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18.ノートと筆記具

 ある程度話せるようになると高橋レナは市場だけでなく街の隅から隅まで探索ないし観光するようになった。市民の間では連日両手に余るほど買物するレナは有名だ。荷物を持っているのは護衛のマルコ・ファーガソンである。興味のある者はまずマルコに「いつ荷物もちに転職したんだ」と声を掛け、ついでレナに「どちらのご令嬢でしたか」とお尋ねするのである。レナはレイブン家の居候人と返答していた。

 この頃になると街を救った異世界の旅人は黒髪美少女とグラマー美女と冴えない男の三人組であり、今はレイブン伯爵家滞在という話が出回るようになっていた。レイブン家に居候しているなら彼女がそうであるに違いない。あの買物少女は異世界の救世主だと噂が立っていた。

 噂が立っても困ることは特にないし、良からぬことを企む者の為に護衛である。しかしマルコの実力と立場を理解していた市民も両手に荷物の彼を見て「それではお役目を果たせないだろう」と心配していた。

 嫌でも人目を惹く美少女であったが、ノートを片手に買い物をしているだけで特に注目を集めた。この世界では考えられないほど薄くて白い紙。なのだろうが、それが何枚も束ねられている。一枚で一人分の宴会代くらいになるのが相場なので、あの冊子だけで兵士の俸給一ヶ月分になりそうだ。それを殴り書きするように立ったままメモしている。なんともったいないことだろう。紙とは机の上で椅子に座って丁寧に書くものだ。メモしているものはなんだろう?つけペンのようであるが、インクは手元にない。時々頭部分とカチカチと上下させている。それだけでも興味深い仕掛けだが、インクの補充もなしに延々と書くことができる魔法のペンなのだろうか?さらに注視しているとどうやら書いたものを消す道具もあるようだ。白い物体で紙をこすった後、同じ場所に書き直しているのがわかる。書き損じた紙でさえ売れるのに再利用できるは何と素晴らしい。

 どれも商売心をくすぐる代物だけにレナに人々が寄ってくるのは時間がかからなかった。ある店では買い物リストを見せられた店主がこの世界では考えられないほど正確に裁断されたノートに見とれ暫く言葉を発せなかった。ある店では観光地への地図を描いてほしいと頼まれ、ボールペンの書き心地の良さに絶句した。

異世界の旅人、高橋レナ嬢は何やら非常に便利な筆記具を持っているらしい。

市場と工房ギルド、商工会ではこの噂で持ちきりだ。

 そして、とうとうある店でメモを取っているレナに人だかりができる。店主も我慢できず周りの声を代弁する形で質問する。


「お嬢さん、その紙とペンを見せてくれないか?」

「これ?はい、どうぞ」

「少し書いてもいいかい?」

「どうぞ」


 渡したのはA4サイズの大学ノートとシャープペン。すらすらと試し書きをする。インクを付け足すつけペンしか知らない商人は驚愕した。


「こ、これはどこで売っているのかな?」

「私の国のお店ならどこでも売っていますよ」

「そうか・・・

お嬢さんは噂の異世界の旅人とお見受けするが、君の国ではこれは高価なものなのか?」


 店の亭主は誰もが知りたった質問をした。レナの答えに注目が集まる。


「これは二つとも子供の小遣いで買えますよ。こちらの値段で言うとパンと同じくらいですかね」


 ギャラリーは騒然となる。お付のマルコも驚きを隠せない。

 安価ということは、貴重品でないということであり、非常に多く市中に出回っているということだ。どこの国でも手作業で作り上げている紙を大量生産する術があるということだ。

 異世界の旅人は帝国軍と対峙するにあたり三日で爆弾を作り上げてしまった。各国の軍に引き合いはあるだろうが、爆弾なぞ市民生活には関係ない。しかし紙を大量生産する方法が確立できれば全世界から注文が殺到すること疑いない。インクを付けずに書くことができるシャープペンも魅力的な商品である。

 ここにきて市民たちもレナたちの重要性を再認識した。戦争があったので武器や兵器についてばかり目が行っていたが、異世界には他にも便利なものが沢山あるのだろう。この世界で作ることができれば、どれだけ利益が上がることか。


「レナさん!!是非、我が商店に来ていただけますか?」

「ウチの工房で働きませんか?少し間だけでいいのです。作り方を教えて頂ければ」

「いや、是非ウチに!!」


 当然の騒動に目を白黒させるレナ。マルコも我に帰り本来の業務を行う。


「皆さん!!落ち着いてください。佐竹レナさんの身元はレイブン伯爵家が後見しているのです。かってに勧誘されちゃ困ります」

「独り占めするな」「そうだそうだ」と声が上がる。


「レナさん。ちょっと収集がつきません。この場から逃げましょう」

「わ、わかった。ごめんなさい。不用意な発言をしてしまって・・・」

「それはいいです。早く帰りましょう」


 通して、通して、と人ごみを掻き分けレナを誘導する。

 騒動から一時間かけようやく伯爵家に帰還する。今回買い物した荷物は現地に置き忘れてしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ということがあったのよ」

「レナちゃんよく逃げられたね~」


 夏美は相変わらずのん気だ。

 守は皮肉を垂れる。


「そりゃ人気者になれて災難だったね。シャーペンとノート一冊でそこまで大騒ぎになるとはね。スマホはオーバーテクノロジー過ぎたけど、こう生活に密着したものの方が興味を引くのは当然か」

「他人事だと思って、その言い方ムカつく」

「いやいや命に関わることじゃないし、実際他人事じゃん。でもマルコさんもいたのならイリカさんの耳に届くのは時間の問題だね。そろそろ・・・」


 守が言葉を区切るか早いか、駆け足が聞こえてくる。音の主は想像がついた。この屋敷の主、イリカ・レイブンがノックも早々にドアを勢いよく開けた。


「レナさん!!何か騒動に巻き込まれたようですが、大丈夫でしたか?」


 言い訳である。副音声は、早くノートとシャープペンを見せてくれ、である。


「ええ、まあマルコさんのお陰で大丈夫でした。ところで、慰霊祭の準備があるんじゃないですか?もう明日ですよね?」

「それは大丈夫です。他の者に任せてきました。ご無事でしたか?なんでも日本の工芸品を市中の皆に見せたとか」

「ノートとシャーペンですね。ごめんなさい、ちょっと不用意に過ぎました。これだけであんな騒ぎになるとは思っていなくて」

「いえいえ、私も別に皆さんを隠しているわけではないですし。お怪我がなければよかったです。それより、私にも見せていただけないですか。そのノートとシャーペンとやらを」

「ええ、どうぞ」


 イリカの反応はその他大勢の市民と同じである。


「す、すごい。これが普及すれば商業はもとより公文書作成から学習まで、手紙にも使えますね。生活が一変します」

「勉強や商売、手紙はともかく公文書はどうですかね?それ、消す事ができますので」

「なんですって!!どうやって?」

「これを使います」


 消しゴムを右手に持つ。今やイリカの目にはそれが魔法の道具に見えた。


「どうやって使うのですか?」

「こうやります」


 消しゴムで擦るとノートに書かれた文字は綺麗に消えていった。消しカスは小学生の頃誰しもやったように丸めた。

 イリカは火薬の存在を知った時と同等以上の衝撃を受けていたようだ。


「帝国との戦闘もあったせいで軍事面ばかり注目していましたが、こんな便利なものもあるのですね」

「ちなみにつけペンの代わりになるものもあります」


 守はボールペンを取りだした。

 イリカの反応はシャープペンと同様、以下略である。

 

「う~ん、すごい。なんとしても同じものを作りたいですね。これらは作ることはできますか?」

「ちょっと調べてみます」


 お決まりとなったスマートフォンの百科事典で検索する。シャープペンシルは十八世紀末、ボールペンは十九世紀に仕組みが考案され二十世紀に入り実用品が開発されている。シャーペンは工芸の域でなんとかなりそうだが、ボールペンは極小ボールの加工技術、粘性インクの開発などハードルが高そうだった。


「シャーペンはともかく、ボールペンはかなり高度な技術が必要そうですね。作るのはむりかもしれません。それと、紙の生産方法は古来よりあまり変わっていないで俺たちの世界で安いのは単に紙工場が大規模なだけだと思います」

「そうですか。作るのは難しいですか。でも頑張れば出来ますよね?」


 そりゃ年単位の時間がかかる。仮に出来たとしても大量生産は難しく大変高価なものになるだろう。後世、時代を先取りした逸品としてもてはやされるだろうが。


「頑張ってもいいですが、手間をかけるとどうですかね。ボールペンは百科事典の記載にこうあります。精密機械であると」


 要するに技術的に一足飛びしすぎているということだ。エンジンもないのに飛行機を製造することはできない。黒色火薬自体は技術的に極めてハードルが低い。歴史年表で発明年月日を見れば明らかである。

 落ち込んでいるイリカにささやかに慰める。


「まあ、紙は風車を使えば安価に作れるとありますし、どうにか思考錯誤して大量生産することはできると思います」

「ちょっといいかな~?」

「はい?」


 夏美はお約束の間延びした声で会話を遮る。


「ボールペンが無理なら万年筆でいいじゃない?」


 パンがなければケーキを食べればじゃいいじゃない、のような軽い感じであった。


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