第二十六章 なりたいではなく、ならねばいけない時
「どうしてこんなことになってしまったんでしょうねぇ? これは困りましたねぇ」
白色の海パン一枚の丸腰の姿になったロイドが、全く困っていなさそうな余裕のある素振りで首をヤレヤレと左右に振る。
『わからぬ……こんなこと、今までになかったことだ。……我はどうすれば』
しかしそれでも自分が責められているような気がして、同じく海パン一枚で人間の男性姿になったダークドラゴンが申し訳なさそうに、ベンチへと腰を掛けながら俯いた。
伝説の勇者級の力を持ったロイドと、最強のモンスターと謳われたダークドラゴンがこうして海パン一枚で言葉を交わす姿があまりにも珍しすぎて、同じく海パン一枚の鏡とレックスが「すごい光景だ」と言葉にしながら頬に汗を垂らす。
突如力を失い始めたダークドラゴンは、何とか残る力を振り絞って滑空を続け、グリドニア王国の首都、水都グリドニア近くにある海岸の浜辺へと着陸した。
そのまま誰かに奪われるように力を弱めたダークドラゴンは、急遽体内に残る魔力の消費を抑えるため、人間の姿にならざるを得ない状況になった。
それから一同は、辿り着いた海岸でウロウロしていても仕方がないと、人が確実にいるであろう水都グリドニアへと足を運んだ。トラブルはあったが、当初の目的通り、人にさえ会うことが出来ればアメリカの地下施設、エデンの現在位置を掴むことが出来るはずだったからだ。
『……まさか現地民に触れても何もわからぬとは』
しかし、事はスムーズには運ばなかった。
王都ヘキサルドリアに連なる広大な面積を誇る大都市、水都グリドニア。
その名の通り街全体の構造が水の流れを意識しており、中心にある王城の頂上から下部にかけて噴出された清らかな水がそのまま街の全ての通りの堀に流れ、また、各所に噴水が設置されており、水が関連していない場所がないほどに水の関連した場所だった。
水の推力を利用した滑車などを利用し、街人は便利で快適な暮らしをしている。そこまでは以前から鏡も知っていた水都グリドニアの光景と全く同じだった。しかし、街人の様子がおかしく、何故か全員もれなく水着姿ではしゃいでいたのだ。まるで、楽園にいるかのように所々に水しぶきをあげながら。
そんな現地民のテンションの高さに置いてけぼりにされながらも、ダークドラゴンは街人に呼びかけて触れさせてもらい、アースクリアとアースの繋がりを探知して地下施設エデンの場所を特定しようとしたが、何故かグリドニアの住民の身体からは、アースとの繋がりを探知することができなかった。
偶然かと思い、複数に同じことを試してみたが、結果は同じだった。
結局、グリドニアに来たのに何もわからず、力を失うだけで何も出来ずにいるダークドラゴンはへこみ、ベンチへと腰を掛けていた。
「それって力が落ちてるからなのか?」
何故読み取れないのかの理由がわからず、鏡が問いかける。
『いや……戦闘における力は落ちてしまったが、管理者としての力はまだちゃんと残されている。我は全てのアースクリアを管轄する存在。ライアン様と來栖様が管轄するアースクリアのシステムが侵されぬ限りは我の権限が消滅することはない』
「力が落ちているのは……やっぱりセイジって奴が絡んでるのか?」
『恐らく……セイジ様が何かしたのだろう。それは間違いない。権限は無事だが、力は落ちている。恐らく……好き放題暴れさせないためなのだろうな』
「権限生きてるならなんで触れてもわからないんだよ。お前読みとれるって言ってたじゃん」
『故に想定外なのだ……読み取ろうとしたが、アクセスが断たれている……だが、彼らはちゃんと生きてグリドニア王国を徘徊している。これがどういうことかわかるか?』
問われるが、答えがわからず鏡とレックスは首を傾げる。だが、ロイドだけはその少ない情報で理解したのか、口元に手を当てて深刻そうな表情で「なるほど」と口走った。
「ダークドラゴンさんはここに来る前、『現実の世界の肉体とこの世界の肉体は必ずリンクしている。それが解かれるということは死を意味する』と言ってましたよね? つまり、現実の世界の彼らは既に死んでいて……意識、魂だけがこの世界を徘徊しているという可能性があります」
「なんだよ……それ」
今も楽しそうに街を水着姿で歩き回る街人、それらが全て死んでいるとはとても思えず鏡は表情を歪める。同時に、ダークドラゴンの力が弱まった件や、光の花が常に降り注ぐ異常な光景に、グリドニアに何かよくないことが起きていると鏡は暗い表情を浮かべた。
「まあとにかく、今は考えていても仕方がないですし。女性陣が戻ってきてからまた詳しく話し合いましょう。そろそろ着替え終わっている頃でしょうし」
「だな……しかしまさか、水着の着用を強要されるとは思わなかった」
「僕もですよ」
さすがにロイドにとっても想定外すぎたのか、苦笑いを浮かべる。
現在、鏡たちが水着姿になっているのには理由があった。街に滞在するには何故か、街人と同じく水着姿になる必要があると、街に入ると早々に着替えを要求されたからだ。
「水の都で無粋な格好は禁物。心を解放する水着を着用してこそ住民」というわけのわからない理論の元、鏡たちはここでつまらないことで揉めるのも面倒だと、特に支障もないため着替えることを承諾。そして男性陣とは違って女性陣は人数も多く、着替えにも時間が掛かるのかまだ更衣室から戻ってきていない状態だった。
『全くだ……どうして我がこんな格好しなければならないのだ……?』
「いえいえダークドラゴンさん。この中で一番あなたの水着姿が似合っていますよ? 水着が似合うのはやはり筋肉が多い方ですからね」
『む……そうか?』
「ダークドラゴン気付け、そいつは褒めている振りをしてお前の反応を見て楽しんでいるぞ」
ダークドラゴンに対してもニコニコと笑みを浮かべながらからかおうとするロイドに、レックスが呆れた表情を浮かべる。
「失礼ですね。僕は本気で褒めましたよ?」
「嘘つけ! せめてその表情を引き締めろ! あんたは師匠と同じで表情と内面の考えがリンクしてなさすぎて、ただでさえ考えを読みにくいんだからな」
「まあまあ……僕の考えを読み取るなんてその内嫌でも出来るようになりますよ。そういえばちゃんとお話しするのは初めてでしたね? 同じ勇者の役割を持つ者同士、仲良くしましょう」
これまたレックスをからかっているのか、ロイドはニコニコと笑みを浮かべながら手を差し出すと、「ほら、友好の証です」と悪手を強要する。無下にするわけにもいかず、気まずそうにレックスは手を取ると、「ふん……勇者か、勇者な」と言って、どこか寂し気な顔を見せた。
「……ん? 何か勇者に不満でも?」
その問いかけに、レックスは一瞬顔を俯かせて言葉を詰まらせる。だがすぐに切り替えると、ロイドの手を離して「いや別になんでもない」と誤魔化すような微笑を浮かべる。
「まあ……これから一緒に戦う仲間だ。元々敵同士だったのもあって仲良くとまではいかんかもしれんが、不躾な態度はとらないつもりだ」
そう言うと改めて「よろしく頼む」と言葉にし、その言葉にロイドも満足そうに笑みを浮かべる。その傍らで、鏡が信じられないものを見たかのような顔でレックスに視線を向けていた。
「なんだ……? どうしてそんな呆けた顔で僕を見る」
「いやー……レックスも変わったんだなーと思って、昔では考えられない協調性で超ビックリしてる。立派なチクビボーイになったんだなお前」
「どう考えても馬鹿にしているだろうそれ」
丸腰なのが悔しいと言わんばかりにレックスは鏡に殴打の嵐を繰り返すが一発も当たらず、体力を奪われるだけの無駄な時間が過ぎる。
「お待たせ、鏡さん!」
暫くして、着替え終わったのか、鏡の視界を覆うようにして背後から水着姿のアリスが姿を現す。追うようにして、フラウを先頭にぞろぞろと着替えに出ていた女性陣が水着姿で現れた。




