向き合うこと、それが始まり-16
「この世界の仕組みを崩せる唯一の方法として、1万ゴールドを集めればいいのを知ったとき、俺はすっげぇ喜んだ。ようやくこの世界の仕組みを作った神をぶっ飛ばす目標に少し近付けるって、カジノなんか作って守銭奴みたいなことしてた」
そしてそう言いながらも鏡は、全身に受けているはずのダメージで強張らせた表情を崩すことなく、何度も何度もバリアに向かって拳を打ち付ける。
「でも、本当に大事なのはお金じゃないって、とある場所に行って、この世界の仕組みの一部を知って……ようやく気付けたんだ。結局それも、この世界の仕組みに従った行動をしているだけで、何も変わらないんだって。……正直、気付くのが遅すぎたよ」
鏡には、そんな台詞を吐いている余裕なんて一つもないはずで、身体が耐えられるダメージの限界はとうに超えているはずだった。なのにも関わらず、鏡は怯むことなく拳をバリアへと打ち突ける。激しい衝突音と肉が裂けるような鈍い音を放ちながら。
「俺はどこかで勘違いしていた。この世界の仕組みを守ったうえで少しずつ変えようとしてた。でも、それじゃあ駄目だって気付いたんだ。その仕組みが間違っていると思ったなら……それに面と向かって立ち向かわないと相手には何も響かない。何も現実は変わらない。 その常識を不満に思っていながら、一番それに囚われて何も行動せずにいたのは……俺だったんだよ」
その瞬間、衝撃を反動にして返すバリアにかすかにヒビが生じ始める。それが、一体どれ程ありえない異常な事態がを一番よく理解していた王は、恐怖にも似た驚愕の表情を浮かべた。
ヒビが入ったといえど、まだ割れていない。既に鏡の身体は見るも無残な姿になっていた。恐らく後数発も殴れば、確実に死んでしまうと理解できる程に。だがそれでも立ち向かおうとする鏡の異常さに、王は初めて畏怖という感覚を味わった。
「逃げていても……何も始まらない」
腕の肉は裂け、血で肌の色が変わるほどに傷ついた身体。想像するだけで絶望する程の痛みに襲われているにも関わらず、それでも鏡は拳をバリアへと打ち突ける。
「だから俺は、もう逃げない。あんた達に向き合って。こんなのは間違っているって伝えにきた。この世界の仕組みを……この世界のくそみたいな常識を……俺がッ!」
そして、その言葉が放たれると同時に鏡の拳が仄かな橙色の輝きで覆われる。そして、ボロボロになった身体で、これが最後の一撃と言わんばかりに力を溜めて腰を落とすと――、
「ぶっ壊す!」
鏡の拳から放たれた最後の一撃の反動は跳ね返ることなく、拳から発生した衝撃波がバリアの奥先にまで貫通し、思わず仰け反ってしまう程の爆風を発生させてバリアを破壊した。
「こんなことが……ありえるのか? ……だが、ここ程の強度ではないといえど、クルルのいる別塔にもバリアは存在する。そのボロボロの拳ではもはや破れぬであろう……凄まじい気迫と執念ではあったが、後一歩足りなかったな」
不可能を可能に変えた。その事実に、王は心臓の高鳴りを確かに感じた。だが、それでも限界は必ず訪れる。それを目の当たりにして、少し残念そうな表情を浮かべながらそうつぶやく。
そしてそれは言葉通りだった。もはや、鏡の拳に、何かを殴りつけられる程の強度は残されておらず、バリアによる反動をあと一発でもくらえば死んでしまう程にふらついてた。鏡にはもう、とても別塔のバリアを破壊する程の力は残されていない。
時間が経てばスキルの力で回復するだろう。だがクルルの洗脳が完了するまでに、それを待っているだけの時間も残されていなかった。
「鏡殿! もう時間が……!」
「メノウ! 今すぐありったけの魔力を込めてお前が使える最強の魔法を俺に向かって撃て!」
「な……そんなことをすれば鏡殿が!」
クルルの洗脳が完了するまで、もう十数秒の時間も残されていない。メノウもそれはわかっていながらも、今にも倒れそうな鏡に向けて攻撃を放つなんてことはできなかった。既に鏡は、自分が放つ攻撃を受けるだけでも、死んでしまいそうな程に弱っていたから。
「いいから早く! 俺を……仲間を信じろ!」
だが、かつてない程に真剣な表情で懇願する鏡の表情を見て、ここで魔法を放たなければ一生後悔するような悪寒にメノウは襲われる。だからメノウは鏡の言葉を信じ、ありったけの魔力を込めた爆破魔法を手元に込め、レックスによって抑えつけられて動けない身体をなんとか腕だけを伸ばし、鏡に向けて放った。
すると鏡は、「それでいい」と微笑を浮かべながらつぶやき――、
「こんなボロボロな状態でもな……やれることは、まだ……残ってんだよ!」
そう言って、メノウから放たれた爆破魔法が込められた魔力の塊を、そのボロボロの拳で打ち返すように全力で殴りつけた。
すると、爆破魔法が込められた魔力の塊は爆発することなく、鏡の拳とぶつかる。
「な……爆発しない?」
何が起きているのかメノウにはさっぱりわからなかった。だがすぐに、鏡の必死な形相から、飛んできた魔法を拳で打ち返そうとしているのであると気付く。
その証拠に、メノウが放った魔力の塊は徐々に、その軌道を別塔へと変えて行った。
「使えないスキルも……併せて使えば……っ!」
鏡はそう言うと視線を別塔へと向ける。そして、かつてエステラーが言っていた『村人のスキルは使えないものが多い』という言葉を思い出しながら、鏡は残された全ての力を、その一撃へと注ぎ込んだ。
「村人のスキル……舐めんなぁぁあああああああああ!」
鏡が持つスキルの結晶。まず、『反撃の意志』により、メノウが放った魔法を自分の殴打による勢いと力をプラスさせて別塔へと向けて跳ね返す、更に撃ちだす瞬間、鏡はメノウの魔法を指で弾いた。
『スーパーフィンガー』、『ハイパーフィンガー』、『ウルトラフィンガー』の力により殴打で増した勢いが更にプラスされ、『ミラクルフィンガー』の力により手をこれ以上痛めることなく、『パーフェクトフィンガー』の力により狙いが正確になり、通り過ぎた後の空間が歪む程の勢いでメノウの魔力の塊は別塔へと飛んだ。
制限解除をした鏡が、他人の力を利用して指弾きをすることによってようやく放てる、村人である鏡にしか使うことの出来ない究極の威力を誇る遠距離攻撃。
常識破りの一撃
そしてそれは、勢いを止めることなくバリアを破壊し、そのまま別塔を粉砕すると、そのまま着弾による爆発を起こさないまま、空気を切り裂くようにしてそのまま空へと消え去った。