そんな現実、認めたくないから-2
正直、油機はまだ揺れていた。どうするべきなのか迷っていた。本当に自分のとった選択は間違っていなかったのかと、後悔していた。
だがそれでも、一度知ってしまった絶望を脳裏に過らせるたびに諦めてしまう。これが現実なのだと、抗ってはいけないのだと。
「フローネさん……あなたは一体どこへ?」
来栖のやり方に唯一反対していた一人の女性を思い浮かべ、油機はすがるようにその名を呼ぶ。
彼女は、来栖のやり方を認めようとはせず、双方が手痛い被害を受けるであろう状況を止めるため、来栖の命を繋ぎ止める呪術を鏡にかけることを条件に鏡を説得しに行った。
結果、彼女は戻らなかった。殺されてしまったのかはわからない。だが、そうなることも全て来栖の思い通りだったのだろうと考えると胸が痛んだ。
「なんでこんなに痛くなるんだろう」
その理由はわかっていた。今の自分が間違っている可能性があるからだ。
今までは絶対正しいはず一つに従っていた。でも今回はその限りじゃない。もう非道を繰り返さなくても未来を切り開けるかもしれない。なのに、駄目だった場合を想像して、今までの全てが終わってしまう可能性を恐れて諦めてしまっている。そんな自分に嫌気がした。
もしかしたらを選ばず、絶対の道を選んでしまっている。今まで来栖に従っていたのはどれだけ嫌でもそれしか方法がなかったからなのに、他の方法が見えてもその可能性は低いと、今までの自分を覆せずに諦めてしまっている。
「……確かめなきゃ」
終わりもなく、光も見えない未来を想像して、油機は振り払うように頭を左右に動かすと、「ごめん! これお願い!」とメンテナンスしていた武器を他の者に投げ渡してガーディアンへと向かった。
中に入るや否や、カプセル状の全ての真相を知った者のみが使える専用の転送装置を起動する。
そして油機は、ガーディアンの最下層にあるノアと似た地下施設のさらに下層、古代の文明を感じさせる光を放つ壁に覆われた、牢獄にも似た殺風景な場所へと移動した。
真っ直ぐな通路の両側に、百までの番号が振られた人を収容する檻が広がっており、油機はその中央をゆっくりと進んでいく。
通り過ぎ行く檻の中には、人が誰もいなかった。というのも、ここは元々使われていない場所だったからだ。
本来は全ての事情を知った者を限定とした手に負えない人物を収容する場所だったが、今まで誰もここに入ることはなかった。手に負えないような行動をするだけ、無駄だと誰もが判断したからだ。
そんな牢獄の中央に位置する檻の中に、今は人が収容されている。
「……メリーちゃん」
油機は通路の中央に位置する場所で立ち止まり、悲し気な表情を浮かべる。油機の前にはスキルを封じこめる枷で足を抑えられ、檻の中に閉じ込められたメリーの姿があった。
「油機……お前」
油機の姿に気付くや否や、メリーは視線だけを動かして油機を睨みつける。
言いたいことはたくさんあった。でも感情のままに叫び散らしたところでまともな会話が出来ないのも冷静に理解していた。結局、何から言えばいいのか整理がつかず、メリーは油機の言葉を待ち続ける。
「どうしてここに来たの? メリーちゃんは普通の人間でしょ……ここに来ても役にたたないことくらいわかってたはずでしょ?」
「お前に会いに来たんだよ。話がしたくてな」
「あたしに? 今更、あたしと会って何を話すのさ? ……皆をずっと騙してて、最後には裏切ったんだよ? そのせいでメノウさんだって死んだ。あたしが殺したって言っても過言じゃない」
「言っていることとやっていることが矛盾してるぞ? それならお前……なんでわざわざここに顔を出したんだ?」
考えを見抜いたかのような指摘に、油機は動揺して頬に汗を垂らす。
言葉通り、ここに来たのはメリーと話をするためだった。でも来たくはなかった。きっとメリーは自分のことを怨んでいる、話をしてもきっと罵倒されて、最後には憎しみの籠った顔を向けられて終わりだと思っていたからだ。
それ故に、確認するかのような言葉が自然と出てしまっていた。そうすることでクッションを作り、自分の心を守ろうとしていた。
そして気付かされる。メリーに恨まれていることを確認したがらない自分がいることに。
「確かにメノウはお前が殺したようなもんだ。後ろの牢でお前を睨んでるレックスなんかは許せねえんだろうよ。でも私には関係ない……皆をずっと騙してたってのはムカつくけどな」
気付けば、反対側の牢の中に入れられているレックスも、視線を油機に向けて睨んでいた。メリーの隣の牢に入れられているタカコも、同じように聞き耳をたてている。
しかし、声をあげて怒りをぶつけずに静観しているのは、油機がただ自分たちの様子を敵の目線で見に来たわけではないと理解していたからだ。
「それに知ってたよ。役に立たないことくらい。取って付けたかのようにお前の真似事をして連れて来てもらったけど……この様だ」
「……じゃあどうして」
「あいつなら、何とかしてくれると思ったんだ」
その言葉に、油機は苦虫を潰したかのような表情を浮かべる。メリーの言う「あいつ」が誰を指しているのか、言われるまでもなくわかったからだ。
「言っておくけど過去形じゃないぜ? 今も……何とかしてくれると思ってる。まあ実際、こうやって会えて話せているんだからもう何とかしてもらったって言ってもいいのかな」
「どうしてそんなにあの人のことを信じられるの? 今の状況……わかってる? 1万人の到達者たちがあの人を狙ってる。この食料の確保の難しい極寒の地でだよ⁉」
「知ってるよ。見たくもねえのにご丁寧に映像を垂れ流されてんだから」
「だったらどうして!」
「あいつはそんな状況でも、まだ生きてる」
それを聞いて、油機は何も言えなくなった。その状況でまだ生きているからこそ、油機はこうして今この場にいるからだ。
「さて……こっから私がこんなところにまで来て、お前にどうしても話したかった内容だ」
「……何?」
「だせえ生き方してんじゃねえよ。私たちのところに戻ってこい、それで……今からでも遅くないから、あいつがまだ生きてるうちに……力になってやってくれ」
てっきり裏切ったことを怒るか、どうして自分が来栖に加担するのかを聞くものだと思い込んでいた。だが吐かれた予想外の言葉に、油機は困惑した表情を浮かべる。
「戻ってこい……? 力になってくれ? 何言ってるの……?」
「今更、お前が何を知ったのかとか、どうして来栖に加担するのかとか問い詰めるつもりもねえよ。どうせ聞いても言わないだろうし。聞いてもあれだろ、メリーちゃんにはわからないよ! とか、何も知らないくせに! とか言っちゃうんだろお前」
「どうしてそんなことが言えるの? あたしは皆を裏切ったんだよ? どうして裏切ったのかの理由も知らないのに……なんで?」
「お前がずっと、心底嫌そうな顔をしてるからだよ」
指摘され、油機はハッした表情を浮かべて隠すように顔を左右に振る。
「確かにちょっと今、鏡さんがまだ頑張るもんだからそんな顔をしてたかもしれないけど……!」
「今じゃねえよ。ずっとだよ。ノアでお前が私たちに正体がばれてから……ずっとだ」
気付いていなかったのか、油機は更に動揺した様子で「……うそ」と、言葉を漏らす。
「おじきや、他の奴らも気持ちは同じなんだろうさ。本当はそんなことをしたくはなかったんだろうな。でも、納得はしてた。自分たちのやっていることが正しいと気持ちに整理をつけてた。でもお前だけは違う。納得してなかった……仕方がないからって、ずっと嫌そうな顔をしてた。だせえんだよ、そういうの」




