掴みかけた安息-15
デミスを倒さなければ戦いは終わらない。ならばデミスはどうすれば倒せるのか? 戦術核も試し、人類の持つあらゆる兵器を試しても倒せなかったデミスを倒す方法は何なのか? その答えを、他でもない現在作戦の実行を反対している來栖が口にした。
「仮にあれが生物だとするならば、内部に生物としての機能を保たせている、人間でいうところの心臓部分が必ずあるはずだ」と、來栖は言葉にして起死回生のチャンスが残されていることを示した。
しかし、どうやってその核を破壊するのか? そこで意見は二つに分かれた。ラストスタンドを含む全スーパーロボットをデミスの体内に侵入させ、核を叩く作戦。もう一つは、地上にいる人類を守るための僅かな戦力を残し、ほぼ全ての超人を含む戦力を投入する作戦の二つ。
投入する戦力が多い分、後者の方が成功確率は高くなる。だが、來栖は後者の作戦に反対していた。言い分は、ラストスタンドを含むスーパーロボットよりも能力の劣る超人が加わったところで、対して変わりはない。無駄に命を散らす必要はないという内容だった。
來栖自身も、どうしてこんなにも後者の作戦を反対しているのかわからなかった。
普通に考えれば、もうこれで終わりかもしれないという作戦で、戦力を出し惜しみする必要はない。セイジとライアンもそれに気付いてか、來栖をたてつつも、全戦力を投入することを提案したリーシアに賛同していた。
「らしくないぞ來栖。お前はもっと合理的に、冷静で冷酷で、正論で心を抉るDV男であろうが? 我のことが心配なのはわかるが……ん? まさか、我が心配なのか? そうなのか?」
全人類の運命がかかった会議の場にも関わらず、悪戯な笑みを浮かべるリーシアに各国の要人たちは苦笑いを浮かべる。だが、來栖はいつものように皮肉った物言いで返さず、焦燥しながら押し黙った。
本気で苦しそうな顔を浮かべる來栖に、煽ってしまったリーシアも「え、嘘?」と慌て始める。
來栖にも、どうしてこんなにも嫌な感じがするのかわかっていなかった。どう考えても後者の選択が正しい。だがそれでも、前者の選択を諦めたくないという気持ちが勝っていた。
ここで引いては一生後悔する。そんな予感がしたからだ。
「……決を採ろう。いつまでも話を先延ばしにするわけにもいかないからな。こうしている間にも、次々に人類の尊い命が失われている。いや……最早人類だけではない、人間という餌を失ったデミス細胞は、地球上の生物に目を向け始めているんだ」
そこで、いつまでたっても結論の出ない決議に痺れを切らし、当時のヘキサルドリア王国――日本のトップに君臨していた男が切り出した。
結果は、超人を含む戦力をデミスの体内へと投下し、核を破壊するという案に來栖以外の全員の票が入り、來栖の反論の余地なく作戦の決行が決定された。
実行は翌日。残った戦力全てにこの決定を伝達した後、今人類が持てる最高の武装を施して突入を開始する。一部の僅かな戦力だけが囮として最前線に立ち、突入の完了後はそのまま人類を守るためにデミスの体内ではない最前線で戦うことになった。
「せめて……体内の突入ではなく、最前線での戦いに回れないか?」
話し合いが終わり、來栖、セイジ、ライアン、リーシアしかいなくなった会議室の中で、ふいに來栖が呟いた。
「どうした來栖? 珍しく弱気だな……さっきの会議中の取り乱し方もお前らしくもない」
珍しく暗い表情を見せる來栖に、ライアンは驚いた表情を見せながらため息を吐く。
「嫌な予感がしたんだよ。あれの体内に入って作戦を成功させたところで……恐らく、生きて戻ることは難しい。リーシア……君は戦いが終わり、平和を取り戻したあと、生き残った人類を導くのに必要な人材だ。……だから、考え直してくれないか?」
「とかなんとか言って、私に死んでほしくないだけなのだろう來栖? ふ……可愛いやつめ」
來栖の必死の訴えも聞き入れてもらえず、リーシアは鼻で軽く笑うと、「そんなことできるわけがなかろうが」と一蹴する。
「よいか來栖? 我は……一応リーダーだ。どんな時でも皆の代表として最前線に立たなければならない。……ここで人類が救われるなら命なんて惜しくない」
放った言葉は勇ましく、誰もが見習うべきヒーローの鏡だった。しかしそれは、他人が客観的に見た場合の感覚でしかない。その人物をよく知る者たちからすれば、そんな勇ましさは、心に行き場のない靄を与えるだけだった。
少なくとも、來栖と同じ感覚を、ライアンもセイジも感じていた。感じたうえであらゆるものを天秤にかけ、リーシアを、多くの超人たちを犠牲にする選択を選んだのだ。
恐らくは、今こうして会話しているのが、四人で集まれる最後の会話になるだろう。それを、言葉にせずとも全員理解していた。
「……聞いてくれ」
すっかりとしんみりとした空気の中、リーシアはどこか切なさを感じる優しい笑みを三人へと浮かべる。
「我が加わったからと言って、必ずデミスを倒せるわけじゃない。でも、我が加わらなければ、その倒せたかもしれない可能性を潰してしまうことになるのだ。そして……失敗すれば後ろ盾はもうない」
そんなことは、リーシアに言われるまでもなく、ここまで知略でデミスと戦ってきた三人にはわかりきっていた。それをわかっているからこそ、來栖は必死に説得を試みている。
「というのは建前で、我は絶対にデミスを倒せると思ってる。他でもない……我が!」
「は?」
そこで今までの暗い雰囲気を吹き飛ばすが如く、リーシアは突如切り替えて明るい笑みを浮かべて言い切った。あまりにも唐突な表情の変え方に、三人は呆けた顔を見せる。
「我は根性があるからな! ぶっちゃけ言うと他の奴らに任せても成功する気が微塵もせん! だが、我が参加すれば持ち前のガッツでじぶとく食らいつき、デミスを倒せる! 必ずな!」
そのビジョンが頭の中でイメージできているのか、リーシアは一人で頷きながら納得していた。
「だから我は参加するのだ」
「いや、意味がわからん。その意味不明な根拠はどこから湧いてきているんだ」
無茶苦茶な言い分に、セイジも呆れた顔でツッコミを入れる。
「というかさっきから作戦に参加すれば絶対に死ぬみたいになってるが、我は死ぬ気なんてさらさらないぞ? ちゃんとデミスを倒して、ちゃんと帰ってくるつもりだ」
「馬鹿を言うな……現実を見ろ。その可能性は低い……仮に倒せても、あの巨体から生還できる可能性は……極めて低い。内部構造もわからないうえ、崩壊すれば……圧死は免れない」
ふんぞり返ったポーズで話を茶化そうとするリーシアを、來栖は鋭い視線で睨みつけた。ふざけた言葉で、大切なことを決めてほしくなかったから。
「……パートナーの言葉を信じられんのか?」
「君と僕は……パートナーじゃない」
「いいや、パートナーだ。違うなんて言わせんぞ。パートナーじゃなければ、我を、あの來栖が……心配なんてするものか」
リーシアは、初めて見る來栖の必死で苦しそうな顔を見つめると、心底嬉しそうに笑顔を浮かべて包み込むように抱きしめた。「初めてただの人間らしい顔を見れたな」と言葉を添えて。
「何度でも言ってやる……我は絶対に帰ってくる。なんだったら、我がデミスを取り込んで、デミスになってでも帰ってきてやる。デミスに取り込まれる側の恐怖を教えてやるのだ」
「それはそれで……困るけどね」
それでもふざけた言葉を吐き続けるリーシアに、來栖は一周回っておかしくなり、噴き出して笑ってしまう。
「ま、それでも万が一は考えとかないとな。絶対にありえないことだが? 我がもし失敗したらだ……その時は任せたぞ? 三人共? まあ絶対ありえんがなぁ!」
「フラグにしか聞こえないからやめろ」
毒気を抜かれる言い方をするリーシアに、ライアンが笑みを浮かべながらつっこむ。
「まあ真面目な話。我が仕留めそこなったら……任せたぞ? 正直我は、今回の作戦が失敗したところで終わりだとは思っておらん。何故なら……人類には超がつくほどの天才がここに三人もおるからな。だから絶対に大丈夫だ! 人類は必ず……平和を取り戻す!」
「……無責任すぎないかい?」
「でもお前なら絶対にやってくれるだろ? というか……仮にその状況になったら。きっとそれはお前たちにしかできない。それに來栖……それは誰かの応用じゃない、お前が心の底から胸を張って他に言い切れる、お前だけの研究になる! 世界を救うという……かつてない研究だ!」
それが、リーシアと世界の命運を左右し続けることになる三人との最後の会話だった。
結末は――そのまま鏡たちの時代へと受け継がれる。
デミスと同化を果たしたリーシアによって繋がれた世界。リーシアがもたらした反撃のチャンスを、三人の研究者が繋げ続ける、長く、終わりの見えない物語が始まる。
「……來栖。お前の気持ちもわからんでもないが、この時間がいつまで続くかわからん。早急に対策を練らねば」
リーシアを失った來栖は、かつてない喪失感に襲われていた。そして失ったとき、どうしてあそこまで頑なにリーシアが犠牲になることを拒んだのかを理解した。
來栖にとってこの世界は退屈で、最早、リーシア以外どうでもよいコンテンツになっていたのだ。リーシアのいない世界に、微塵の興味も抱けないほどに。
リーシアがいたから、研究者としての日々が彩られた。リーシアがいたから、デミスとの戦いに真剣に向き合った。リーシアがいたから、くだらない応用品でも耐えて作り続けられた。
初めて、楽しいと思えた存在。初めて、愛おしく思えた存在。初めて、退屈な日々も悪くないと教えてくれた女性。
「……デミス」
「え?」
それを來栖は奪われた。
「デミス……デミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミスデミス!」
そして、來栖の中に、新たな感情が芽生えた。
自分でも驚くくらいに行動を促進させる爆発的な感情。全てを投げ捨てでも前に進もうとする果てしない負のパワー。それは、來栖の奥底に眠っていた、執念とも呼べる本気を呼び起こした。
「必ず……取り戻してやる。どれだけの犠牲を払い、どれだけの時間をかけようと……必ずな」
憎しみに囚われた、一人の悪魔が誕生した瞬間だった。




