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19.万年筆のプレゼント

 異世界「アガルタ」へ到着したのが「九の月」十七日だった。二十七日には帝国との戦闘があり、その日に終了する。「十一の月」八日、慰霊の儀を終え、避難民は徐々に故郷に帰り始めた。一時的に集められていた警備隊もそれぞれの職に戻り、グランチェ市民は落ち着きを取り戻していた。





 「十二の月」十五日、佐竹守、高橋レナ、佐竹夏美が異世界に来てから三ヶ月が経とうとしていた。この日はエルブルスらの送別会が予定されていた。駐屯していた騎士団がそれぞれ故郷への帰還を前日に控えていたからだ。


「これでよしっと」


 高橋レナは丁寧に包装した万年筆とノートを満足げに手に取る。これらは帰還するエルブルスらへの手見上げである。

 「十一の月」七日に「ノート・シャープペン事件」があった際、イリカは同じ物を作りたいと守に詰め寄った。しかしシャープペンはともかくボールペンは精密機械であり、この世界の加工技術で製作は難しいと言われた。ノートも同じである。つけペンと手作り製紙しかない「アガルタ」でこれらの文房具が作られれば非常に魅力的な商品として歓迎されるだろう。世界一の都市を目指すと野望に燃えているイリカとしては是非特産品が欲しかったのだ。色々諦めきれない彼女に助け舟を出したのは夏美である。彼女は万年筆という新しいワードを提示した。守とレナは持っていなかったが、夏美は一本だけ所持していた。


「これが万年筆よ」


 持っていたのは中々に高級な物だった。乳白色を基調にした本体に鮮やか草木がデザインされている。ペン先は金で出来ている。キャップも本体と同じく下地であるがこちらはピンクの胡蝶蘭が描かれている。買えば三十万円以上する代物だった。


「きれい~」

「えらい良い物ですね」

「これは・・・すばらしいものですね」


 誰が見ても高価であるとわかる。有名メーカーが有田焼とコラボした作品だった。


「手にとっても?」

「どうぞどうぞ、ただし壊さないでね~」


 恐る恐る手に取るイリカ。ノートに試し書きする。流れるような線が描かれた。


「なんとも言えない書き味ですね。でもこれはボールペンとどう違うのですか?」

「ボールペンっていうのはその名の通りペン先に小さなボールが入っているの。詳しくはわからないけど、たぶんこのボールの加工技術と固定するのが難しいんじゃないかな?それに比べて万年筆はどちらかと言うとつけペンに近いの。中にインクのカートリッジが入っていてそこから毛細管現象を利用してペン先にインクが出る仕組みになってるの」

「も、もうさいかん現象?」


 知らない言葉にイリカは戸惑う。


「どっちにしてもボールペンより仕組みは単純で作るのは簡単なはずよ。液漏れさえ防げればね」

「これを貸して頂くことは?」

「それはダメ。光一さんからプレゼントされた大事な万年筆だから。ピンクの胡蝶蘭は、あたなを愛しますって意味で、これを渡された時に・・・」


 話が長くなりそうなので軽く咳払いをする守。


「万年筆の仕組みを図にしますので、どうしても作りたいのならこれを参考にしてください」とスマホ片手に製図を行った。毛細管現象を簡単に説明した文も添えて。

 こうして優秀な職人を集めて試作品を五本作り上げた。まだ完成とは行かないが十分に実用に耐える出来であった。一本当たりにかかった費用は新米兵士俸給の三カ月分だった。高い買い物だったが、発注主は満足だった。これを量産できれば調達代も下がる。そうすれば市民が手にとれる額まで下げることは可能だ。世界中から引く手数多だ。技術も製造法も隠すつもりはない。きっと多くの万年筆職人が生まれ、街は潤うに違いない。

 そんな未来を夢描きつつ、試作した五本の内四本は騎士団に贈られることになった。日本では実用品はボールペンに取って代わられ、万年筆は趣味やコレクターアイテムとしての位置らしい。贈答品としても人気があると話を聞き、街に貢献した騎士団に奮発することにした。


「よろこんでくれるかな?」


 万年筆と共に添えるのは守とレナが持っていた未使用ノート四冊。これだけでも「アガルタ」では一財産である。


「そろそろ時間だよ」


 佐竹守はレナを促す。二人は高校の制服。夏美な仕事用のフォーマルスーツ。三人ともこの世界に舞い込んだ当初の格好である。


「いやあ、パーティーなんて初めてだから緊張するな~」

「そんなに緊張する必要はありませんわ。挨拶してくる人に適当に相槌でも打っていただければ・・・主催の私としましては、お食事を舌鼓され楽しいひと時を過ごして頂ければと思っています」

「騎士団全員を招待って、イリカさん本当にお金持ちですよね?」

「いえいえ、それほどでもありません。我が領地は一人当たりの穀物生産高と一人当たりの工業製品出荷高が西方諸国一といった程度です。人口が少ないのでたいしたことありませんよ」

 

 さり気にものすごく自慢してきた。

 

「それはすごい。ところで、なんか挨拶とはありますかね?」

「え?そんなのはありませんよ。ああ、最後にエルブルス団長が挨拶されます。その時、勝因の引きあいに皆さまをお呼びするかもしれませんね」


 パーティーで長々と挨拶するのは日本くらいと聞いたことがある。もっとも欧米のパーティーを見たこともないので真実は定かではない。この世界の常識はわからないがイリカの言った通り、少なくとも開会の挨拶らしきものはなかった。食事が運ばれると皆勝手気ままに飲み食いしている。一つの会場に騎士団全員は入りきらないので部隊別に街の飲食店を貸し切っている。この会場は上級幹部中心に招待されている。様式は立食である。

 立食パーティーであればすぐに主だったメンバーを中心に輪ができる。主催はエルブルスら騎士団であるはずだが、人々はすぐにイリカと守、レナ、夏美を取り囲んだ。


「貴方方がいてくれたおかげでこの街は、いやマールバラ王国は救われました。皆に代わって御礼を申し上げます」

「いやいやマールバラ王国だけではない。西方諸王国全体が救われたのですぞ。やつらの侵攻ルートを考えるとこの街を拠点に侵攻の足がかりしていたことは間違いない。それを考えると御三方の功績は両手で抱えきれぬほど大きい」

「それにしても英知に優れることだけではなく、御二方は本当に御美しい。あなたはご結婚されてる?そりゃ残念」


 型どおりの挨拶からレナと夏美の容姿へ話題が移るのに時間はかからなかった。そして守も周りに人だかりがなくなるのも時間はかからなかった。別にチヤホヤされたいわけではないが、これだけ扱いに差があると誰でも寂しくなる。結婚式では主役は花嫁で旦那は添え物と決まっている。運命を受け入れ、ため息をつきながらも本来の目的である食事に手を伸ばした。


「少しばかりお疲れかな?そんな大きなため息をつくと幸せが逃げていくよ」


サンドイッチのようなものに伸ばしていた手が止まる。


「疲れてはいませんが、あちらの華やかさにちょっとですね」


 正直に見栄をはらず心情を述べる。


「うむ、まあ無理もない。二人は魅力的だからな。だが、君もなかなか好青年だと思うぞ。今回若い女性が少ないが、場所が場所なら引き手数多だよ。自信を持ちなさい」

「御世辞でもありがとうございます。それより、ため息は云々の下りは俺の国でもよく言われますよ」

「人間考えることは国や世界が変わっても同じということなのかな?」

「そうかもしれませんね」


 ここまでは最初の挨拶といったところだろうか。顔つきと口調を変えて話題を変わる。


「ところで、私は明日から王国首都エルディオンに帰るのだが、君たちはこの先一体どうするのかな?」

「こっちにきていきなり戦争準備で忙しかったですから、三人でまとも話す機会もありませんでした。でも目的は決まっています。俺達は日本に帰ります。今のところ、どうやって帰るのかもわかりませんが・・・」

「そうかね?では突然で申し訳ないが、私たちについてこないかね?確かに情報はレイブン家が多く持っているだろうが、違った場所から違った視点で調べると思いもよらぬ収穫があるかもしれないぞ?道中長いが、もちろん私たちが護衛しよう」

「それは自分も考えましたが、レナと夏美さんとも相談しないと」

「いやいや、君一人だけでも構わないよ。まあ、明日でなくとも良いし、交代の騎士団もやってくる。他の街へ行きたいというなら専属の護衛もつけよう。ゆっくり考えたまえよ。

・・おや?私はイリカ嬢に呼ばれているようだ。失礼・・・」


 事実上の勧誘に緊張しなかったといえばウソになる。現在レイブン家の保護下にあるので三人は必然的にイリカを通して活動していた。既に火薬、爆弾、万年筆、紙の製造法を教えてしまった。イリカは今のところ情報を独占する気はないようだが、これからも守たちの知識はイリカに集まり彼女は先行者利益を得ることだろう。王国騎士団所属のエルブルスとしては何とか三人の内一人だけでも首都に招き、王国全体、引いては西欧諸王国全体の利益に持っていきたいのだ。まだ守たちの存在を知るのはグランチェ市を出入りしている者に限られる。獲得合戦とか三人を引き離す謀略とか、そういったきな臭い動きは見られない。しかしシャーペン一本で大騒動する世界だ。自分の知識は大したことないが、持っているスマホの情報は(正確には電子百科事典)あまりに貴重である。今日にでも誘拐されないとも限らない。これから日本に帰る手段を見つけるため、ともかく情報を集めなければならない。少なくともグランチェ周辺の街々、王国首都エルディオンくらいは行ってもいいかもしれない。


 レナがエルブルスに万年筆とノートをプレゼントしていた。驚きとともに大変喜んでいるようだ。あれの情報も王国中枢部に伝えられるだろう。そうなれば王国から無理やり召喚されることもありうる。レイブン家はそれを断れないだろう。


「あー、考えても仕方がないや」


 今は腹も減っていることだし、主催の希望通りパーティーを楽しむことにしよう。先ほど手を伸ばしかけたサンドイッチを頂くことにした。「美味い」と素直に感想を言ったが、守は自分が「ぼっち」であることに今さら気づいた。


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