1.草原は燃えているようだ
ノウエル・ヨーデは絶叫した。これまで優勢だった友軍が文字通り飛散しているのを見れば、誰だって叫びたくもなる。瞬時に何が起こったか理解した。やはり戦闘前の爆発は新兵器の類だったのだ。あれが我が軍に使われたのだ。とすれば、もっと強く反対すべきだったか?いや今さらそんなことを考えても仕方がない。この上は速やかに撤退し、被害拡大を防がなければ。
「ウランバル殿。見ての通り我が軍の被害は甚大です。あんなのがあっては決して勝てませぬ。これ以上無益な戦は止めにしましょうぞ。今すぐ撤退命令を!!」
主席万人隊長ウランバル・ハルバートはあまりにショックなのか呆けていた。この反応は至極まともだと思うが全軍の長たる主席万人隊長だ。どんな事態でも冷静に構えてほしいものである。
事は一刻を争う。
怒声にも近い声で再び名を呼ぶ。
「ウランバル殿!?」
「う、うむ。すまん。まさかあれほどの威力があろうとは思わなんだ。どうやら、貴公らが正しかったようだ」
「ご命令を!!」
「わ、わかった。そう怒鳴りなさんな・・・
直ちに撤退の狼煙を上げよ。我らも後退する。前線のライル・ヒルト隊への救出は誰かに行ってもらわなければ」
流石に及び腰なのか、自ら隊を率いて救出に行こうは言わない。ノウエルは呆れ果てたが、文句を言っても始まらない。こうなっては自分が動かなければ・・
「私が味方を救出しに行きます」
「おお、そうか!では頼む」
ノウエルは貴下の千人隊長を招集した。その中に貴下ではない同列の者が二名いた。同じく万人隊長のヒリツ・バングとメッセ・アインである。
「一部の危機は全軍の危機。俺も行こう」
「ヒリツよ。らしくないな。お前は頭が良いから首から上だけ働かせたまえ。口も手も動かす必要はないぞ」
普段の態度を槍玉に挙げ皮肉を言ったつもりだった。もちろん誰も笑いはしない。
「この後に及んで嫌味は結構だ。救出とはいえ危険は大きい。全軍であたらなければ二次災害を招きかねんぞ」
「ヒリツ・バング殿のおっしゃる通り、一人だけ危険を請け負うなどと申すな。何のための味方か?」
メッセ・アインからも詰問される。
「いや、アイン殿。その通りだと思うが未知の危険だからこそ私は全軍で当たるのは無謀と考える」
「しかし、戦力の逐次投入は・・・」
「それは攻める時の話だ。それに戦場は広いが味方は集中している。大軍で行けば現場が混乱するだけだ」
「私一人だけでも」
「先任としてのお願いだ。待機していてくれないか?」
ヒリツ・バングは年上の二人のやりとりに明らかに不機嫌になっている。
「おい、目的は同じなんだ。時が下ればそれ以上に救出が遅れる。そこまで言うなら俺は動かんよ。行くなら早く行け」
「・・・お前はもう少し口をどうにかしたほうがいいと、何度言えばわかるんだ?」
「ふん」
無礼に応えるとヒリツは踵を返した。彼にも彼の部下がいる。きっと浮き足立っているに違いない。早く自軍に戻り、取りまとめ、皆に役割を伝えなければならない。
「私はライル・ヒルト隊救出に向かう。貴公も早く戻りたまえ。部下が心配しているぞ」
「承知した。だが、無理は禁物だ。支援が必要と判断したら、要請がなくとも駆けつけるが、よろしいか?」
「そうならないことを願うよ」
救援活動に支援が必要ならこの場合は救出隊も攻撃を受けることを意味する。そうなったらあの威力だ。全滅はさけられない。
「幸運を祈る」
メッセ・アインを見送ると自らの部下へ命令する。
「これからライル・ヒルト隊救出に向かう。戦闘よりも危険かもしれんが、皆、宜しく頼む」
「はっ!!」
「息のある者は速やかに後方へ送り、特に重傷者を優先せよ。軽傷の者は可能なら自力で歩いてもらう。敵に攻撃の兆候があれば、ただちに作業を中断し撤退せよ。身の安全が最優先だ」
「はっ、了解しました!!」
「では行くぞ!」
ノウエル・ヨーデ隊一〇二〇〇名は赤色の草原へ向かう。隊員の全員が不安を胸に秘めつつ、我を殺し任務につく。
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救出活動は速やかに実施された。ノウエルの言う通り、戦場は広いが味方は集中していたので効率よく撤退できたわけではなかった。無事な味方を後方に下がらせ負傷者と遺体を運ばなれければならない。血で足元が悪くなる中、のたうち回る負傷者には骨を折った。原型をとどめていない者もいたので遺体の回収は大変苦労した。いつ敵から攻撃に遭うかと思うとその恐怖は半端ではなかった。
結局、これまでにない程味方が動揺する中、無事に撤退できたのはノウエルの手腕に帰すところだった。また敵からの追撃がなかったことも大きかった。遺体を全て回収できたわけではなかったが、これ以上死者が出なかったので上出来といえるだろう。
しばらく行方不明になっていた万人隊長はヒルト隊首席千人隊長のトゥルイが探し出した。最前線で呆けていたのを発見したという。今は残存部隊を指揮している。発見直後は我を見失っていたが、トゥルイの声掛けに正気に戻り今は表面上冷静に見えた。
しかし、今回の責任を考えると本人は気が気でならないだろう。反対意見が多く占める中突撃を強行。成果を出すと自信満々だったのにもかかわらずこのザマである。最後に一押ししたウランバルも責任大だが、罪の大きさでいえばライルが一等賞なのだ。流刑以上の罰は当然だろう。
結局、全ての隊が撤退する頃には陽は赤く染まっていた。グランチェ正面入り口の草原は血の色が照らされ燃え上がっているようだ。兵士たちの横顔も同じであったが、気持ちは一様に沈んでいた。ノウエルの「整然と岐路につこう」と鼓舞も彼自身が疲労の極にあり説得力に欠けていた。
惨敗という結果に終わった帝国軍も一握りの収穫を得ていた。
ライル・ヒルト隊主席千人隊長のトゥルイが敵新兵器と思われる物を回収したのだ。
ノウエル・ヨーデら最高幹部にその報が伝えられた時、既に日は沈んでいた。就寝中のノウエルは飛び上がって喜び発見したトゥルイと部下二名を褒め称えた。それが何であるか誰も判らなかったが、血泥の中から見つけた成果は必ず報われるに違いない。そうでなければ割にあわない。帝都に持ち帰り分析できれば同じものが作れるかもしれない。そうすれば我々が受けた痛みを王国側へ倍返しできる。
復讐を誓う者も少なくない中、発見者のフレッグ・アフマドは声高に成果を主張していた。最高幹部に物怖じせずに「俸給は倍ですかね」と軽口を叩いている。
トゥルイに殴られつつも彼ともう一人、モンケ・フラテスはその場で十人隊長へ昇格した。ただし、フレッグのみ三日間の座学講習を命じられた。