『ふーん』って感じ-6
「あー……あれですね」
「どうした?」
「控えめに言って暇ですね~……王都ってこんなにつまらい場所でしたっけ? ヴァルマンの街のカジノからこぼれるスリリングな雰囲気と賑やかさが恋しいです。やっぱり私も鏡さんについていくべきでした」
「昔のお前からは想像できない言葉が飛び出したな。おい、もっとシャキッとしろ」
王城を中心として円形に構成された広大な敷地を保有する王都ヘキサルドリア。中央に位置する王城に隣接した貴族街の外側の城下町で、ティナとレックスは行き交う街の人たちを見ながら優雅にお茶を嗜んでいた。
街の通りに設営されたパラソルとテーブル。かれこれ二人は2時間ほどそこで動かずにいる。あまりの退屈さにティナはテーブルに頬をくっつけて呆けた顔を見せていた。
「だって久しぶりに心休まる場所に帰ってきたんですよ? 休める時に休まないと損でしょう?」
テーブルにくっつけていた頬を離し、今度は顎を置いてティナは気の抜けた顔を見せる。
「言い方は悪いかもしれんが、お前もすっかり師匠に毒されたな……3年前までは健気になんでも頑張ろうとする真っ直ぐな少女だったはずなのに」
「そんなに変わってないですよー。気を抜ける時に抜くことの大事さを知っただけです……基本は真面目ですよ~。テキパキと物事をこなすしっかり者です」
「その体勢で言われても説得力がまるでないな」
欠伸まで漏らすティナに、レックスは呆れた表情を向けて注文していたドリンクを飲み干す。
「しかし遅いな……何をしてるんだパルナは」
アースクリアに戻って鏡たちと別れてから一週間後、別行動で王都へと向かっていたレックスたちは二日前に王都へと辿り着き、ヘキサルドリア王国の第三王女であるクルルを王城まで送り届けたあと、一時の休息を王都の城下町で過ごしていた。
というのも、新たな人間の管理者として即位した第一王女に謁見したレックスたちは、アースでの情勢と前王であるシモンのことを伝えたうえで、自分たちへの惜しみなき協力を約束してもらう代わりに、姉妹水いらずの生活を二日間だけ過ごさせてほしいと頼まれたからだ。
「クルルさんを迎えに行くだけのはずですけど……遅いですね」
鏡と合流しなければならなかったが、そんなに急がなくても良いと事前に言われていたため、レックスたちはそれを承諾し、二日後の昼頃にクルルを解放する約束を交わした。
そして今日、クルルはレックスたちと合流することになっている。どこの宿屋で泊まるかなどの情報を伝えていなかったため、現在パルナが王城まで足を運び、クルルを迎えに行っていた。
しかし、パルナが王城に向かってから既に2時間は経過しているが、二人はいっこうに姿を現さず、退屈な時間が続いている。
「あ、なんか嫌な予感がしてきました」
「お前の感性はいつから獣牙族並みになったんだ?」
「いやいや、鏡さんたちと出会ってから予定通りにいかなかった時って、大体ひどい目に遭うじゃないですか。獣牙族じゃなくても嫌な予感で身震いくらいしますよ」
「確かに」
思い返せば、鏡と一緒に行動してきて厄介ごとに巻き込まれなかった時がなかったと、レックスも遠い目を見せる。
「……ん?」
レックスが遠い目をしたと同時に、二人が休んでいた喫茶店の前にある通りを歩く人々が突然ざわつき始める。何事かと二人が視線を向けると、そこにはこれから遠征にでも行くのかと思える量の城兵がこちらに向かって歩いて来ていた。
「ティナ、お前すごいな」
「でしょう?」
その中に、パルナとクルルの姿が見えたため、二人は確実にこちらに向かっているものとして、厄介ごとに巻き込まれる覚悟を決める。
「お、いたいたレックスよ! お前のフィアンセを連れてきてやったぞ!」
そして、覚悟を決めると同時に、むさくるしい城兵の中から一人飛び出して、白とピンクでフリフリのドレスに身を包んだ金髪の少女が姿を現す。
背はティナと同じくらいでクルルよりも頭一つ小さく、見た目は派手で、容姿もクルルに似ていて気品を感じられるほどに整っていた。髪型もラプンツェルにセットしており、パッと見でも貴族のお嬢様だと判断できるくらいには綺麗な少女だった。
「ふはははは! 色々クルルから聞かせてもらったぞレックス? 中々に大変な旅をしていたようじゃな……聞いた時は驚いたぞ! 話を聞いていて少し羨ましかったぞ?」
金髪の少女はレックスの前で立ち止まると、レックスの肩を慣れた様子でバンバンと叩く。
「誰ですか? この偉そうなお子様は?」
「お、ちょ、おま、ティナ、馬鹿!」
ふんぞり返って偉そうな態度を見せる少女に、ティナは冷たい目を向ける。そんなティナの口元を、レックスは慌てながら塞いだ。
「礼儀を知らぬものがいるようじゃな。ふん、だが妾は慈悲深い。レックスとクルルの仲間のよしみとして……許そうではないか」
不敵に笑みを浮かべながら少女は扇子を広げてふんぞり返る。
「え、本当に誰なんですか?」
その様子にげんなりしながら、ティナは耳打ちするようにレックスに小声で問いかけた。
「ヘキサルドリア王国、第二王女のフラウ・ヘキサルドリア様だ! 知らんのかお前は」
「孤児院出身でそういうの疎いんです。あったことありませんし」
しかし言われて、確かに王族と言われてもおかしくない顔立ちと服装をしていると、ティナは納得した表情を浮かべる。
「内緒話はもうよいか?」
「は、はい! お久しぶりでございますフラウ様。どうしてこちらに?」
「お前に会いに来たに決まっておるだろ。お前ときたら妾が会いにいこうとせんかったら三年以上も顔も見せん薄情者だからな。……で、どうだ? 旅の途中で恋仲はより深まったか?」
「え? あ、僕ですか?」
「お前意外に誰がおる。魔王討伐の暁にはクルルを褒美にと、明らかに狙っておったじゃろうが。旅立つ前に妾がわざわざ『良い夫婦になりたいなら旅の途中で仲を深めるのだぞ』と進言してやっただろうが。どうなのじゃ? その後の進展は? この二日間クルルと一緒におったが、度々物思いにふけては頬を赤くしておったぞ? 一体何をしたんじゃぁ~? んん~?」
恋の話が好きなのか、ニヤニヤと笑みを浮かべながらフラウはレックスに詰め寄る。対するレックスは、『ああ……そんなこともあったな』と、遥か昔に抱いた自分の下心を思い返して遠い目で空を見つめていた。
その隣でティナは冷静に、「この人ミーハーですね」と呆れた顔を浮かべていた。




