4-2
「まて、落ち着け。そんなに生き急ぐことじゃないぞ」
「なんだ。信じていないんじゃなかったのか?私は覚悟は出来ている。君はヒカリちゃんと一緒に果報を寝て待っていてくれたまえ」
ここは高橋茂の自宅である。リビング一杯に広げられた食料、衣服は引っ越しと見紛う程だ。無論ピクニックではない。異世界への渡航法を明かして見せた高橋茂は未知なる世界へ旅立つために武器弾薬を満載し万事に備えようとしていた。もちろん、それは月食がある午前二時に幸山神社境内で荷物満載のトラックに乗って待つ、というシュールなものであるが本人はいたって真剣だった。人気はないが一応街中である。通報されて山のような武器弾薬が見つかれば一発でお縄につくこと間違いない。もちろん佐竹光一にも取り調べは及ぶだろう。そういった意味で引きとめているが、どうも制止が効く雰囲気はなさそうだ。
「もう少し考えてくれないか。俺はお前を犯罪者にしたくない」
「ふふ、光一よ。君はいろんな意味で心配してくれているようだが、安心しろ。必ず生きて帰る」
「そんな死亡フラグが立つセリフも止めろ!だから中二病といっている」
茂は一瞬憐れむような顔をする。大志ある青少年が大人の穢れた世界を見知った時の表情だった。
「少しくらいリスクがあっても可能性があれば全力でやるべきだろう。しかも今回は実質ちょっと神社で待つだけだ。失敗に終われば、それだけだ。武器弾薬はいずれ山にでも処分しにいけばいい」
「うーむ、しかし・・・」
渋る光一に茂は昔話をする。
「私は常にあらゆる事柄に希望をもって臨んでいる。君だって昔はあんな危険を冒して水泳の授業で女子更衣室を覗きに行っていたじゃないか。失うものは女子からの信頼だけで、得るモノは当時知るよしもなかった夏美さんの豊かなおっぱ・・・」
「やめろ!!なんでその話になる」
「アラフォーにもなって、未だにおっぱいおっぱい五月蠅いし。夏美さんをモノにして育乳計画とかキモイことして、協力もしただろう。あ!!まさか、ヒカリちゃんにも豆腐と鶏肉ばっかり食べさせてるんじゃないだろうな?」
「人聞きの悪いことを言うのは止めろ!!ご近所に聴こえるだろが!!」
黒歴史を暴露された光一は恥じる相手もいないのに赤面している。夏美を含めて三人は高校時代からの付き合いである。当時から容姿端麗、スタイル抜群、優等生の夏美を誰が射とめるか学年中で話題になっていた。光一の苛烈で危険なアタックを受け入れ付き合うことにわけだが、敗れたライバル達の怨嗟たるや相当なものであった。根も葉もない噂を流されたこともあり、親友の茂ですら噂と真実を混同している。
育乳計画は事実であるが・・・これ以上掘り下げるのは危険と判断したのか、態度を軟化させる。
「だ~!!わかった!!もう言うな。お前がどうしても探しに行きたいのはよくわかった。今夜くらい付き合ってやる」
「今夜くらい?さっきは失敗すればそれだけと言ったが、私は神隠しがあると信じているぞ。二度と帰れなくなるかもしれんが、それでもいいのかね?」
「そうだ。異世界に行けるなんざ、信じちゃいない。職務質問されないよう、監視役をしてやるよ」
互いの意識と歩調はまったくかみ合っていなかったが今日の夜のみ、お互いの予定は決まったようだ。
「ヒカリちゃんはどうするんだ?」
「あの子は置いていく。今夜は兄夫婦に預ける」
「本人が了承するかな・・・さっきからそこにいるが?」
「はい?ええええ~!!」
振り返るとそこには佐竹光一の娘、佐竹ヒカリがいた。いつの間にかソファーに座っている。特に感情らしいものは見えない。しいて言うならやや冷めたような、軽蔑したような眼で父を眺めていた。いわゆるジト目である。
「お、おまおまおま、お前、いいい、いつからそこに」
「最初からだよ。というか、お父さんより早く来てたよ」
ぐぼっげは!!!
光一はかつてない衝撃を心身ともに受けていた。最初から、だと・・・だとすると、おっぱいおっぱい云々の話も聞かれていたということだ。多感なこの時期に、母親が行方不明となり、メディアに吊るしあげられ、あまつさえ父親が変態とわかれば、いったい娘はどうなってしまうだろう。いや、視線が全てを物語っている。これは親に対する目ではない。尊敬とか信頼とか肯定的な感情でなく、屠殺前の豚を見るような憐れみを込めた負の感情である。もはや信頼を取り戻す事は不可能に近いだろう。
「ち、ちがうんだよ。ヒカリ。お母さんのおっぱいは好きだが、こいつが言ったことは流石に脚色があってだな。豆腐や鶏肉料理はお父さんが好きだからよく作るんであって、別にそんな・・・」
「うん、大丈夫。お母さんがいなくなっても頑張ってたお父さんのこと尊敬してるの。麻婆豆腐、紅蘭亭の味にそっくりでおいしいよね。中華風の鳥料理、プロが作ったみたい。だけど、うん、しばらくは話しかけないでね」
あああああああああ~
うなされている光一に茂は慰めの言葉をかける。
「まあ、ご愁傷様。だが、そう悲観に暮れることもない。娘は必ず父親に対して生理的嫌悪感を持つ時期がくる。遅いか早いかの違いだ。どうせ君が変態とはいつか分かることだ」
「お前のせいだろがーーーーーーーー!!!」
全身で怒りを表現する光一を無視し、ヒカリは高橋茂に話しかける。
「茂さん。今日、月食があるんでしょ。それでお母さん達が見つかるなら、私も行くよ」
予想通りといった反応を見せたのは茂。対して光一は娘に詰め寄り反対の意向を伝える。
「まて、ヒカリ!!何があるかわからんぞ。危険だからお前はおじさんの家でまっていなさい。今から送るから」
「ねぇ、茂さん別にいいでしょ?」
「うむ、まったく問題ない。君の勇気に敬意を表する。父親にもそれを見習ってもらいたいものだ。
さて、君は私物を用意してくることだ。もし異世界に行けたら、長く帰れないこともありうる。スペースは沢山あるから好きだけ持って行きなさい」
「ありがとう。じゃ荷物持ってきます」
「あ、ちょっ、と待ちなさい」
茂には終始笑顔で父親には一瞥もくれず家に帰る。心身とも打ちのめされた光一は娘の背中を見送るしかできない。その姿は実に情けないものであった。
ヒカリが出て行ってから入れ違いに真冬というのに軽装の男性が二名訪問してきた。
「こんにちは~。引っ越しのタカイです~。お荷物をお客様のトラックに運ぶだけとお聞きしたのですが、よろしかったでしょうか~」
「うむ、よろしく。ここにあるやつを全部頼む。
・・・ああ、ここらの段ボールは丁寧に運んでくれ。割れものでね・・・」
「了解しました~」
光一を完全に無視する形で話がどんどん進んでいく。
「これで、三人で行くことが決まったな。君も必要なものを揃えてきたまえ。今が冬休みでよかったよかった」
「そういう問題じゃなーーーーーーーい!!」
光一の叫びは寒空の中虚しく響き渡っている。