終わりの見えない道-23
それから半日をかけて一同は旧渋谷区の先にある場所へと、老人や子供を連れ歩いているが故に遅く移動している獣牙族よりも早く移動を行った。途中、何度かモンスターに襲われたが、襲い掛かってきたモンスターに喰人族のような危険性はなく、そのほとんどを前衛部隊の数名とタカコとレックスで倒してしまう。
そして、青い快晴の空が橙色に変わり、あと一時間もすれば日が沈むであろう頃に一同は獣牙族が通るであろう目的地へと辿り着いた。
「到着だ! 全員準備にかかれ!」
到着した場所はアースの者から旧多摩川と呼ばれている川だった。大河と呼ぶには狭く、そのまま通るには水位が深く、流れも速い。
若い獣牙族だけなら難なく通り抜けられる川だが、獣牙族の中には足腰が弱った老いた者や、まだ力を持たない幼い者もいる。そして、住んでいた土地から逃げてきた獣牙族は普段連れ歩かないそういった者達を率いて移動を行っているため、進行方向からしても必ず橋の掛かっている地点を通るだろうとバルムンクは予想していた。
「予定通り、獣牙族より早く先回りできたな……ここからが本番だ」
バルムンクはそう言うと、ピりついた空気を纏わせる。
元々、ここ周辺以外にも多くの地点に石橋は掛かっていたが、大昔にあった戦いの影響でそのほとんどが崩れ去っていた。それ故に、石橋を渡ろうと思えばこの地点か、他の遠く離れた地点にしかなく、獣牙族が向かって移動している進行方向的にもここ以外にないとバルムンクは予想している。
「あれって……何を仕掛けてるんだろ?」
石橋を渡り終えるであろう少し手前の場所で上と下とで二手に分かれ、せっせと罠を仕掛けるレジスタンスの構成員達を見て素朴な疑問をアリスは抱く。
「橋に仕掛けてるのは爆薬さ、通ったときに起爆させて連中を一気に川の中へと叩き落とす。川の中には身動きがとれないよう一時的な麻痺を引き起こす電磁ネットを仕掛けてる。奴らがまんまと罠に引っ掛かった瞬間に私達後衛部隊が一斉に攻撃を仕掛けるのさ。渡り終える地点に仕掛けてるのは、下で待機する私達が万が一失敗した時に地下施設の方向に逃げやすくするためだ」
すると、腰元の小銃ではなく背負っていた長銃を片手に持ったメリーがアリスの横に並んでそう解説をする。
「奴らは普段、未然に防ぐための警戒心が強いせいか、警戒をくぐりぬけた後の突然のアクシデントへの対応に弱い。罠にまで誘導できれば……簡単に始末出来るはずだ」
「その警戒は……今回の作戦ではくぐり抜けられるんですか?」
この場にいるレジスタンスの構成員は自分達を合わせても数十人規模に至る。獣牙族の特性を聞く限り、その数を誤魔化しきるのはさすがに無理なのではないかと、クルルは不安を言葉にした。
「確かにあいつらは五感を駆使して相手の位置を簡単に割り当てるからこっちが攻め入る場合は厄介だ。でも、こっちが動く必要がないなら話は別だ」
「どうしてですか?」
アリスとクルルが合わせて首を傾げると、背後から油機が「これこれ」と言って、一つの球体状のディグダーを二人に見せつける。
「ほら、喰人族に襲われた場所に外からは見えないバリアがあったでしょ? あれを発生させる持ち運び用のディグダーがこれ。橋の下でそれを展開して待機しておけば万が一にも視覚的には見えないでしょ? 臭いとかは川の水が誤魔化してくれるし、後は息を殺して音を出さないように待つだけ。獣牙族が橋の上を通ったかどうかの位置確認は、設置したカメラっていうディグダーを通してこのにモニターっていうディグダーに映すんだよ!」
油機は目を輝かせながら両手に持ったディグダーをアリスとクルルに見せつける。二人はぐいぐいと顔を近付けてディグダーの良さを訴えかけてくる油機に気圧されながら「へ、へぇー」と、適当に相槌をうつが、するとそのまま、どういう仕組みで作られているかまでの解説まで始まってしまい、アリスとクルルは思わず目を点にしてしまう。
「おいディグダーオタク、時間がないんだ。解説はいいから魔力銃器の点検してくれ。万が一の時に狙いを外さないようにな」
「っと……そうだったごめんごめん。それじゃあ大事な形見、預からせてもらうね」
その時、『形見』という言葉を聞いてクルルは何かに気付いたかのように悲し気な表情を浮かべ、少し離れた場所で罠の設置を手伝うタカコ達の中に混ざるパルナへと視線を向けた。
メリーは今年で14歳と言っていた。なのに、まるでずっと昔から戦っていたかのような扱いをレジスタンスの連中から受けている。その理由がクルルにはわかったような気がした。
「何しみったれた顔してるんだ? まさか、怖気づいたんじゃないよな?」
「メリーちゃんはその……怖くないんですか?」
「ああ? マジで怖気づいたのか? ……ていうかちゃん付けするな! 怖いわけないだろ今更……! 一体何年戦ってると思ってんだ」
メリーは呆れたかのように答え返すと、腰元に入れてあった小さな魔力銃器を取り出し、メリーは油機がやっているように手入れをし始める。
「あれ? 自分でも出来るの? 凄いねメリーさん、戦えるしそういうのも出来るんだね!」
もの珍しそうにそれを覗きながらアリスが問いただすと、メリーは少し気恥ずかしそうに頬を紅潮させながら視線を逸らす。
「自分の武器くらいは手入れできるようにするさ、油機に任せた長物も一応出来るけど……あいつに任せた方が確実だし早いからな」
そう言ってメリーが「ほら見ろ」と油機を指差すと、さっき始めたばかりなのにも関わらず、既に銃がパーツ毎に解体されて点検を行っていた。
「さっき……怖くねえって言ったけど、敵に近付かれたらそりゃ怖いさ。喰人族みたいな連中が現れるとやべえってどうしても焦っちまう。……で? それがどうかしたのか?」
「メリーちゃんはアースの人間です。なのに……どうして戦おうと思ったのかが気になって」
「そんなの決まってんじゃねえか」
そう言って、メリーは今しがた点検の終えた小さな魔力銃器をガチャリとスライドさせ、目の色を変えて銃口を鋭く睨みつけると――、
「あんな退屈で狭い地下にいても何も始まらねえ。世界を取り戻してやりたいことが山ほどあるんだ。でも今は戦う以外に前へ進む手段はねえ……だから私は恐れない、敵が近付いて恐怖を抱く前に撃ち落とす。絶対に殺す」
齢14歳とは思えないほどの殺気の籠った眼差しに、クルルは思わずたじろいでしまう。そして、戦いが始まる直前であるのに一切の動揺を見せないメリーを見て、今まで多くの命をその手で葬ってきたのだろうと直感的に感じた。
でもそれは、パルナのような復讐に燃えたものではなく、ただ一点の目的に向かって突き進む戦士のような猛々しさに似たもので、自分が考えている以上にメリーの過去は複雑なのだろうとクルルは思いなおす。
「ほい、メリーちゃん出来たよ!」
メリーが腰元のホルダーに小さな魔力銃器をしまうと同時に、油機がぽいっと預けていた魔力銃器をメリーに投げ渡した。
「さすが、早いな」
投げ渡された魔力銃器をメリーは片手で掴み取ると、信用しているのか確認もせずにそのまま背中へと魔力銃器を戻す。
「まあそんなに時間もないし、罠の設置も終わったみたいだしね」
油機がくいっと親指を、罠を設置していた者達へと向ける。指先を追うと、言葉通り罠の設置を終えてぞろぞろと待機地点へと移動するレジスタンスの構成員と、タカコ達の姿があった。
その途中、メノウとパルナがアリス達に気付いて傍へと駆け寄り、一仕事を終えて疲れを見せる二人に
「メノウもパルナさんもお疲れさま!」と、アリスは満面の笑みを浮かべながら迎え入れた。
「以外と早く終わったわ。皆手際がいいのなんのって、メノウも珍しく積極的に取り組んでたし」
「出来ることがあるのであれば協力するのは当然であろう? ここはアースクリアとは事情が違うのだ……生き残るために最善は尽くすさ」
まるで当然だとでも言うように、メノウは腕を組んで溜息をはく。そんなメノウを見て、アリスはどこか悲し気な乾いた笑みを浮かべて「……お疲れさま」と再度小さくつぶやいた。
それから一同は作戦通り、渡り始めとなる石橋の下へと一箇所になって集まり、ステルス迷彩によるバリアを周囲に展開させて息を潜めて獣牙族が来るのを待った。
「……来た」
そして、待機してから一時間が経過した時、晴れていた空が突如曇って雨が降り注ぐ共に、まるで雨雲と行動を共にしているかのように獣牙族の一団が狙い通り姿を現す。




