替えの利くこと利かないこと
ビュンビュン!ビュビュビュン!ビュルルルルン!風を切る音が耳に心地いい。俺は下り坂をノーブレーキで突っ走る。気分は競輪選手だ。いや、競輪では坂なんて走らないんだろうけど。でも、気分は競輪選手なのだ。
俺は調子に乗ってペダルをブン回す。サイコンは80kmを示した。そのままの速度でゴールライン(停止線)を突っ切る。
その直後、脇道から飛び出してきたババアに激突。クラッシュ!俺は車体から投げ出され、空中で一回転した後、地面に叩きつけられた。脳裏に走馬灯がよぎったが、幸いにも打ち所が良く、右腕の前腕部を擦りむいただけで済んだようだった。
俺はゆっくりと起き上がり、血の滴る腕を庇いながら、地面に伏したババアに近寄った。
ババアは側頭部を強く打ちつけて大出血をしていた。流れ出た血がアスファルトの上に血だまりを作っている。
俺はババアに呼びかけてみる。が、ババアの間抜けに開いた目ん玉と口はちっとも動こうとしない。
何だか馬鹿にされているようで腹が立ったので、横腹に蹴りを入れた。ババアはゴロンと転がって仰向けになる。
割と強めに蹴ったのにババアは表情を変えるどころか体をピクリともさせない。あー、やっちゃったかな、なんて思って脈を取ろうと思うのだけど、ババアの腕はしわくちゃで、黒ずんでて、おまけにシミが浮いてるから、キンタマ袋を連想してしまい触るのが躊躇われた。
どうしようかな?どうしようかな?なにぬねの。なんて考えてたら、どっかの誰かが通報したらしく、おまわりさんがやってくる。でも、犬じゃない。残念に思う。俺は『犬のおまわりさん』が大嫌いだったのだ。あのわんわんわわんと鳴く事しか出来ない駄犬に文句を付けてやりたかったのに。
そんな取り留めもない事を考える俺をおまわりさんがパトカーに押し込む。俺が愉快な白黒パンダカーの後部座席に収まった時に、改造ワンボックス(騒音カスタム)が気が狂ったみたいな音を立てながらやってきた。ピーポーピーポー。
どうか助かってほしい。あんな干からびた梅干しみたいのに金を払うのはゴメンだ。あれ?よく考えたら生きてても怪我してるんだからどうせ金払わなきゃなんないよな。でもまあいいか、生きるか死ぬかなら生きてる方がいいもんな。俺は優しいから手を合わせて、ナムアビダブツナムアビダブツ、唱える。
間違えた。
俺はその後、警察署まで連れて行かれる。ネクタイがユルユルでみるからにやる気のなさそーな警官が出てきて、事故前後の状況とか俺の住所とか名前とかを聞かれる。俺は概ね正確に答える。
数時間の拘束の後に解放された。外はすっかり日が落ちて暗くなっていた。腹減った。かつ丼食いたい。
数日後、スーパーのチラシの裏を使って書かれた損害賠償請求書(しかもみみずののたくったような字で書かれていた)が届いた。
俺は真っ先に賠償請求の明細を見る
1)クローン体作成費 50000円
2)クローン体成長加速装置使用費 30000円
3)クローン体記憶復元装置使用費 30000円
4)慰謝料 10000円
以上
たっけえ。死ね。