3.新たな訪問者
「なにか申し開きすることはあるか?」
皇帝の冷めた言葉が空間を突き抜ける。誰もが背中に冷たいものを感じており、悪寒を覚えたものは軽く尿意をもようすことになった。季節は秋で穏やかであるはずだが、ここだけ真冬に放り込まれたようだ。
「私には弁解する資格はありませぬ。同胞の警告を無視し、部下を危険に晒し、死地に追い込んだのは私です。責任は全て私にあり、同胞と部下にはなんら落ち度はございませぬ」
相対しているのは万人隊長ライル・ヒルトである。片膝をつき、恭しく頭を垂れている。
「ふむ、まあそう言うな。帝国一の軍師とやらの分析を聞いてみたいのでな。これだけ被害が出たのは何故だと思うか?是非ご教授承りたいが?」
これほど辛辣な言葉も珍しい。今のところ顔には出ていないようだが、それだけ怒りが大きいということだ。皇帝のポーカーフェイスに対して周りは青ざめていき、言葉を向けられた当人は青色塗料に染まらんばかりだ。二の句が出せないライルはパクパクと口を動かし、とっさに何も出てこない自分を恨みつつ、次を待つことにした。
「うん?まあいい。貴公の最初の弁に興味はない。何故敗退したかも聞き及んでいる。敵が新兵器を用いたそうだな。我々が知る既存の武器を超えており人馬を焼き払い、大地を吹き飛ばす力があるそうな。余が知りたいのはそんな新兵器で待ち構えている相手に、何故勇猛、いや無謀にも突撃をしようと思ったのか?何故勝てると思ったか?の二点だ」
慎重に言葉を選びながら恐る恐る話し始めた。
「・・・私が突撃命令を出す少し前、グランチェの街にて大規模な火災がありました。建物は吹き飛び爆音は留まることなく、その惨状は棲さまじいものでした。その時点で新兵器の存在は疑われました。しかし、私はあくまで火災の延長であり、潜入班の破壊工作の類と考えました。既にグランチェは混乱の極みにあると・・・」
「それで?」
「は・・・こ、混乱に乗じて、か、勝てるかと・・・」
皇帝はやはり冷めた目で返している。沈黙が息苦しい。片足だけ外され、絞首刑に課せられているようだ。いっそのこと、さっさと死刑判決を出してもらいたいくらいだ。
「貴公がその時、どう思い、どう行動したかわかった。周りの警告を押し切り死の行軍を行おうとするほど、敵方の火災が棲さまじい、衝撃的な光景だったということだ。つまり、前後不覚に陥っていた、ということだな」
「うっ・・」
「あまりに軽率というしかないな。そもそも余が到着するまで手を出してはならんと命令していたはずだ。それを個人的な武勲の立て所と勘違いし、さらに作戦の成果と思い違い、敵の戦力を見誤ったのだ。たしかに貴公の作戦は承認していた。準備に九割労力を投じれば、後は収穫を待つだけでよかった。それを嵐が来て落ちた実を、もったいないからといって食った結果、食中毒をおこしたのだ」
皇帝の評は正しかった。半年前から準備してきた作戦である。少々の手違いがあっても投資してきただけ回収したいと思うのは当然だった。だが、事業に失敗したとあっては引きどころが大切なのだ。見誤れば次から次に成果を出せない無駄な投資をすることになり、行きつく先は倒産である。それを身をもって味わったというわけだ。
では倒産の責任は誰が取るのか?もちろん、会社を率いてきた社長である。破産管財人は不良債権を適切に処理し、会社更生の為、やとわれ社長は解雇せねばなるまい。それが、戦士した部下、遺族へ報いる手立てだった。今の所言葉軟らしい非難に留まっているが、処分内容は目に見えていた。後はそれを待つだけある。
「恐れながら申し上げます」
声を上げたのはノウエル・ヨーデである。彼を見た者は、端正な横顔に中年の渋みを加えたバランスの取れた「大人」をイメージする。それは皇帝に相対しても変わることはない。旗下兵士たちには「父」として慕われ、僚友からの信任も厚い。戦場働きも長く、指揮統率力もさることながら自身も騎兵として一流と称される腕を持ち合わせていた。
相対するはウラヌーフ帝国第二代皇帝ウルム・カリファ。迫力はないが、不気味な威圧感を醸し出す。知的な印象を受け、立ち振る舞いは妙に芝居係っている。特徴的な感情表現は癖ではなく、わざと、ともっぱらの噂だ。対照的な二人が直接話すのはこれが初めてである。
「万人隊長ノウエル・ヨーデか。なにか弁護する事柄があるのか?」
「は、此度の敗戦、誠に遺憾であり、それを防ぎきれなかった私としましても慚愧の念に堪えませぬ。この罪はたしかにヒルト殿が背負うべきでしょう。しかし、信賞必罰は武門のよって立つところ。功あれば、減刑の余地がございましょう」
「ほう、功ありとな?戦場で刹那とも言える時にて一八〇〇名もの勇者を殺す手立てを、余は思い浮かばぬ」
「後の戦いを思えば、これは第一級の戦果とも呼べる働きです・・・おい!!」
ノウエルの合図に部下が幕下より恭しく表れる。両手には見慣れぬ物が抱かれている。それを妙に離れた場所に置くのだが、不審物故、皇帝は疑問に思わない。あれが何であるか、容易に想像がついたからだ。
「一応尋ねるが、あれは何だ?」
「は、ご明察の通り、西方諸王国軍の新兵器にございます」
一同のざわつく声こと野鳥の群れそのものであった。言が正しければ、あれこそが敗戦の元凶。百戦錬磨の帝国騎兵隊を殺戮した、悪魔の兵器なのである。
親衛隊隊長カブル・バアトルは皇帝の周りを人手で固めつつノウエルを問いただした。
「貴様!!皇帝陛下御前にして、そのような危険な代物を持ちこむとは!!どういうつもりか?!理由如何によってはその首飛ぶぞ!!」
「既に検分は済ませてあります。これは火がなければ牙を剥くこともありませぬ。また、中の爆発物は取り除いております」
「バアトル隊長、そう怒鳴るな。貴公らも落ち着け。あれは大丈夫だ」
場を仕切る皇帝の言に落ち着きを取り戻す。それでも皆「献上品」から心持離れており、皇帝の周りには近衛が張り付いている。守られている当人は解散を促すが、近衛らは首を横に振り忠誠心を示している。
「わかるように説明したまえ」
「ははっ、ヒルト殿はあの係争の中、部下に敵新兵器回収を命じました。敵陣に近く、攻撃の危険もあり困難な任務であったでしょう。しかし、泥炭の中を嗅ぎ分け、見事成功されました。もし、今回鹵獲できなければ正体を知らないまま次の戦いで更なる損害を被っていたかもしれません」
「なるほど、わかった。たしかにそれは大手柄だ。それに学者どもに詳しく見てもらえば、複製することもできるかもしれぬ」
「ははっ、まさにおっしゃる通りで。この功あれば、なにとぞヒルト殿のご助命を!」
熱意と勇気ある申し出であったが、皇帝はさほど感銘していないようだ。芝居がかった仕草で一時考えている。
「ふむ、まあいいだろう。ライル・ヒルトへの処分は追って通達する。それより、その新兵器とやらに興味ある。検分を済ませたと言ったが、どの程度わかっているのか?」
「蝋線より炎をかけると中心にある黒い粉状の物体へ移り、それが爆発的に燃え上がるもの、としかわかっておりませぬ」
「いくつ鹵獲したのか?」
「六つであります。その内三つを検分に使用しました。これはその内の一つであります」
「よろしい。帝都に到着次第、軍総力を挙げて残りを分析しろ。いくら金がかかっても構わん。指揮はノウエル・ヨーデ、貴公が行うのだ」
「はっ、承知しました」
「この話はもういい。敗戦の詳細な分析は帝都で行うとしよう。貴公らにとって明るい話題もしたい」
ひとまず主目的を終えた会合は論功行賞に移った。新兵器鹵獲に成功したトゥルイは首席千人隊長から万人隊長への昇格が決まった。これにより、ライル・ヒルトが率いていた部隊を受け継ぐことになった。部隊は傷ついており再建が思いやられるが、そこはトゥルイ新隊長の腕の見せ所であった。さらにフレッグ・アフマドとモンケ・フラテスと合わせて金貨三〇〇〇枚が下賜された。フレッグは皇帝の前で飛び上がって喜んだが、その瞬間複数人から顔面土下座の刑を強要されることになった。
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「あの場ではしゃげられる貴様の気がしれんわ。あまりの不敬に俺は心臓が飛び出すかと思ったぞ!!」
「いやいや、別にいいじゃないですか。陛下も笑って済ましてくれましたし」
「わかった。やはり貴様、帝都での座学は延長だ。一年はやりたまえ」
二人のやりとりは最早名物である。新進気鋭の万人隊長と一介の十人隊長の会話ではなかったが、モンケ・フラテスを加えたトリオは軍内部で話題となりつつあった。帝国軍二十万の内、個人トーナメントをやらせたら誰が勝ち残るか?誰に聞いても名が挙がるのは彼らである。三人は十指に入る実力者であった。
ここはグランチェ市と帝都テムネイの中間地点。会合も終わり帝国軍は故郷へ帰途するところである。周囲は草原から荒野に移り行く地点で遠く臨む山々がなければ帰り道が分からなくなる。それほど殺風景な場所だった。何か異常があればすぐわかるのだが、一応決まりで出発前に周囲の巡回を行うことになっていた。フレッグ・アフマドが担当する。戦闘と違い、穏やかな任務となるはずであった。事実、風の音以外は何も聞こえない。
「ところで隊長、一つ聞いていいですか?」
フレッグには珍しくやや緊張した面持ちで尋ねる。一年の座学は流石に堪えるのか・・・
「いいかげん閣下と呼びたまえ」
「はい、閣下。一つよろしいでしょうか?」
「なんだ?俺の報償分はやらんぞ」
「それは応相談でお願いします。聞きたいのはアレです、アレ」
「アレとは・・・?」
トゥルイはフレッグが指さす方に顔を向ける。
全身に毛が逆立つのを感じた。
十馬身もあるような巨大な物体。
異様な駆動音が耳を突き刺す。どの戦場でも聞いたことがない音である。
車輪のようなものの付いている。心なしか僅かに動いているように感じる。
トゥルイはグランチェ戦場で感じた以上の衝撃を受けていた。
「これはヤバイ、ニゲロ」
しかし、頭で理解していても身体がいうことを利かない。
「なんなんですかね~アレ?隊長、指示を下さい」
フレッグでさえ声が上ずる。その言葉にようやく上司として我に還る。
「・・・ゆっくり後退しろ、刺激するようなことはするな。背も見せるな」
「人が乗ってる」
「え!!」
目を凝らすと、たしかに三名乗っているのを認めた。中年の男二人に若い女が一人。三人とも一様に驚いているようだ。
それは地球より佐竹守、夏美、高橋レナを探しに来ていた一行だった。
佐竹光一、佐竹ヒカリ、高橋茂は帝国軍の駐留する草原にトラックに乗って参上してしまったのである。