20.帰還へ向けて
パーティーが終わったその晩、守はレナと夏美とイリカにエルブルスから勧誘された旨を伝えた。言われたようにグランチェだけではなく様々な場所で情報収集する必要がある。しばらくここに滞在し今ある情報を整理した後、王国首都エルディオンに行きたい旨伝えた。
「そうですか。予想していましたが、やはり日本へ帰るため、旅をしたいというわけですね。私はできるだけ長く滞在していただきたいと思っています。街を救えたのは皆さんのお陰ですし、皆さんがいることによって私たちは莫大な利益を得られる立場です。どうか考え直していただけませんか?」
「いや、これは俺の意見であってまだ二人と相談したわけではないんですよ」
イリカは心配そうに夏美とレナを見つめる。
「私は守君の意見に賛成かな。三ヶ月近くいるけど進展はないし、王都って人がいっぱいいるんでしょ。もしかしたら何か知っている人がいるかも」
「私も同意見ね~
この街には長くいたわけだし、私たちの処遇を巡って色んな人たちが色んなこと考えていそうだし。帝国のスパイだってまだ捕まってないんでしょ?身の安全を考えれば・・・」
返事の途中でイリカは既に失望の表情を浮かべていた。
「でも道中危険かもしれませんよ。それに王都で宿暮らしは高くつきますよ。滞在のあてなどないのでしょう?」
「それはエルブルスさんが護衛してくださるみたいです。滞在費のことは実は考えがあります。万年筆に限らず便利なものはいくらでもありまして、物に限らずアイデアとか。それを売ればなんとかなるかと」
まったく自信がないわけではないが、流石にハッタリである。夏美はともかくレナと守はバイトすらしたことない。そんな簡単に金は稼げないだろう。譲歩を引き出したいのはこちらも同じなのだ。そして、今の言葉はイリカに充てたものでもある。
「決意は固いようですね。そこまで仰るならお留めいたしません。それでは、これは提案なのですが、そのアイデアとやらを私が買い取るというのでどうですか?街を救っていただいたお礼として幾分か差し上げてきたつもりですが、今後も契約もないのに一方的に知恵を授けてくれることはできないでしょう?いや、もちろん契約といっても定期的にあれを教えろこれをなんとかしろとか言うつもりはありません。気まぐれに教えていただいて結構ですわ」
話に食いついてきた。前から判っていたことだが、どうもイリカ嬢は相手に乗せられやすい性格なようだ。守は二人にアイコンタクトした。どうぞ、ご自由にと返ってきた。
「それで構いません」
あっさりと契約は成立した。といってもトラブルがないように文書にしたいものだ。特に金額はどうするか。歩合なのか、定額なのか。基準もわからないし、定額がよいだろうか?
「グランチェを拠点に活動されるとよいでしょう。お金に困ったら、戻ってきてくださいね。私も皆さんが日本に帰れるようお手伝いします(うそ)帰れる目処がついたら教えてくださいね」
「わかりました」
さて、今日はもう遅いので詳細は明日以降と締められイリカは自室に戻っていった。
「これで私たちはレイブン家のお抱えね。迂闊に日本のこと話せないね」
不用意にシャーペンとノートを周りに見せびらかしていたことを言っていた。
「それは契約内容次第と思うけど、まあ罰則規定なんて入れてこないと信じよう」
「そうね」
夏美はパーティー会場から拝借したウイスキーに似た酒を注ぐ。ストレートで飲みながら嬉しそうに話す。
「それにしても、やっと物語が進んだ気がするね~。ずっとこの街にすし詰めだったし。これから色々考えないとね~。まずはイリカさんから以前来た日本人のことを聞き出しましょ。私が思うにまだ彼女はまだ何か隠している気がするのよね~。
目処がたったら王都にいましょう。距離は歩いて二〇日って言ってから大阪、東京間くらいかしらね」
「夏美さんって時々よくしゃべるよね」
「だって歩いての旅だよ!冒険だよ。護衛がいても道中なにがあるかわからないよ。出会いあり、別れあり、色んなドラマがあると思うとワクワクしない?」
ド○ゴンクエ○トを思い出す。たしかに冒険と言い換えれば前向きになれそうだ。RPGでは主人公は苦難を乗り越え出会いに別れを繰り返し、成長し、魔王を倒すのだ。某小説投稿サイトでは多くの主人公は異世界でチートしつつも課題をクリアしながら世界を又に活躍するのである。
「ワクワクは俺だってしてます。冒険は嫌いじゃない」
「私は徒歩は嫌だな・・・せめて馬車を使いたい」
「ふふ、今日は遅いし明日の予定は明日立てましょう。今日はもう寝ますかね」
「異議なし」
レナは二人ののん気さに肩を竦める。今日の議論は終わりである。
「おやすみなさい。また明日」
自室に戻り、レナは一人考える。たしかに夏美の言う通り、やっと日本に戻るための準備ができる。同じときが経っているとして、地球でも三カ月近く時が流れている計算になる。父の高橋茂は心配しているだろう。こちらに来る前は毛嫌いしていたが、今になって寂しくなり切なくなった。毎日会っていたときは家族の大事さはわからないものだ。
無事に日本に帰れたら、たった一人の家族をもっと大切にしようと思った。