第三十一章 繰り返す
「こんなものを隠していたんですか……どうして鏡さんと戦った時に使わなかったんですか?」
「まだ、未完成ですからね」
「フローネはこれを知っていたんですか?」
「はい。元々、ライアン様は機械いじりが好きでよく付き合わされていましたから。私が乗っていたあの少し性能の高い銀色のラストスタンドも、ライアン様がお作りになられたんですよ?」
ガーディアン内部にある、数十機にわたるラストスタンドを収容した格納庫の階下にある秘密の部屋。通常のラストスタンドよりも一回り大きい謎のロボットの前で、ロイドが驚愕の表情を浮かべながらそれを見上げる。
ロボットの傍には、システムを組み上げているのかライアンがカタカタとコンピューターを操作し、ロボットの装甲下にある配線を繋げる等のボディを組み立てる作業を、油機が行っていた。
「油機さんを連れてきたのは、てっきり鏡さんに壊されたままのガーディアンの外装を修理するためだと思っていましたが……これを作らせるためだったんですね」
「そうみたいです。ライアン様が言うに、ガーディアンの修復をしている時間があるなら今は戦うための道具を作っていた方が良いと」
現在、要塞のような佇まいを放っていたガーディアンの外装は、鏡の攻撃によって粉砕され、ガーディアン内部のダンジョンの何層かが剥き出しの状態になっていた。
とはいえ、元々試練のために用意したダンジョンであり、試練を行う必要性のなくなった今、剥き出しの状態で放置していても困る人物がいるわけでもなく、そのままの状態にしてある。
「僕たちにアースクリアの住民の助力願いを任せておいて何をしているのかと思っていましたが…………ところでメリーさんはどうしてここに? ずっとここにいたんですか?」
目を輝かせて作業を行うライアンと油機に苦笑いを向けながら、ロイドはすぐ隣で腕を組みながら、不満そうな顔で立ち尽くすメリーに声をかける。これを作り上げるのに、メリーがここにいる必要はないはずだったからだ。
だがメリーは、質問を受けるとげんなりとした顔を浮かべて押し黙る。
どういうことかわからずロイドとフローネは顔を見合わせて首を傾げると、暫くして、一旦の整備を終えて休憩しにきたのか、突然横から勢いよく油機がメリーへと飛びついた。
「んぁぁぁあ~! 休憩~! 失われたメリーちゃん成分を補充しないと!」
そして、これでもかというくらい、メリーは油機に頬ずりされる。
最早日常的な行為になってしまっているのか、メリーはピクリとも表情を変えず、されるがままとなっていた。
「……なるほど」
「あなたも……大変なのですね」
それだけで、全てを察したかのような顔で頷くロイドとフローネ。
「あれ? ロイドさんとフローネさんも来てたんだ」
「僕の方で請け負っていた仕事が一段落しましたので、少し様子を見に来ました。ところで……随分と凄いものを作っていらっしゃるようですね」
「ほんと凄いよね、……まさかこんなの隠してただなんてね」
完成した時の活躍を想像してか、油機は巨大なロボットに期待の籠った眼差しを向ける。
ラストリボルト。それはライアンが長年の時間をかけ、ラストスタンドをベースに開発した人型機動兵器だった。
機体を構成している部品には、かつて各国が保有していたラストスタンドを省く、核爆弾に代わる切り札とも呼べた人型機動兵器のものが使われており、完成すれば機動力、出力、破壊力共にラストスタンドを遥かに凌駕する力をもつ機体となるだろう。
しかし、各国が保有していた人型機動兵器は、部品一つとっても機密性が高く、その部品が機体にとってどのような役割をもたらしているのか、ライアンであっても解析に時間がかかる。
そのため、今まで完成しきれずにいたのだが、油機のスキルによる力がその問題を解決した。
「まさかあたしのスキルがこんな風に役にたつなんて思ってなかったよ」
油機の持つスキル「知見の眼力」は、生命ではない物でさえあれば価値、使い方、成分、特性を一目で解することができる。その力を活かし、今まで何の用途で使われていたかもわからなかった人型機動兵器の部品の用途を、次々に判明させていったのだ。
結果、今までの停滞が嘘かのように解析が進み、元々ロボットが大好きだったライアンは、取りつかれたかのように日夜、ラストリボルトの開発を行っていた。
「私も……こんなライアン様を見る日が来るとは思いませんでした」
今も尚、血走った眼でデータを入力し続けるライアンに、フローネは苦笑いを浮かべる。
「それで、こちらはいつ頃完成する予定なんですか?」
「んー……いつ完成するかはライアンさん次第かな。外装はほとんどできているはずだから、あとはライアンさんの作業進捗によるって感じ。まー二週間はかかるんじゃないかな?」
「そんなに早く? それなら、デミスとの戦いには間に合いそうですね」
デミスとの戦いに向けて、また新たな心強い味方が増えることに、フローネは笑顔を浮かべた。
現在はデミスと戦うための準備期間ではあるが、いつまでもだらだらと準備をするわけにはいかない。そのため、一同は一年以内を目安に準備を行っている。
「あとは人員の補強、それと残った物資で用意できるものは揃えておきたいですね……魔力銃器とか、あ……保存食の準備もしておかないと、今の備蓄だと足りないかもしれませんし」
まだまだやるべきことは多い、それを考えてフローネは笑顔を崩して溜息を吐いた。
「ところでお前らはクラスチェンジしたんだろ? 新しく得た力を扱いこなせるように特訓しなくてもいいのかよ? レックスたちはエデンの方でずっと特訓してるって聞いたぜ?」
ぬいぐるみのように油機に抱きしめられながら、メリーはロイドに問いかける。
「僕はここの施設の到達者たちをまとめてる立場にあります。色々指示を出したりと忙しいのですよ……フローネも、ライアン様に任せられたガーディアンの管理者としてやることは多いですし、特訓ばかりしているわけにもいきません」
そう言いつつ、ロイドは手元にかわいらしい子猫の形をした闘気の塊を作り出した。
「まあ、もう大体扱えますけどね」
そしてそれをメリーの手元に置くと、ロイドはいつもの余裕のある笑みを浮かべる。
「はぁ……これだから天才は、レックスの爪の垢でも飲ませてやりたいぜ」
「おや? 意外ですね、てっきりメリーさんはレックスさんのことに興味がないと思ってました」
「まあこれといった興味はないけど……努力家だとは思うぞ? 実力だって認めてるし……顔もそれなりに……ってどうでもいいだろそんなこと! それより、あんたはどうなんだ?」
闘気で作られた子猫が四散してしまわないよう、握りしめずに手元に置いたまま、メリーは次にフローネへと視線を向けた。
「私は時間を見つけては色々と試していますよ。こちらが成果です」
そう言うとフローネは、かぶっていたベレー帽を脱ぎ、そこから自分で縫ったのか、小さな猫のぬいぐるみを取り出した。そのまま猫のぬいぐるみを地面に置くと、猫のぬいぐるみはまるで生きているかのようにトコトコと歩き始める。
「な……んだと」
その瞬間、目を見開いてメリーは闘気で作られた猫を投げ捨て、猫のぬいぐるみを拾い上げた。
「これは一体……⁉ そういえばあんた、クラスチェンジして操り士とかいうのになってたな! もしかしてお前が操ってるのか?」
フローネはその問いに頷いて答えた。
呪術とは、魔法のような即時発動するものとは違い、発動させたい箇所に魔力による術式を展開し、魔力を残留させ、一定の条件を満たした時に発動者がいなくても力を発揮する魔法の一種である。また、一度設置された呪術は、魔力の残量がある限り、何度も発動させられる。
そしてフローネは、クラスチェンジを果たしたことによって、己が思念を呪術として物体へと刷り込み、操ることができるようになっていた。
一度フローネによって魔力を送り込まれ、呪術を身体に刻み込まれた物体は、魔力が尽きるまでフローネの意のままに動き続ける。




