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2.救援要請

「どうか旅人様、私たちに知恵を御貸しください」


 佐竹守は戸惑っていた。高橋レナはゲンナリしている。佐竹夏美は「う~ん、どうしましょう」と緊張感がない。助けを求めてきたのは金髪碧眼の美少女という漫画かゲームの住民。室内はアンティーク調の高級家具に負けない趣のある品々で彩られている。少女の隣には執事が、周りには立派な甲冑を着込んだ騎士たちがいた。

 なぜ、こんなことになったのだろうか。特に悪いことをしたつもりはなかった。学校生活は順調だったし、私生活も問題ない。普通に高校を卒業し、大学へ行き、できれば良い会社に就職し、いつか結婚するだろうと思っていた。平和な学園生活から続く平和な物語が続ければいいと思っていた。

 現実は時に想像を超える。自分たちはよく知っている場所からよく知っている事象を経て想像したこともないことに巻き込まれようとしていた。守はわずか三時間前を回想する。


 神社で話していたはずの三人だったが、気が付いたら草原にいた。移動は一瞬だった。まるで漫画のページをめくるようにエフェクトも何もなく風景が一変したのである。会話の途中だったら気付かなかったかもしれない。


「えーと・・・」


 二の句が出せないレナ。夏美は「あらら・・・」と相変わらず口調はのん気だ。守は以外に冷静な自分に驚いた。放心したり慌てふためくのが普通かもしれないが、案外近々の身の危険がなければ人間落ち着ついているのかもしれない。

まずは周りを見渡す。一面草原であるが所どころに湖が点在している。太陽は自分が知っているものよりやや赤い。陽は高く日本であれば午前十一時くらいであろうか。その太陽の下に山脈が見える。その反対側には目測で五キロほど先に城郭のある立派な街があった。明らかに日本ではない。草原だけなら北海道にあるだろうが、あんな中世風のテーマパークはさすがに知らない。大陸なら似たような風景はあるだろう。ここは某将軍様の国で拉致されましたということもあるかもしれない。

 しかし、自分たちがいた所は「あの」幸山神社である。すぐに神隠しに遭ってしまったと結論を出す。


「やっべぇ・・・本当にあったよ、神隠し」


 守の言葉に血の気が引いていくレナ。


「冗談はやめてよ。誰かに連絡を取りましょ!!」


 レナはスマートフォンを取り出すが直ぐにその手は震えだした。理由は聞かずとも明らかだった。なにかブツブツと一人ごとのように喋っているが、そっとしておくことにした。


「どうしましょう」

「うーん、とりあえず私たちだけじゃどうしようもないわね。ここか何処だかもわからないし、あそこに街が見えるからそこに行きましょう。車もあることだし」


 まだブツブツ言っているレナを車に乗せ、街に向かって出発することにした。塗装されていない草原でも走れるものだった。スピーカーからは夏美が好きな東方神起の曲が流れている。曲のチョイスはあまりに場違いだが、レナも次第に落ち着きを取り戻す。


「ここ、ほんとに異世界なのかな?ヨーロッパか中東のどこかじゃない?」

「レナさんよ。落ち着いたはいいが、現実をみなよ。俺たちは幸山神社にいたんだぜ。どう考えても神隠しにあったんだよ。行き先がこんな所とは思わなかったけど」

「・・・そうね。でも本当に綺麗なとこ。旅行だったらどんなに良いか」


 以外に適応力があるのか早くも笑みが漏れている。穏やかな空気を楽しむ余裕もすぐになるなる。


「だれかきた!」


 いつもは緊張感のない穏やかな口調の夏美が久々に鋭い声をあげる。目先には中世ヨーロッパよろしくの甲冑を着込んだ騎士がいた。しかも十人以上であっという間に囲まれて、さらに剣を向けられている。


「ほ、本当に旅行だったらどんなに良いか・・・」声が上ずる守。

「に、逃げられそう?」

「舗装されて道路ならともかく、草原なら無理っぽいかもね。馬もいるし。ここは白旗かな~?」


「ちょっと話してみるね」と車外に出る。穏やかな叔母がここまで度胸が据わっているとは思っていなかった。


「夏美さん!!」


 二人の制止を振り切り両手を上げながら騎士にゆっくり近づく。日本人が外国人に相対する特有の苦笑いで「こんにちは」「hello」と挨拶する。


「通じないっぽい」


 当たり前だ、とつっこみを入れる。

 騎士は何かを話していたが、言葉が通じないとわかるとジェスチャーに切り替え、両手を頭の上に乗せるように促し身体検査を始めた。夏美は豊かな胸と肢体を触られ「ん」と色っぽい声を上げるが、騎士は構わず全身を検査する。武器を持っていないことが確かめられると両手はお縄となった。


「えーと、捕まっちゃった」


 夏美の言い様と仕草は妙にエロティックだった。騎士の誰かの生唾が飲む音が聞こえた。緊張していた空気が弛緩し、しばしの時が流れる。

夏美をお縄にした騎士が咳払いをし、レナと守にも車外に出るように促した。この状況ではもはや悪あがきはできない。二人は諦めて捕まることになった。

 

 こうして三人は街の営倉と思われる場所へ連行されたのだが、二時間ほどしてから立派な屋敷に連れて行かれることになった。そして件の少女より助けを乞われているのであった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お嬢様、いくら時間がないとはいえ、いきなりそう申されましても彼らは何も知らないのです。最初から順を追って説明せねば。自己紹介もまだです。」

「そ、そうでした。名乗りもせずに失礼しました。

はじめまして、私はイリカ・レイブンと申します。このレイブン伯領の当主代行です。」

「はじめまして。佐竹夏美です」

「高橋レナです」

「佐竹守です。日本語が話せるのですね」


 守は挨拶がてら最もな疑問を口にした。


「私が日本語を話せることについて後ほどご説明します。まず、最初にお伝えしておくことがあります。もうお気づきかもしれませんが、ここは貴方がたの世界ではありません。俗な言い方をすれば異世界というものです」


 イリカの言葉に改めてレナは盛大なため息を吐く。


「この世界は私たちは「アガルタ」と呼んでいます。ここは中央大陸西方にあるマールバラ王国です。レイブン伯領は王国の最も東に位置しています。今、この王国に危機が迫っているのです。残虐な東方騎馬民族が西方諸王国軍の防衛線を破りました。十日もしない間にここに進軍してくるでしょう」


 情熱的に語りかけてくるイリカと違って三人はまだ他人事のような風だった。

レナは尋ねる。


「あの、イリカさん。事情はなんとなくわかりましたが、どうして私たちに助けを求めるのでしょうか?私たちは日本では一般人で、軍や警察に勤めているわけじゃありません。ご期待に添えることはできないと思いますが」

「そんなことはありません。今まで、私たちは何度も日本人の方々に助けられてきました。最初に日本人を保護したのが当時商人だったレスター家でした。その方は素晴らしい知識を持ち合わせており、レスター家は彼の知恵を借りて発展を遂げました。その後も草原周辺で幾人か発見し、彼らより恩恵を受けました。様々な功績により四〇年前、ここグランチェを統治することになり、断絶していたレイブン伯の家名を継ぐことになりました。私たちレイブン家は今後も日本人が訪れると見込み、日本語を幼少より習っているのです。今まで記録では皆お一人で来られています。三人も訪れるなんて初めてです。どうかその素晴らしい知恵をお貸しください」


 守は嘆息する。なるほど、彼女は日本人の知識チートを期待しているようだった。電気もないようなこの世界では現代文明は魔法のように見えたに違いない。しかし、どちらにしても期待にこたえられそうもない。


「あの、敵の戦力はどれくらいですか?」


 イリカは控えていた執事に答えを促す。彼も流暢な日本語だった。


「はい、報告によれば五万程とのことです」

「こちらの戦力は?」

「五千以上は確保できます」


「ぶっ」と思わず噴き出す。銃でももっていない限り十倍の戦力差をひっくり返せるとは思わなかった。

 街を捨てて逃げるという方法は?と諭すが、どうやら諸々の事情で現実的でない説明がなされた。どちらにしても守たちがいなくても籠城は決まっていたようなので「ここは何かアドバイスを」の程度かもしれないが、期待値が高すぎて中々の重圧であった。

 平穏に済めば一番よかった。守が知る限り戦争の勝者側が多くの利益を得られるのはせいぜい十九世紀ぐらいまでのものだ。現代人の価値観では戦争とは悲惨と徒労の混合物であるはずだった。戦いでヒーローになる時代は遠い過去のもの。平和な時代には人々は映画やゲーム、小説を自分に置き換え刺激を求めるが、それこそ物語だけのはずだった。こうして現実に向き合う覚悟はできていない。

 自分はヒーローになれるのだろうか?

 

 絶対無理だ。ただの高校生にできるはずはない。

 丁重なお断りの返事をするつもりだった。脇の二人にも宛などないはずだ。しかし、レナの言葉に思わず考えを改める。


「ねぇ、守君。あれが使えるんじゃない?」

「あれって?」

「ほら、スマホの百科事典よ。ネットがなくても使えるんでしょ?」


 百科事典。現代文明の知の集大成。項目は全言語で四百万。日本語版は百万近くになる。武器や兵器、戦術や戦争についての項目も豊富なはずだ。


「なんとかなるかもしれません」


 思わずそう口走ってしまった。


「え~!!すごい!!なんとかなるの?」


 夏美の言葉に思わず身体ごと倒れる守であった。


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