「俺達は勇者一行だ!」とか言ってる奴に草が生える件 -2
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「えーっと……今ので何体目かな?」
それから数時間後。
一日を終えるにはまだ早いと判断した鏡は、クエスト発行ギルドで緊急クエストとして貼りだされていたクエストを新たに受注し、【古の洞窟】と呼ばれるダンジョン前へと足を運んでいた。
古の洞窟は、レベル70の冒険者が4人いなければ死の危険が付き纏うとされているダンジョンである。というのも、生息しているモンスターの平均レベルが80を超えるからだ。
その上、ダンジョン内は外よりもモンスターの数が多い。というのも、外にいるモンスターはモンスター同士の交配によって生まれるが、ダンジョン内は、ダンジョン内のあちらこちらに眠るスポーンブロックと呼ばれる物質が、空気中を漂う僅かな魔力を吸収してモンスターを生み出すからだ。
ダンジョンの魔力の濃さによって発生量は変わるが、基本的にダンジョン内はモンスターの数が多く、とても危険な場所とされている。
そして、スポーンブロックはモンスターを制限なく生成し続けるため、いずれ狭いダンジョン内から外へと進出してしまうのだ。
今回、緊急にクエストが発行されたのも、古の洞窟の周囲の森、王都からヴァルマンの街へと向かおうとする者であれば、誰もが通る森林内に、古の洞窟内のモンスターが出現からである。
クエスト内容はブルーデビル、30体の討伐。
古の洞窟内に住まう、ブルーデビルのレベルは92と強く、放置すれば、多くの冒険者や行商人が被害を受けて命を失うだろう。
「ブルーデビル一体が落とすお金が34シルバー……30体で1020シルバー。クエスト達成で1ゴールドか……ぼっろ! これは、本格的に今日はシース―……いや、カニ!」
だが、強すぎる鏡にとって、それは朗報でしかなかった。
寿司だけでは飽き足らず、カニまで食べようとする始末だ。
鏡にとってブルーデビルは、一般的な戦士でいうグリーンスライム、いや犬、恐らくは犬くらいの脅威。それも小型犬、ポメラニアンくらいの脅威でしかないからだ。
「ぎぎぃいいぇぇぇえぎゃああああああああ!」
故に、鏡は貯金箱を破壊する感覚で、ブルーデビルを狩っていく。本来なら出会わないことを願われるはずの対象は、鏡が相手だとさっさと出て来るのを望まれる相手へと格下げされる。それ程までに、鏡とブルーデビルでは実力の差が離れていた。
ブルーデビルが登場し、身の毛もよだつ敵意むき出しの叫び声があげられるが、叫び声は途中で断末魔へと変わって行く。それが鏡にとっては当たり前の光景。
「こ、これは、れ、レアドロップ! 売れば700シルバーはするぞ……黒毛和牛、追加 確 定」
モンスターはお金以外に、その身を消滅させる時にアイテムを落とすことがある。通称、それはドロップアイテムと呼ばれており、中でも確率が低く、滅多に落とさないそのモンスター特有のアイテムはレアドロップと呼ばれている。
「ブルーデビルの角か……こんなのに価値があるとは思えないけどねえ」
鏡はそう呟きながら、クエスト発行書に自動で加算されていく討伐数の合計を確認する。
「後……十五体か、倒すのは簡単だけど、見つけるのがめんどくさいな……」
そんな事を呟きながら、土と瓦礫で作られた薄暗い遺跡のようなダンジョン内を鏡は歩く。
倒しすぎたせいか、ブルーデビルと全く遭遇しなくなった鏡は、退屈であくびを漏らしつつ、ダンジョン内を見渡す。
その時、向かっている通路の奥側に、人の形をした何かが複数うごめくのを捉えた。
このダンジョンに訪れる者は、その危険性から滅多にいない。命知らずの馬鹿か、鏡のような実力者のどちらかだ。
そして、ダンジョン内に存在する人の形をしたモンスターといえば、ブルーデビルしかいない。
「これは……ブルーデビル集団の気配!」
ようやく訪れた獲物に、鏡はテンションを上げて猛ダッシュで接近する。近付けば近付く程に、ぼやけていた人型の陰が鮮明に映り始めた。
一番先頭に立っていた人影の頭頂部に、金髪らしき何かが見えた瞬間、鏡はこの世の終わりかのような表情で一気に減速し、通路の脇道へと逸れてしまう。
「勇者パーティー…………かよ。すっげぇどうでもよかった……道端にドックフード落ちていた時のなんともいえない感じと凄く酷似してる」
はしゃいでしまった自分を恥ずかしく思いながら、鏡は再びダンジョン内を探索し始める。どうして勇者パーティーがこの古の洞窟内に来ているのか、それすらどうでもよく、考えることをしないままに。
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「あの……勇者様、さっき、物凄い速度で何か接近していませんでした?」
対する勇者パーティーで、黄緑色のツインテールをした僧侶の少女が呟く。
「ん? ああ……僕達を恐れたモンスターが途中で逃げたのさ」
「そう……なんでしょうか」
不安げに消えた陰を見送る僧侶の少女とは対照的に、勇者は何も心配はいらないと、倒したブルーデビルから得たドロップアイテム、ブルーデビルの鱗を片手に持ちながら淡々と言い切った。
「それにしても、レックス……だっけ? やるじゃない、こんな簡単にブルーデビルを倒したのは初めてよ」
「当然さ、僕は勇者だよ? ブルーデビルとはいえ、僕と実力者が三人もいれば簡単に倒せる」
次に感心した様子で、三角帽子を被り、魔導士の服を着用した妖艶な色気を放つグラマーな魔法使いが、金髪の勇者、レックスに向かってそう言った。ウェーブの掛かった淡い紫色の髪をしており、なんとも言い難い大人の色気を放っている。
「この程度の相手に、手間どっているようでは困ります。私達の目標は、魔王を討伐し、この世界に平穏を取り戻すことなのですから」
そこで、二人の間に割って入り、藍色で長髪の女性が凛とした態度で言いきる。
「おーおー、随分とはりきっているじゃないお姫様? さっきとは随分雰囲気が違う…………てっきりおとなしい子かと思ってた」
「その呼び方はやめてください。今の私は、あなた方と対等な立場。一人の戦士に過ぎません。先程も申し上げた通り。私のことは神無月=クルル・ヘキサルドリアとお呼びください」
「長いから、クーちゃんって呼ぶわ。あたしのこともパルナって呼び捨ててくれていいから」
めんどくさそうに魔法使いの女性、パルナ・ビオーレはそう言うと、何故かクルルは凛とした表情を崩し、少し嬉しそうに「……クーちゃん」と呟いた。
「あ、あの! 私もクルルさんって、名前呼んでもよろしいでしょうか? も、勿論私のことはティナと呼び捨てていただいて構いません!」
すると、僧侶の女性、ティナ・ビルスも頬を赤くして恥ずかしがりながらもクルルに問いかける。
またもや少し頬を緩ませ、快くクルルは頷くと、ティナもクルルに負けじと満面の笑みを浮かべた。
「それそれ、その表情の方がクーちゃん、可愛いわよ? もっと気を緩めなって」
「そ、そうはいきません! 私は幼少の頃より、父の命で魔王討伐のために準備を重ねてきたのです! この旅は、楽しむためにするのではないのです!」
気を引き締めるためか、クルルは少し頬を膨らませながら、パルナから視線を逸らした。
「あ、あの……どうしてクルルさんは、そんな小さな頃から魔王討伐を目指そうと思ったんですか?」
そんなクルルの様子を見て、ティナがふいに思った疑問をぶつける。
すると、クルルは一瞬だけ暗い表情へと変化するが、すぐに使命感を帯びた凛とした顔を見せた。
「遥か昔……196ヵ国以上はあったとされるこの世界、アースクリアは、魔王とモンスターの出現により、今ではたった3ヵ国しかありません。かつては日本と呼ばれていたこの国、ヘキサルドリアを含めてです。これがどういうことかわかりますか?」
「人が住める環境が小さくなっちゃったわね」
この世界に住む人間であれば誰もが知っている内容を、まるで相手は知らないかのような緊迫した表情で呟くクルルに対し、パルナが鼻で笑いながら答え返す。
「その通りです。魔王がモンスターを率いて私達の住む場所を奪った結果です。私達は取り戻さなければなりません……かつてモンスターに怯えることのなかった世界を! 驚きかもしれませんが……元々はモンスターのいない世界が当然だったのですよ?」
元々王宮育ちなうえ、魔王討伐のためにずっと修行と勉学に勤しんでいたクルルは少し世間知らずだった。このやり取りでそれに勘付いたお姉さん気質のパルナは、この旅が色々と楽しいものになりそうだと妄想を膨らませて卑しい笑みを浮かべる。
「まあ、それはわかったけど、どうして最初の目的地がこのダンジョンなの? 魔王が住む城とは真逆の方向にここはある訳だけど?」
「あ、それ、私も気になりますぅー」
レックスに言われるがままについてきたパルナとティナは、少し慣れ親しんだところで、疑問に思っていたことをレックスに視線を向けて問いかける。
すると、先程から黙ってダンジョン内の壁を調べていたレックスは、二人に視線を返して、ダンジョン内の壁際へと来るように手招きした。
「これを見ろ」
レックスはそう言うと、薄暗いダンジョンの壁を松明で照らし、淡いオレンジ色の光を放つ紋様を指差した。しかし特に変な部分はなく、二人は首を傾げた。
土と瓦礫で作られたこのダンジョン内は、この紋様と苔でびっしりと埋め尽くされており、特別変わりがあるようには思えなかったからだ。
モンスターがいなければ神秘的にも見えるのだろうが、高レベルのモンスターであるブルーデビルがいるここでは、それは恐怖を煽る演出効果にしか見えない。
「この紋様がどうかしたんですか?」
レックスが指差した紋様と、他の紋様との差がわからず、ティナが「んん?」と困ったように唸る。
「このダンジョン内には、王家にしか伝えられていない隠された部屋が存在する。この指差した紋様が続く道を辿ることで、辿り着ける場所にだ」
言われて再度確認すると、レックスが指差した紋様は他の紋様と少しだけ違っており、まるでどこかへと導いているかのように、今まで通ってきた道と、先にある道に点々と存在した。
「へぇー……このダンジョンにそんな仕掛けが、そこには何があるのさ?」
「LV90以上の勇者のみが装備できる……伝説の聖剣。それが眠ってある。今までの勇者が手にしたことのなかった……間違いなく最強の武器だ」
ある程度の物が置いてあるだろうとは思っていたパルナだが、予想外に凄いものが置かれていた事実に、少しだけ面を喰らう。
「今までの勇者が手にしたことのなかったって……どうして王家の連中はそんな凄いものを出し惜しみしていたの? それがあれば魔王だって倒せたかもしれないんでしょ?」
尤もな話に、レックスは苦笑する。
「知っての通り、勇者という役割は稀少だが、一人しか存在しない訳じゃない。いずれ、王家の血筋で勇者となった者のために残していたのだろうな。その勇者が、必ず魔王を倒してくれる保証等ないからな、身内でないと不安だったのだろう」
「じゃあ何でレックスがその情報を知っているの?」
「言ったろ? クルルはこの国の王女だ。王も可愛い娘を死なせたくなかったのさ。快く教えてくれたよ」
クルルに視線を向けてパルナが確認すると、肯定なのかクルルは小さく頷いた。
「今回の魔王討伐は確実なものとなる。勇者と賢者……そして伝説の武器、果たしてやろうじゃないか……誰もが達成したことのない懇願を!」
魔王を自分の手で倒せるという確信があるからか、レックスは笑みを浮かべながらダンジョン内の壁に浮かぶ紋様を追って先へと進む。
それに続いて、クルルは勇者の後を追った。
「私たち……本当にすごいパーティーに入ったのかもしれませんねパルナさん」
想像以上に魔王討伐に対する可能性を感じ、うろたえながらティナは呟く。
「ま、これから面白い旅にはなりそうね。ふふ……今から楽しみだわ」
そして想像以上に、退屈しなさそうなパーティーであることを確信したパルナは、微笑を浮かべてレックスの後を追ってレックスの隣へと並ぶ。
「そういえばレックス、さっき皆で呼び名を決めたのだけど、あなたはレックスでいいのかしら? そもそもフルネームはなんていうの?」
「僕の名前はレックス……それ以外にはない」
だが隣に並ぶも、レックスは逃げるかのように通路の奥へと進んでしまう。
呼び名なんてどうでもいい。真に大事なのは魔王を討伐し、名声と地位を得ることだ。そう、心の中で復唱しながら、レックス・チクビボーイは聖剣のある部屋を目指した。