第十二章 それでもただ前へ
「あれは絶対……絶対に鏡さんです!」
多摩川で行われた作戦の失敗後、一同は更に半日をかけて地下施設ノアへと戻った。武器を失い危険は増したが、運良くも危険性の低いモンスターにしか出くわさず、誰一人欠けることなく全員ノアへと無事に帰還した。
だが、遂に訪れた獣牙族を一網打尽にするチャンスを逃したレジスタンスの構成員の一部は、世界を取り戻すのがまた一歩遠ざかったと表情を暗くし、邪魔をしてきたエースへの怒りと憎しみを募らせた。
今回の遠征を行うだけで失った犠牲は大きく、喰人族に殺された者もいる。そんな中、犠牲を払うだけで何も成果をあげられなかったことに対し、一番不甲斐なさを感じているのはバルムンクだった。バルムンクはノアに戻った後、エースに対する怒りをあらわにしながら「次は……必ず!」と壁を殴りつけながら叫ぶと、メリーと油機にタカコ達に用意された部屋への案内を任せて自室のテントへと引き籠った。
その後、メリーと油機にそれぞれタカコ達専用の場所として与えられた女性用のテント二つと男性用のテント一つで固められた場所へと案内され、案内が終わると、メリーと油機は「後でまた呼びに来るから、今は休みな」と、相当疲れていたのかそれだけ告げるとそれ以上何も言わずに自分用のテントへと戻っていった。
そして、残された一同はとりあえず集まって話をしようと、男性用のテントへと集まり、話し声が漏れないようにテントの入り口のドアを閉めると、ずっと言いたくて仕方なかったのか、ティナが声を抑えながら勢いよくフードマントの男は鏡であると主張した。
「あのクソみたいな誤魔化し方は鏡さん以外ありえないです」
「そうね……あの馬鹿丸出しの誤魔化し方は鏡ちゃん以外ありえないわね」
「言い過ぎだよ! ボクが思うに鏡さんはその、多分ユーモアを……あの、うん、やっぱいいや」
ティナの言葉に賛同するかのようにタカコが頷き、あまりの言い草にアリスが一瞬頬を膨らませるが、いままでの鏡の誤魔化し方を思い返して押し黙った。
実際、誤魔化し方は酷かった。誰にも攻撃を仕掛けていないのに「ミナゴロシ」、とってつけたかのような「ニャオン」、対応力のなさが窺える「……ぁ、ぇと」、全てがうさんくさかった。
「でも鏡さん……どうしてあんな場所にいたのでしょうか? まだあれが鏡さんだと決まったわけじゃないですが、獣牙族の少女と行動を共にしていましたし」
「師匠のことだ。魔族の仲をとりもったように、獣牙族とも和平の道を築けるように行動しているんじゃないか?」
心底不思議そうに考えるクルルとは裏腹に、レックスは「あの人がすることなら何も心配などない」と言いたげに腕を組んで微笑を浮かべる。
鏡が何をしようとしているのかの詳細はわからなかったが、何かをしようとしているのは明らかだった。誤魔化してきたということは、少なくとも、今自分の正体がばれるのはまずいという裏付けにはなった。それを察した一同は、フードマントの男は鏡であると感じながらも、何も言わなかった。
「だが、それにしては獣牙族とも仲が悪いように見えたが……苦戦しているのか、それかレックス殿の言っている和平とは違う何かのために行動しているのか……」
顎に手を置いてメノウは小難しそうに考えを巡らせる。だが、今出ている情報だけでは、とても見当はつけられなかった。
「とにかく、鏡ちゃんが生きている可能性が出てきたのなら、鏡ちゃんと直接話して情報の交換をしたいわね。一体どこで何をしているのかしら?」
「でもあいつ、合流する気がないみたいだったじゃない? 小声でもいいからあとで合流しようくらいは言えたでしょ? あいつからこっちに戻ってくる気もなさそうだし……見た感じ、ノアを行き来する昇降路は権限のある人しか動かせないみたいだったし」
ヤレヤレと溜息を吐きながら、パルナはタカコの言葉に横やりを入れる。パルナの言葉通り、昇降路を起動できるのはレジスタンスの中でも一部の者だけだった。例え外で全滅の危機に陥ったとしても、権限持たない者は戻ることが出来ない。それだけ、外への行き来は危険も伴うことを意味していた。喰人族がすぐ近くにまで接近していたのが良い例である。
「鏡さん……ボクたちに会いたくないのかな? 合流しようとか何も言ってくれなかったし……」
その時、合流する気がないかもしれないと聞いて、アリスは目に見えて落ち込んで見せる。するとパルナはやってしまったと言わんばかりに慌てふためき、慌ててアリスを励ますかのように手をわたわたと動かし始めた。
「あーほら、あいつのことだから、また予想外にひょこっと出てくるわよ。ほら、あんたの顔見てちょっとだけ動揺していたようにも見えたし」
明らかな言葉の付け足しに、思わずクルルとティナは微笑ましくなってクスッと笑う。その光景を見て、レックスが気難しそうな顔を浮かべながらポンッとパルナの肩を叩くと――、
「パルナお前……、合流してからずっと思っていたが面倒見がよすぎないか? 本当にお前はパルナか? あまり面倒見が良すぎてもアリスの母親と誤解されて婚期を逃すぞ?」
「あんたはデリカシーがなくなったわね」
そう言って怪訝な視線をパルナにぶつけ、逆に冷たい視線を返される。
「おーい、さっそくお仕事だよーって……なんで皆男性用のテントに集まってるの?」
その時、出て行ってから十数分もしないうちにテントのドアを開けて油機が再び顔を出した。
「随分と戻ってくるのが速いのね、レジスタンスは休む暇もないくらい忙しいのかしら?」
「いやー本当はゆっくりと休んでもらおうと思ってたし、私たちも休みたかったんだけどさ……どうしても外せない仕事を忘れてて……今日は私たちが担当ってのをすっかり忘れてて」
油機は申し訳なさそうに頭に手を置くと、仕事の内容を説明するかのように「こちら!」と言ってドアの前から移動し、油機の背後に隠れていたメリーの姿を見せる。
するとそこには、食材の詰まった大きな鍋を持った、愛らしい四葉のクローバーの刺繍が入ったエプロンと三角頭巾を着用したメリーの姿があった。
「……ご飯の準備だ。手伝え」
鼻息をふんっと吹かして、やる気満々の様子でメリーはそう言った。




