繰り返す-2
「もしかして……その気になったらラストスタンドみたいなでかいのも操れたりするのか?」
「一応は……ですが、大きいサイズになると、それだけ消費する魔力も大きくなります、私一人の魔力では操れる数にも限りがありますし実戦向きではないかと」
「まあ……そうだよな。それで操れるならあんた一人でなんでもできるし。一瞬、あんた一人でラストスタンドの軍勢を用意できるんじゃないかと思ったが無理か」
「ラストスタンドの軍勢は無理ですが……他の軍勢なら用意できるかもしれません」
「ん? どういう意味だ?」
「……いえ、なんでもありません」
しっかりと猫のぬいぐるみを抱きしめるメリーに、フローネは優しい笑みを返した。
フローネの操る力は、物体に己の意志を刷り込むことで発動する。それ故、意志の存在する生物を操ることはできないが、裏を返せば、生きてさえいなければ操れるともいえた。
また、死後直後はどんな生物であっても体内の魔力が四散することなく残っている。それを利用すれば、フローネは魔力を消費することなく意のままに操れる人形を生み出せるだろう。
とはいえ、非人道的な行為であるせいか、フローネも踏み切れず、未だ試せずにいた。できれば、そんな状況にならないことを祈って。
「そういえばフローネさんとロイドさんも、レベル100を超えてるからスキルがあるんだよね? クラスチェンジで新しい力を得たのは知ってるけど、元々それ以外でどんな力を持っていたんです? 鏡さんみたいな凄いスキル持ってたりして?」
そこでふと気になったのか、油機が首を傾げながら問いかける。
「僕は、ノア出身の方々のような特殊なスキルはありませんよ? ガーディアン出身者は肉体の強化を重視したせいか、特殊なスキルを持った人は稀なんです。ほとんどが自分の戦闘スタイルに合わせたサポートスキルを習得しているはずです」
「例えば?」
「相手と自分の力量が一瞬でわかるとか、足が速くなるとか、役にたたないこともないですが、これといって目立ったスキルはありませんよ」
とはいえ鏡を一度は追い込んだことから、スキルに頼ることなく大きな力を発揮する天性の戦闘センスに油機は驚嘆する。
「フローネも恐らくは……」
「ですね……私が覚えたスキルは二つとも呪術の発動を速めるサポートスキルなので、ロイドさんのおっしゃる通りこれといった特殊性はありません」
「……そういやあんた、ガーディアンでの戦いの時、鏡が気付かなかったくらい素早くこっそり呪術を仕掛けてたな。この前、水都グリドニアの王城に行った時もいつの間にかところどころに呪術を仕掛けてたし……特殊じゃなくてもすげえにはすげえだろ」
メリーの素直な褒め言葉にフローネは頬を紅潮させると、「そ、そんな大したことではありませんよ」と、フローネは胸元に隠し持っていた子犬のぬいぐるみを取り出すと、褒めてくれたお礼代わりにメリーの手元に置いた。
「フローネ……お前、どんなところにぬいぐるみをしまってやがるんだ?」
「ら、ライアン様! い、いつから見てたんですか?」
「お前が胸元から、犬のぬいぐるみを取り出す辺りからだな」
仲良さげに会話をしているのが気になったのか、目にクマができてげっそりとした顔のライアンが、ラストリボルトのシステム構成を一時中断して背後からフローネに声をかける。
「申し訳ありません……少し騒がしくしすぎたみたいです」
そしてすぐに、邪魔をしてしまったのかとロイドが深々と頭を下げた。
「ああ……いや、うるさかったから中断したわけじゃねえし……気にすんな。さっき來栖から連絡があってな、セントラルタワーの休憩室に行こうと思って席を立ちあがったら、いつの間にかお前らがいたもんだから声をかけただけさ」
そもそも気付いてすらいなかったと、ライアンは笑い飛ばしながらロイドの背中をバンバンと叩く。
「それならいいのですが……ところで、來栖さんから連絡があったから休憩室に向かうというのはどういうことでしょうか? これから來栖さんがこちらに来るのですか?」
「いや? あいつは別にこっちにこねえよ」
ライアンはそれだけ言うと、転移装置を稼働させて足元に青白い光のサークルを出現させた。
「お前らもセントラルタワーの休憩室に来い、これから面白いもんが見られるぜ?」
そして不敵な笑みを浮かべると、ライアンはそのまま青白い光に包まれて部屋から立ち去った。
残された一同は何のことかわからず、一度顔を見合わせる。
すると、誰かが音頭をとるまでもなくそれぞれ足元に青白い光のサークルを出現させ、一同はライアンの後を追って、地下深くのセントラルタワー内部にある休憩室へと向かった。
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「東の森ニイル奴らに声をかけタか? ……ヨシ、ナラ後は西にイル奴らだけダナ。オイ、ペス……サボるな、働ケ」
「眠い……ウチ、もう無理。働きスギ」
「お前……今日ハ飯を食ベタだけで何もシテイナイだろう」
地下施設ノアの真上の地上、地下施設へと繋がる昇降路の傍に作られたテントの中で、ウルガが今にもテーブルの上で丸くなり、眠ってしまいそうなペスを揺すり起こす。
周囲に居た他の獣牙族も、うつらうつらと船を漕ぐペスに呆れた顔を浮かべると、各々ウルガの指示に従ってテントの外へと出て行った。
「レックスいなイ、ウチ、ヤル気でナイ」
「今ハ、ソンナことを言ってイル余裕はナイ。ピッタを見習エ」
約二カ月前、鏡はノアで來栖と抗争を行った際、一部の獣牙族をノアへと招きいれた。
それ以降、いざこざはあったものの、これまで敵対関係にあったレジスタンスと獣牙族は手を取り合い、鏡たちが暫くノアを離れている間もせっせと獣牙族のための拠点を作っている。
作り始めは、音も気配も感じさせない能力をもった、獣牙族と同じ異種族である喰人族の脅威にさらされていたが、今では地下施設へと繋がる昇降路を中心に円形の防壁が建設され、喰人族であっても乗り越えられない安全地帯となっていた。
滑りやすい大理石を素材にした防壁のため、喰人族であっても壁を登って内部へ侵入するのは難しく、実際、防壁が完成して以降、一度も喰人族の襲撃を受けていない。
「ピッタは鏡がイルから頑張レル。ウチにはレックスがイナイから頑張レナイ。簡単な理屈」
「……デビッドが言ウに、ソウイウのハ屁理屈と言う」
テーブルの上から一切動こうとしないペスに、ウルガは呆れて溜息を吐いた。
ノアへと戻った二人はデミスとの戦いに備え、他の集落にいる獣牙族に協力を要請していた。
警戒心の強い獣牙族は同じ集落にいる獣牙族でない限りは敵意を剥き出しにする。しかし、それはただ自己を防衛するためであり、これまで無差別にレジスタンスを襲ってきたのも、生きるために、この圧倒的な食糧不足の世界で食料を手にするためだ。
しかしウルガたちは、エデンに保管されてあった保存食を大量に譲り受けたため、食料は潤沢に残っている。
故に、獣牙族にとって貴重なはずの食料を提供し、敵意がないことをしっかりと示すことでウルガたちは他の獣牙族との話し合いの場を設けていた。
後は、これまでの経緯とこれから何が起ころうとしているのかを説明したうえで力を借りるだけでいい。それだけで、ほとんどの獣牙族が力を貸してくれた。
彼らにとって自尊心を守ることよりも、生きることが最優先事項だったからだ。
デミスという驚異を知ってしまった以上、孤立して生きるよりも協力し合って生きた方がまだ生存率は高くなる。潤沢な食料事情も合わせれば、これまで過酷な環境で生き抜いてきた獣牙族に断る理由がなかった。
「……せめテ、新しク仲間に加わっタ者タチと顔を合ワセテ来い、イザという時、見知っタ顔カドウかは死活問題にナル。連携を取るウエデモな」
「それハ一理アル。だが、ウチは動かナイ」
「……コイツ」
「それにウチが動クト皆怠ケル。仕事ナクナル」
「……最初カラそう言え」
それが本当かどうかはわからなかったが、暫くノアを留守にしている間、レジスタンスと獣牙族の結束が高まっているのは事実だった。それは単に、協力して何かをなそうとすることから生まれた絆である。
しかしペスは、ウルガも認めるほどに周囲をとりまとめるのが上手く、ここでペスがでしゃばると、お互い切磋琢磨して生まれるはずの絆が生まれなくなってしまう。
犬のような尻尾の生えた尻を向けて寝転がるペスを前に、ウルガはそう解釈することにした。




