向き合うこと、それが始まり-2
「待っててください! 今すぐ回復魔法を!」
「ぼ、ボクも手伝うよ!」
すっかり青冷めているのを見て、すぐさまそう言ってティナとアリスがデビッドの元へと飛び出す。すると、二人は手元に温かみのある仄かな光を灯し、デビッドの傷を癒し始めた。
「あれ? アリスたん、回復魔法覚えたの?」
「うん。いざという時に鏡さんの役に立ちたくて……クルルさんと、ティナさんと、デビッドさんに協力してもらって覚えたんだ」
暫く見ない間に成長遂げていたアリスを見て、鏡は微笑を浮かべ、「そうか……可愛いやつめ」とつぶやいた。
「ほっほっほ……何か役に立ちたいと一生懸命頑張っておられましたからなぁ、鏡様にその時の頑張りをお見せしたかった程です」
覇気のない声色でデビッドがそうつぶやくと、鏡は、「見なくてもわかるよ」と、満足そうな表情でそう言った。鏡は、魔族の特性をよく知っている。身体能力も、攻撃魔法も人間と比べて段違いに強い代わりに、回復魔法を使える適正が低い。
適正が低い魔法を覚えようと思えば、相当な努力と、使いたいという意志がなければ覚えることはできない。それを考えれば、アリスがどれだけ頑張ったのかは一目瞭然だった。
「それよりデビッドさん。どうしてここに? あの後どうなったの?」
「すみませんタカコ様……レックス様とクルル様をお助けすることはかなわず……逃げて参りました。捕まれば完全に身動きが取れなくなってしまう。それだけは避けたかったのです」
「いえ……よく無事で。とても心配したのよ?」
タカコはそう言うと、潤んだ瞳でデビッドの手を取った。対するデビッドは治療中にも関わらず、ダメージを負っているかのように額に汗を浮かばせる。
「……私が逃げられたのは恐らく、私に用がなかったからです」
「どういうこと?」
「元々、王国の連中はアリス様が魔族であるということをダシに、レックス様とクルル様を連れ戻すのが一番の目的だった……可能性があります」
それを聞いて、一同は困惑した表情を浮かべる。レックスとクルルを連れ戻す理由はわかるが、二人を連れ戻せさえすれば、デビッドや他を見逃してもよい理由がわからなかった。
「それで……教えてくれ、どうして協定を結ぶことが出来ないんだ?」
そこで、鏡は一から話を整理しようと、デビッドへそう問いただす。
「それは……王自身に問題があるからです」
「王様が?」
「はい、王は……魔族を滅ぼすことに固執しております。まるで、それが使命とでも言いたいかのように、魔族を……魔王を倒すことに全てを捧げておられるのです」
「そんなの、敵対した関係が続いてるんだから当然だろう? 仮にも人間を代表する王だし」
「鏡様はわかっておりません。あの方の魔族を……魔王を倒そうとする執念は異常なのです」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「……クルル様です」
そこまで聞いて、鏡とタカコは納得した表情で各々「……なるほどな」とつぶやいた。
そんな二人を見て、まだよくわかっていないティナが交互にタカコと鏡の顔を見ながら、「えっ? えっ?」と声をあげる。
「た、タカコさんと鏡さんは今ので何をを納得したんですか? どういうことなんですか?」
「いや、クルルって王女だろ? いくら賢者に生まれたからって、魔王と戦わせるために育てたりしないだろ普通。結構世間知らずだったし、最初会ったとき……妙にアリスが魔族であるかどうか口うるさく聞いてきたし」
それを聞いて、ティナは思い当たるふしがあるのか、「……あ」とつぶやいて納得した表情を見せた。少なくともクルルは最初、魔王を倒すの目標にしすぎて、不要な馴れ合いを避けようとしていた。今のクルルからは想像できない程に。
鏡という存在と出会って、変化が速く訪れたためすっかり忘れていたが、クルルは最初、どこか冷たい印象があった。
「鏡様のおっしゃる通りでございます。王は……魔王を倒すという目的のためならば、ご息女すらも戦わせようとする程に……魔族を敵視しておられるのです」
その言葉で、メノウとアリスは表情を曇らせる。
「……我々が一体、何をしたというのだ?」
「……お父さん」
そんな二人の暗い表情を見て、魔王はアリスの頭を優しく撫でると、少し悲し気な表情を浮かべながらそうつぶやいた。
「全部……この糞みたいな仕組みが悪いんだ」
そして、鏡はそう言うと王都へと視線を向けた。仕組みが悪いならば壊せばいい。そう考えて。
「お願いします……鏡様。王との協定は先程も申した通り、恐らく失敗するでしょう。ですが、クルル様だけは……クルル様だけはお救いして欲しい」
その時、執拗に焦った表情でそう懇願するデビッドが変に思い、鏡は顔を歪ませる。
「どうしてだ? 殺されるわけじゃないんだろう?」
「きっとクルル様はまた、笑わなくなるでしょう」
「笑わなくなる?」
「昔の話です。私がまだクルル様にお仕えして間もない頃、クルル様はよく笑うお方でした。自分よりも他人を優先して気遣える……ちょうど今のアリス様のようにお優しい方でした」
デビッドはそう言うとアリスを見つめた。まるで、昔のクルルを見ているかのような無垢な笑顔に、どれだけ安心させられただろうか? だからこそデビッドは、魔族であろうと関係ないということに気付けたのかもしれない。
そしてそれと同時に、その笑顔がもう二度と見れなくなるかもしれないという危機に、デビッドは恐怖していた。