第二十七章 脇役なんて言わせない
「美しい……あぁ……美しい。あっふおっふ……美しい、美しいよその力……私を遥かに上回るなんて……信じられない……んぁぁぁあ!」
「すみません。少し静かにしてもらっていいですかね、今気分悪い人を見てあげてる最中なので」
十数分後、話の整理がつかなさすぎて目まいを起こしたセイジを休ませる目的ついでに、一同は王城の中にある兵士たちの休憩所の一室を借りて一時の休息を挟んでいた。
しかし、鏡の圧倒的な力を目の当たりにしたディルベルト王が、先程から鏡に対して「美しい美しい」を連呼しており、誰もまともに休めていない。
「いや……もう大丈夫だ。すまないな、介抱してもらって」
そこで、休憩室のソファーに横になっていたセイジが起き上がり、テーブルに置いてあった眼鏡を再び装着する。
「情けないわね……ちょっと信じられないものを目のあたりにしたくらいで」
「正直……まだ信じられていない。こんなことが普通あるのか?」
むしろそれが普通だと、今まで散々驚きを繰り返してきたのによく言えたものだと冷たい視線をパルナに送りながら、レックスがセイジに同情する。
「まあ……気持ちもわからなくないけどね。あたしたちもそれ、何回か経験してるし」
その視線に気づき、頬を少し紅潮させて誤魔化すように咳払いしながらパルナは訂正した。
「もしかしたら今までも、自覚してないだけで発動してたのかもな……極限の集中状態の時、たとえばバルムンクと戦った時も今みたいな感覚になった覚えがある」
心当たりがあるのか、鏡はふいに呟く。
「あれだけ化物のような身体能力を持ちながら、エクゾチックフルバーストを持っているなど……ありえない。この世のどの存在も、恐らくお前には勝てないだろう」
実際、ガーディアンでの一件も含めて鏡の力は誰にも止められないものとなっており、セイジはたった一人の存在が、ここまでの力を有することを逆に恐れ始めていた。
「もっと、もっと言って。もっと褒めてくれよ」
「ここぞとばかりに調子に乗り始めた。さすが鏡さん」
しかし、それをよく知るティナは、何の心配もいらないとその存在に恐れを抱いた様子もなく笑顔でツッコミを入れていた。
「お前たちは……恐ろしくないのか? 仲間とはいえ、人を簡単に潰せてしまう……デミスと対等に戦うことができるだろう人間が近くにいることが危険だと思わないのか?」
その様子を見て、セイジは思わず問いかける。
それを聞いたティナは、すかさずアリスとクルルに視線を向けると噴き出すように笑い。「ありえませんね」と首を左右に振ってそれを否定した。
「鏡さんはアホですし、馬鹿ですし、デリカシーないですし、いつも何も考えてませんけど……」
「ちょっと言いすぎじゃないかなティナたん。泣きそうなんだけど」
「まあまあ、とりあえず人格者なんですよ。気軽に私がツッコミを入れれるくらいには安心できる人ってことです。私より、アリスちゃんやクルルさんの方が詳しいとは思いますが……確かにこれで敵だったらもう絶望しかないですよ。あー良かったー普段から仲良くしといて」
「ティナたんそれでもいつも俺のこといじめてくるけどね?」
「ちょっと、褒めてるんだから静かにしてくださいよ」
「褒めてたか?」
その絶望を、一度身をもって経験したことのあるフローネとロイドには、ティナの言う敵だった場合と味方だった場合がよくわかり、うんうんと頷いて納得した顔を浮かべる。
「だが……それでもデミスを倒すのは難しいだろう」
しかしそれを聞いても、鏡の力を実際目の当たりにしても、セイジは渋い顔を浮かべていた。
「どうして? 鏡ちゃんはデミスと同じ力を持っているはずよ? つまり……デミスがその力を発揮しても鏡ちゃんも同じことをすれば防げるんじゃないのかしら?」
セイジがその渋い顔をする理由を知るため、タカコが改めて問いかける。
「手数……そして質量の問題だ。Act毎の精度があるとはいえ、同じ条件になったにすぎない……デミスは全身から生えでる無数の触手、そしてモンスターを駆使して鏡……お前を殺そうとするだろう。何より、ACT全てを解放するのは非常に難しい。スキルを持っているのはただの前提だ……扱いこなせなければ意味がない」
セイジの返答にタカコは納得した様子で「なるほど」と呟く。
「……耐えれそうだけどな?」
しかし鏡は、その状況でイメージしたのか一度「うーん」と悩んだ素振りを見せてそう言った。
「お前はな、だが……他はどうだ? ハッキリと言ってやるが耐えられない。一瞬でお前以外は殺されて終わりだ」
「俺一人で戦えばいいだろう?」
「無理だ。確かにお前は強いしデミスの猛攻にも少しは耐えられるかもしれないが……さっきも言ったが手数が違いすぎる。お前はデミスを倒すだけの力はあるが、デミスを一人で抑えるだけの力はない。あれを倒そうと思うのならデミスの保有する戦力を分散させ、お前が暗殺という形でデミスの内部へと潜り込み……止めを刺す以外にない」
一人で戦う力はある。だが一人では決して勝てず、複数で挑めばレアスキルの力によって一瞬にして全滅を促される。その事実に一同は表情を曇らせる。
「そんな……何か方法はないんですか⁉」
それでも諦めたくないと、クルルがしつこくセイジに問いかけた。すると、セイジもすぐにハッキリとないとは言わず、苦い顔を浮かべる。
「あるにはある……さっきも言った通り、エクゾチックフルバーストはとんでもなく消耗が激しい。そしてそれは質量に比例して大きくなる。デミスといえど、連発はできないはずだ」
「つまり……その一回の発動をなんとか耐えきって、次に発動されるまでのスパンにデミス倒しきるってことね?」
パルナの見解に、セイジは頷いて返す。
「方法は二つだ。鏡……お前はまだその力を全然扱いこなせていない。その力を完璧に扱いこなせるようになって……デミスがその力を使った時にお前が一人で全員を守るという方法」
「俺とデミスじゃあ手数が全然違うんだよな? だからこそ皆で挑むわけだし……俺一人で守り切れるのかそれ?」
「かなり難しいだろうな。お前のその身体能力ならば実際やってみないとわからないが、デミスがエクゾチックフルバーストのギアをどれだけ解放できるかもわからない。故に試してみるにしてもリスクが高く、現実的じゃない」
いざとなれば自分が皆を守ればいいと考えていた鏡も、ぶっつけ本番で高すぎるリスクを負うのは堅実とは思えず、それ以上何も言わずに押し黙る。
「……もう一つの方法は?」
そして、それに望みをかけてタカコが問いかけた、
「簡単だ。デミスがその力を発動した瞬間に守ることが出来ればいい。向こうは数十秒間隔で攻撃を仕掛けてくるが実際に行われている攻撃の時間は一秒だ。バリアのようなものや防御魔法を展開してもエネルギーや魔力の消費は極端に少ない。つまり、デミスがエクゾチックフルバーストを発動し終えるのを絶対的な守りを誇る壁の中で待つ方法だ」
「なるほど、鏡さんに反応してもらってそのバリアや壁を展開してもらうと……そんなすぐに展開できるような凄いバリアがあるんですか?」
旧文明の機械、それも自分が聞いたこともない守りに特化した装置に、油機が少し興奮した様子で問いかける。その隣で、「こいつは……また」と、世界のことよりもただただ旧文明の機械にしか興味を抱いていない様子にメリーが呆れて溜息を吐いた。
「ない」
しかしその一言で、油機はガッカリした様子で「あ、ないんだ……」とうなだれる。
「作れるには作れるが、数を用意するにしても一体どれだけの時間がかかるかわからない。來栖とライアンと協力すれば作れるかもしれないが……デミスの攻撃に耐えれるバリアなぞ、存在しない。防御魔法と合わせてもだ。あるとすれば……」
「……あるとすれば?」
その可能性が気になり、ティナが問いかけた。するとセイジは「いるかどうかはわからないが」と可能性は低いことを示唆したうえで、言葉を続ける。
「スキルの力で、守りに特化した者の力を借りるしかない。科学で作られたバリア、魔力による防御魔法、そしてスキルの力が合わされば……恐らく身を守れる。だが、その力は異常なほどに稀有でエクゾチックフルバーストに並ぶレアスキルだ。過去にその力を持ったものは少なくともグリドニア王国上には存在しない。過去の超人たちが持っていた以外に記録がないからな。ヘキサルドリア……それとフォルティニア王国にそのスキルを所有したものが一人でもいればいいが」
「それって……どんな力なんですか?」
「体力と魔力をとんでもなく消費するが、ダメージを百分の一に抑えるオーラを付与する力だ」
「「「「「「「「「ん?」」」」」」」」
どこか聞き覚えのあるスキルの効果詳細に、再び一同は間の抜けた声をあげる。




