8.捕虜からお客様へ
皇帝が使っているものと同じくらい大きなゲルに集められた佐竹光一、ヒカリ、高橋茂は、三日ぶりというのに顔も会わせずうつむいていた。捕まって早々ヒカリは強姦されかけたし、拷問こそないが個別に拘束され見知らぬ土地で孤独に耐えねばならなかった。言葉がわからないことも不安を掻き立てた。
「私たち、どうなるのかな・・・」
ようやくヒカリが口を開くも父親は励ます事が出来なかった。普通なら「大丈夫お父さんが必ず守ってやる」と言いたいところだが、この状況ではそれも叶い難かった。もしかしたらこのまま処刑されるかもしれない。いきなり兵士を数十人も殺してしまった。正直、やりすぎである。市中引きずりまわしの刑+リンチ+火あぶりでもおかしくない。
二メートルは何なりと超える筋骨隆々の兵が入ってきた。トゥルイ万人隊長である。モンケ・フラテスとフレッグ・アフマドも入室してきた。この三人は光一らを捕虜にし、そのまま尋問も担当していた。味方の敵であるはずだが、今のところ暴力に訴えることはしない。それどころかヒカリの強姦を未遂に終わらせたので、ある程度信頼は置けるかもしれない。
そのトゥルイがモンケに何か合図した。モンケがヒカリに手をかける。
「や、やめろ!!」
光一は声を上げたが・・・手錠を外されただけだった。光一も茂も同様に外される。
「どういうことだ?」
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「さて、通訳を頼む」
「通訳つったって、絵書くの大変なんですから、そんな簡単に言わんでくださいよ」
「しかたないだろう。それだけ上手に書けるとは思ってみなかった。お前才能あるぞ」
フレッグは人をデフォメルメ化させた絵本のようなものを持っていた。そこには捕まっていた男女がお客としてもてなされている場面に変わる様子が描かれている。マンガタッチで実にコミカルだ。相手も一瞬で理解したようだ。特に少女は非常に安堵したようで、涙しながら喜んでいる。
「伝わったようだな」
「でしょ!?俺って昔から何やっても才能があるんすよ。本気出せば中央の試験だって一発っすよ」
そうかもな、と珍しくトゥルイはフレッグを持ちあげる。
「・・・調子に乗りすぎだ。俺が言葉を教授したら、お前はお役御免だ。試験だって、どうせ面接で落とされるさ」
「ああん?モンケさん何をそんなに嫉妬してらっしゃる?」
「嫉妬などしていない。癇に障るだけだ」
それを嫉妬と言うのよ~と煽りながら二枚目の絵を出す。モンケはイライラし、強烈な不機嫌面をするが、絵を見て感心せずにはいられない。そこには男女が文字を勉強している様子が描かれていた。四枚目、五枚目と見せる。今度はライフルや手榴弾を兵士に教えている様子、光一らがもってきた代物を説明する様子、などが描かれていた。意図を完全に理解した三人は肯定の意を伝え、改めて安心しているようだった。
そして身体を綺麗にしたいことと、私物を返してほしい旨をジェスチャーしている。トゥルイはこれを了承した。
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「あ~!すっきりした~」
帝国軍の客となって半日後、湯浴みを終え、提供されたゲルで悠々自適に過ごしている。解体せずに移動できるものは数が限られている。普通は皇族や将軍しか使用が許可されないので内装も豪華である。しかも召使付き。思わぬ高待遇にヒカリのテンションはタダ上がりだ。
「わからないな。あんなことしたのにまるで国賓待遇。俺ならすぐ処刑しちゃうね」
すっかり精神的に持ち直した光一もそうは言いつつ浮ついてようだ。
「まあ、取引というか条件はあるだろうな。私たちの知識と持ち物に大変興味を示していた。軍に付いていくくらいの皇帝だ。ライフルや手榴弾に興味があったんだろう」
「じゃあ、こっちの言葉を教えてもらってら、俺たちの知識を全部教えなきゃいかんってことか」
「そうだろうな。あの絵を見る限り」
「あ~そりゃ大変だ」
ドアがノックされる。トゥルイ、フレッグ、モンケが入ってきた。
「失礼する」
二メートルを超す巨体は威圧感抜群だ。ゲル内ではさらに大きく見える。
「あ・・・こんにちは」
とヒカリはお辞儀をする。
「konnitiwa」
トゥルイも真似をする。イントネーションを外しながらもオウム返しに場の雰囲気が和んだ。「あはっ♪この人おもしろい~」とヒカリははしゃいでいる。
「ゴホン・・・さて、早速だが、今後の予定をお伝えする。フレッグ、「通訳」を頼む」
「はいはい」
「既に帝都に向けて動いているが、それまでに日常会話に難がない程度に帝国語を覚えていただく。明日から語学研修だ。こちらのモンケが担当する」
次々に絵が書かれていく。まるで四コマ漫画である。
「さらに並行してそちらの知識を教えていただく。ライフル、手榴弾、あなたたちの私物の用途。ニホンと言う国について・・・」
「わかりました」
「貴方達は大事な客だ。ある程度の自由は保障しよう。ここから先は駅が整備されている。駅では外出してもよい。ただし使用人と護衛を連れていっていただきたい」
基本的な取り決めと予定が伝えられた。全てフレッグのマンガ越しであったが、ほとんど完璧に伝わったようだ。
「帝都まではどれくらいかかりますか」
「そうだな?一日七十リーグ移動できるとして、六十日はかからんと思う」
「うわぁ、結構距離がありますね~」
「他には何か質問は?」
「ありません」
「た、戦いより疲れた・・・」
フレッグはようやく終わりが見えた「会話」に安堵した。