見立てでは、まだ目覚めるのに時間は残されているはずだったからだ。


 残されているからこそ、目覚める前にこちらから奇襲を仕掛ける算段だった。


「恐らくは……アースディフェンダーの起動が決定打だったのかと思われます」


「デビッド……!」


 すると、その疑問を解消するために現れたかのように、突如、地下へと続く昇降路の扉が開く、するとそこから、死んだ魚のような目をした男が髭を弄りながら姿を現した。


「デビッド何を考えている……! こっちの状況はカメラを通して地下にいる者たちにも知れ渡っているはずだろう! 昇降路が開いたタイミングを狙って奴らが一斉に襲い掛かってきたらどうするつもりだったんだ!」


「ご心配なさらずとも、私が……そしてあなた方がそれを決して許さなかったでしょう。それに……もう手遅れです」


 目を瞑りながら、どこか残念そうに放たれたデビッドの言葉に、一同は表情を険しくする。


「手遅れっテ……ドユこと?」


 言葉の意味がわからず、ペスは首を傾げる。


「既にノアの内部に、デミス細胞が入り込んでいるということですよ」


「馬鹿な……!」


 一体いつから、どのタイミングで入り込んでいたのかがわからずバルムンクは驚愕の表情を浮かべる。


「アア……ナルホドな」


 そこでペスが合点のいった顔を見せる。


 上空で待機しているのはただの陽動で、本当の狙いは地下にいるデミス細胞にとって取りこみやすいアース出身の普通の人間と考えられたからだ。


 上空で待機していたのも、恐らくは地下で変異体となったデミス細胞と連携をとって、地上にいる自分たちを挟み撃ちにするのを待っているのだろう。


「……奴らがまだ自分たちから仕掛けてこないということは……來栖は、地下に潜りこんだやつらをなんとかできていると考えていいんだな?」


「ええ、地下に残っているレジスタンスの皆様……それと、來栖様の秘策によってなんとか持ち応えている状況です」


 バルムンクの問いかけに、デビッドは頷いて答える。


 最悪な状況には変わりなかったが、まだ壊滅的なダメージを受けていないという情報に「まだ終わってはいないか」と、バルムンクはとりあえずの安堵の溜息を吐き出した。


「それで……來栖からの言伝は?」


 そしてすぐに切り替えて、バルムンクは戦う意志を固めたような鋭い眼差しを浮かべる。


 そんな状況にも関わらず、デビッドを地上によこしたということは、地下を案ずるよりも他にやって欲しい何かを、來栖から言づけられているはずだからだ。


「……地下は自分が何とかするので、皆様にはこれ以上、地下にデミス細胞が入ってこないよう……空にいるあれらを片端から倒してほしいとのことです。あれは、いくらでも空から降り注ぎますので、倒さずに放置しておく方が対処しきれない数になってこちらが詰むとのこと」


「……來栖はデミスと戦った経験がある。従おう」


 そうと決まればと、バルムンクは大剣を構える。


「しかし……妙ダナ」


「どうしたウルガ?」


 その時、何か引っかかったのか、訝し気な表情で呟いたウルガにバルムンクが問いかける。


「アレは……ソンナに頭の回る生物ダッタノカ? 聞イタ話と随分と違うヨウダガ」


「……ん? どういう意味だ?」


「空にいるアイツらは殺気に満ち溢レテいる。ナラ、我等でアレバすぐに気付けたハズだ。だが、潜入に気付けナカッタ……まるで策をうっているカのように」


 考えれば簡単にわかる脅威を今さらになって気付き、バルムンクは顔を青くする。


「デビッド……ガーディアンとエデンから連絡があったかは聞いているか?」


「エデンからの通信は入っておりません。ですが、ガーディアンよりライアン様からこちらと同じ状況になっているとの連絡がありました。となれば……恐らくはエデンも」


 変異体たちは、ただ闇雲に姿を現したのではなく、予め内部に侵入させたうえで姿を現した。それは、計画的な奇襲である可能性が高い。 


 バルムンクが來栖から聞いていたデミスに関する情報の限りでは少なくとも、変異体がデミス細胞の手助けをするくらいで、息をひそめて機を狙うような行動はしないはずだった。


 そのことから導き出された答えは、ある程度予想はしていたものの、考えたくはなかった最悪の状況。


「知能が……上がっている」


 そう考えるしかなかった。そしてそれがどうしてなのかも、すぐに理解できた。超人の能力を奪うことができるのであれば、それも可能であるのだろうと。


 だがそれは、超人の能力を奪われるよりも厄介な事実だった。


 過去のデミスとの戦いを退けられたのも、英知があったからと言っても過言ではない。仮に、それをデミスに奪われたのだとしたら――それを想像して、背筋に寒気が走った。

次回更新は5/17 21時です

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