たった一人-6
それから、一日が経過した。
まだ、ノア全体を照らす照明も灯っていない薄暗さのある明朝。
ツインテールの髪を解いてロングヘアーになっているティナが、トロンとした眼つきでテント内に敷かれた布団からモゾモゾと顔を出し――、
「誰も……消えませんでしたね」
ふにゃふにゃと目の前であぐらをかいて座っていたメノウに告げた。
「早い目覚めなのだな……ティナ殿は」
「元々わたひは……教会の雑務をこなすためにょ……早く起きる習慣を……ちゅけてまひたから」
まだ眠いのか、目元をクシクシとこすりながら、ティナは頭をフラフラと動かし、懸命に身体を起こそうと努める。
「やはり……ノア内部で消しにかかる時は一気に……か」
結果的に、タカコが消えて以降は誰も消えることはなかった。
元々、ノア内部で消しにかかる時は一気に消してくると想定していたメノウだったが、姿も音も気配も消す相手を前に無駄とは思いつつも念のため、二つ支給されていた女性用のテントを繋ぎ合わせて一つにし、その中にレックスとメノウも含めて全員を収容し、休むようにしていた。
「メノウさんも……少し休んだらどうですか?」
「いや、タカコ殿が消えたのは私の責任だ。これくらいやって当然のこと……悠長に休んでなどいられん」
更に念には念を入れて、メノウは寝ずの番を行っていた。だが、それも意味はなく、いたずらに体力だけが失われる。この状況に陥れるのが目的なのだろうかと思ってしまうほどに。
「他のレジスタンスの人が来る前に……皆を起こさないと。ばれたらうるさいでしょうし。ほら、アリスちゃん……起きてくださいよー」
自分もまだ眠いはずなのに、攫われたクルルの隣で呑気に寝ていたという事実がまだ応えているのか、ティナは顔をパンパンと叩いて強引に眠気を飛ばし、隣で寝ていたアリスを揺さぶる。
「ふぃ……鏡……しゃん?」
揺さぶられたアリスは一瞬瞼を開いてトロンとした表情を見せるが、寝言を言うだけですぐさま再び瞼を閉じてしまう。
「夢にまで鏡さんが出るとか、好きすぎでしょう」
「ティナとかは夢に鏡さん出ないの?」
「そりゃ私も……たまには、でます……けど」
「おいおい! それ好きなんじゃねえの⁉ おいおいおーい!」
「っな! 違いますよ! そりゃ夢くらい好きじゃなくても出る……って」
眠っているアリスの頬をプニプニしている最中に煽られ、照れを隠すようにティナが勢いよく背後を振り返る。
するとそこには、何食わぬ顔で部屋の中央で座って干し肉をかじる鏡の姿と、どこから用意したのか湯呑でお茶を飲むピッタと朧丸の姿があった。
「よう。三日ぶり」
「よう。じゃないですよ。急に現れてナチュラルに会話に混ざるのやめてくれませんかね」
「まあ……俺だから」
「なるほど」
鏡のペースに合わせていては会話が始まらない。そう考えてティナは一度、深呼吸をして状況把握に努める。少し広くなったテントの中央に鏡とピッタと朧丸が最初からいたかのように座り、それをメノウは先程と変わらない表情で見ている。
「メノウさん……いるの知ってましたね」
「ん? あ、ああ……知っていた。すまん。考え事をしていて言うのを忘れていた」
それを聞いてティナは大きな溜息を吐く。
「朧丸が透明になれるから驚かせようと思ってな。ほら、起こすのも悪いじゃない?」
悪びれた様子もなく、鏡は干し肉をかじりながらニヤリと笑みを見せた。
ティナにとってそれは、いつもであれば少しイラっとする光景だったが、今に限っては少しだけ頼もしく見えてしまい、少しだけ安心したかのような微笑を浮かべる。
「色々メノウから話は聞いた。大変だったみたいだな」
「大変だったみたいだなって……なんかこう、もうちょっとないんですか?」
何食わぬ表情でアリスの頬をプニプニと突く鏡に、ティナは少しムッとした表情を向ける。
「勿論、ヤバいとは思ってるさ。でもここで深刻そうな表情で唸っていても仕方ないだろ? 少なくとも、メノウの話を聞いた感じだと……まだ殺されてはなさそうだし」
「確証は……ないがな」
「いや、充分さ。むしろその少なすぎる情報で、よくそこまでの答えにありつけたよ。おかげで俺もまだ、……冷静でいられる」
その瞬間、本当は心配に想っているのに、無理して冷静を装っている鏡に気付き、ティナは「……っあ」と、申し訳なさそうな表情で口を噤む。
「鏡さんはこの三日間、何をしていたんですか?」
「そりゃお前……敵の正体を探ったり? 敵の本拠地を探ったりだよ」
「……成果は?」
「0! 何もわからなかったし、見つからなかった」
自信満々の表情でそう言い切った鏡に、「ッハン」と、何の成果もあげれていないのに相変わらずな鏡をティナは嘲笑する。
「その顔をやめろ! 当然だろ? 敵は音も気配も出さずに、しかも朧丸と同じような透明化する能力を持ってるんだぞ⁉ 敵の本拠地はともかく敵の正体なんてそりゃ見つかりっこないって」
「じゃあどうするんですか、何か対策を練らないと……このままじゃ」
「メノウから話を聞いた感じ、正直打つ手なしだな。音も気配も姿も見えない相手からの奇襲だぞ? 防ぎようがない。姿が消えた瞬間に周辺を攻撃するって手段はあるけど、消された仲間を盾にされるし」
「そんな……鏡さんでもどうにもできないんですか?」
「だから今、かなり絶体絶命な状況なんだろ? メノウがずっと頭を抱えてるようにな」
心強く思っていた鏡からのお手上げ宣言は、ティナの表情を曇らせた。ならばこの状況をどうすれば覆せるかなんて、ティナにはまるで思いつかなかったから。
「そう暗い顔するなよ」
だがそれでも、鏡の表情は曇っておらず、鏡はティナの頭をポンッと軽く叩く。
「このまま敵の本拠地を見つけられなかったら俺たちが全員消されるのは間違いない。なら、消される前に見つければいいだけだろ?」
「でも……見つかるでしょうか?」
「さあな。でも……見つからなかった時のための準備だけはしておいた」
「……準備?」
準備と聞いて、メノウが反応を過敏に示す。それがどういうことなのか、まるでわからなかったから。敵の意図もわからず、敵に翻弄され続け、敵の本拠地を見つけられなかったら自分たちは消えるしかない状況下で、見つからなかった時のための準備というのが何なのか、まるでわからなかったから。
「何なのだそれは……鏡殿?」
「それは…………まだ言えない」
しかし返ってきたのは、その理由さえもわからない不可解な黙秘だった。
まるで、本当は伝えたいのに隠しているかのような、実は何かに気付いているかのような感慨深い表情で、鏡はまだ眠る一同の寝顔に視線を向けながら、小さくそうつぶやく。
「鏡殿……諦めたわけじゃあるまいな?」
「まさか? 俺が諦めるわけないだろ? 俺は何があろうと、絶対に諦めない」
不安になったメノウがそう声を掛けるが、鏡はすぐにあっけらかんとした表情で、いつもの頼りがいのある笑顔を見せる。
「まあ安心しろって、とりあえず準備が整ったってことを伝えたかっただけだからさ。だからお前たちの前にこうして姿を見せているわけだしな」
その言葉の意味はわからなかった。準備を終えたから姿を現したという理由も、その言葉を隠す理由もメノウには推測しきることはできなかった。だが――、
「だから……俺を信じろ」
こんなにも心強さを与えてくれる存在を信じないわけがなく、言葉の意味を全て理解することは出来なかったが、メノウは素直に「ああ、わかった」と、微笑を浮かべて頷いてみせた。
ご愛読ありがとうございます!
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ふーみさんの絵が動きまくります!
そしてナレーションはなんと梅原裕一郎さんです!
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