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LV999の村人  作者: 星月子猫
第七部
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掴みかけた安息-9

 予想はついていた。だがそれでも、目の前に出現した存在はあまりにも不気味だった。


 そう感じたのも、目の前の化け物が、元は女性の研究員だったからだろう。


 最早その面影は一つとしてなかった。性別さえもわからず、生まれ変わったとしか言いようのないその姿だった。女性だったとは思えない完璧なまでに整った筋肉質な身体、鈍く光を反射する紫色の肌、どこを見ているのかもわからない黄色い眼光、そして悪魔を体現したかのような大きな翼。一同はその姿に畏怖した。


「…………仕掛けてこないのか?」


 不思議なことに、紫色の化け物は攻めてはこなかった。それが何故なのかはわからない。だが、放置するわけにもいかなかった。


「今のうちに武器を持たない者は退避しろ!」


「いや、僕たちも退避した方がいい。武器を持っていようがいまいがね」


 警告を促すセイジに來栖は首を振りながら肩を掴む。


「映像を通してこの化け物の強さは見ているだろう? 恐らく……武器を使ったところで一般人でしかない僕たちは殺される。どうして攻撃してこないかはわからないけど、攻撃してこないこの状況を逃げるために費やすべきだ」


「……あんな化け物を放置しろというのか?」


「隔壁シャッターを下ろせばいい。仮に突破されたとしても、今の様子なら時間は稼げるはずだ。その間に他のヒーローに救援を求める。過去の戦闘歴からリーシアだけじゃ不安だからね。素人の僕たちが無理に戦う必要はない」


 來栖の言葉に納得したのか、一同は頷き合い、化け物が動こうとしないこの時間を利用して、一斉に休憩所であるこの場所から退避する。全員が退避を完了するその瞬間まで、化け物は微塵も動こうとはしなかった。


「セイジ、さっきヒーローの知り合いが多いって言っていたろ? すぐに駆け付けられるヒーローがいないか手当たり次第声をかけてくれないか? ライアンは研究所内にいる者たちに休憩所内に立ち入らないように促してくれ。室長から順にだ! 他の手の空いている者も頼む!」


 隔壁のシャッターを下ろした後も、安堵している暇はなかった。


 來栖の的確な指示のもと、各自は事態収拾のために動き始める。混乱の中、落ち着いて指揮をとる來栖の言葉に反発する者もおらず、立場の上下関係を気にせず指示に従って行動を開始した。


 それだけ、この地下研究施設内で問題が起きるなんて誰も想像していなかったからだ。


 むしろ、この状況でその場において正解に近い行動を冷静に指示できる來栖は異常だとも言えた。


「ほわー……さすが來栖。我が認めたパートナーだけあるのう。まさかここまで冷静に指示を出せるとは思わなかった。お前が指示を出す者としてヒーロー事務所でも作れば絶対にヒーロー業界のトップを狙えるだろうに」


「君のパートナーになったつもりはないけど? というか、君も無駄話していないで防壁シャッターを警戒しておいてくれ、幸い……休憩所への入り口は一つしかない。仮にあれが飛び出してきた時、君は僕たちの命綱になるんだからね」


「無駄話って……こんな臨時の時くらい付き合ってくれてもよいのに。落ち着くために」


「こんな時だからだよ。君は色々とずれすぎだ」


 こんな状況でも、いつもの調子で話すリーシアに毒気を抜かれて、少し張りつめていた気持ちを和らげて來栖は柄にもなく苦笑する。


「こっちに来られない……何故だ⁉」


 その瞬間、セイジが剣幕して声を張り上げた。暫くして、表情は徐々に青ざめていく。


「どうした?」


 不自然な反応を心配して來栖が声をかけるが、セイジは首を左右に振って状況が想像していたよりも悪いことを告げた。


「地上でも同じことが起きている。それも……今までの比じゃない速度でだ」


 セイジのその言葉を聞いて、リーシアはもちろん、居合わせた研究員たちもざわつき不安な表情を浮かべた。しかし、やはりそれも既に予想はしていたのか、來栖が「やはりそうなってるか」と悔しそうに歯を噛みしめた。


「こんな地下に入り込んでいるくらいだ。地上は当然、この比じゃないってことか」


「どうするのだ來栖……! 助けが期待できないのであれば我らでなんとかするしかないぞ⁉」


「わかっている……考えをまとめるから少し待ってくれ」


 予想の範囲内ではあったが、それでも來栖が予想していた中で最悪の展開だった。


 どうすれば収拾つけられるのか、何が最善の行動なのか、これから起きるであろう可能性と、現状の状態を比較して慎重に答えを導き出す。


「……來栖?」


 状況は逐一変化する。一度出した結論すらも、再度考え直さなければならないほどに。


 そう思考した時、気付けば、來栖は笑っていた。不気味に、不敵な笑みを浮かべていた。


 ぶつぶつと何かを呟きながら不可解な笑みを浮かべる來栖に、その場に居合わせた研究員も、リーシアとセイジすらも息を飲んで見守った。


 不謹慎なのはわかっている。だが、ここまで頭を回転させて物事を必死に考えたのは、來栖にとって実に久しぶりのことだったからだ。まるで試されているかのような感覚、そして一度のミスが命とりになりえるこの状況が、たまらなく面白く感じた。


 少なくとも、自分は今、本気で物事を考えている。この騒動の規模が勝つか、自分の思考能力が勝つか、勝負しているこの感じが來栖の脳内に大量のアドレナリンを分泌させた。


「あの紫色の化け物を捕獲する」


 そして、導き出された來栖の言葉に、セイジは目を見開いて「捕獲をしている余裕がるわけがないだろう!」と声を荒らげた。


「もしも、あのスライム状の化け物が今後も絶え間なく現れるのだとしたら。僕たちはまず……敵を知る必要がある。ここに現れて、仲間が犠牲になった以上、これはヒーロー業界だけの問題じゃなくなったんだ」


「逃げると言ったり、やっぱり捕まえると言ったり……なんなんだお前は? 少なくともさっきのお前の言い分の方が正しいように聞こえたが?」


「わかってないねセイジ。だから君は僕より頭がいいはずなのに、いつもゲームで僕に負けるんだよ」

「倒すための戦力を集めていたのに、倒すよりも難しい捕獲に走る意味がわからん。あの化け物を研究している場合じゃないだろう? 状況を考えろ!」


「こんな状況だからだよ。わからないかい? 僕たちは今、たまたまで生きている」


 その一言で気付いたのか、セイジはハッとした顔をみせると押し黙った。その場に居合わせた他の者には理解できなかったのか、困惑して首を傾げる。


 少なくとも、セイジの言い分の方が安全で確実なのは間違いなかったからだ。今、紫色の化け物が故意に動こうとしていないのであれば、下手に刺激せずに待つ方が明らかに得策だった。


 ましてや倒すのではなく、捕獲となれば危険も増す。そんなリスクを今背負う意味が一同にはわからなかった。


「麻酔は……多分有効だよな?」


「恐らくね、あれは変わってしまったとはいえ、生物には違いないはずだ。そうでもなければ、以前にリーシアたちが戦った時に倒せていないはずだ」


「ちょちょちょ! セイジまで急に乗り気になってどうしたのだ!」


 考えを切り替えて捕獲の準備に取り掛かろうとするセイジに、思わずリーシアがツッコミを入れる。他の研究員も同様の気持ちなのか、不安な顔でセイジを見つめていた。


「來栖に言われるまで、自分が現状の問題を解決することしか考えていなくて、同じ過ちを繰り返そうとしていることに気付けていなかった」


「同じ過ち?」


「現状の問題は、突然起きたことによって陥っていることだ。突然起きたことに対して対処することも大事だが、同じようなことがまた起きた時、俺たちは更なる問題の対処を背負わされることになる。そうなればパニックは今の比じゃない」


「んん……つまり? ふぬぅ? どういうことかの?」


「難しく考えるな。ようは最悪を想定して行動するというだけだ。予想外なことが起きてもいち早く、難なく対処できるようにな。あの化け物も今はたまたま動いていないが、動き出せば捕獲はより困難になる。そして……あれはいつ動き出すかわからない」


 そこまで説明されてもまだよくわかっていないのか、リーシアは首を傾げる。


「無論、今無害であるなら、戦力を待って対処した方が確実かもしれないがな。だが今、リスクを冒す価値は確かにある。今後……想定外のことが起き続けるのだとしたら、それが起きてしまう前に、せめて奴らが何なのか調べて情報を集めておくべきなんだ。『いざ』が、来た時、調べてないのと調べているのとでは、状況が大きく代わってくるからな」


「……とりあえず、つまり。守るばっかりじゃなく、こちらから攻めて反撃のチャンスを得ようとしているということだろ⁉ なんとなくわかった! そういうことなら我に任せよ!」


「言われなくても、來栖はお前に任せるつもりだろうさ。しかし、どういう心臓をしていればこの状況で安全策に走らず、危険を冒して今後の展開のための備えをする判断ができるのか……死ぬのが怖くないのかお前は?」


 セイジがリーシアと研究員に説明をしている間、「そうと決まれば」と通信機を利用して、大型動物用の麻酔を保管している研究室の室長へと連絡をとっていた來栖は、そう問いかけられて眉間に皺を寄せる。


「怖いに決まっているだろ? 何を言ってるんだ?」


 先に死のうが後で死のうが同じ。故に目先の恐怖を振り払うのではなく、最終的な解決を目指して行動する。その過程にどんな大きな障害があっても、越えられなければ同じものとして。


 そんな意味が込められているかのような返答に、そもそもの価値観が自分たちとは少し違うのだと瞬時に理解し、セイジとリーシアとその場に居合わせた研究員たちは顔を見合わせて苦笑した。

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