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幕間.勉強会

「十の月」七日、佐竹守、高橋レナ、佐竹夏美が異世界「アガルタ」に迷い込んで二〇日が経っていた。つい十日前、後日「第一次グランチェ攻防戦」と呼ばれることになる戦闘が終了したばかりだった。街に深刻な被害はなかった。死傷者の数は一両日中に判明するなど人的被害も少なく、城内の処理は早々に済んだ。しかし城外の惨状は目を覆わんばかりだった。大地は赤く染まり腐臭は立ち込め、かつて人と馬であった残骸が散乱している。各国から観光客が押し寄せたのは今は昔。青々したどこまでも続く草原は今や「赤色の草原」と呼ばれていた。戦場跡の清掃には莫大な金と人手が必要だった。共同墓地や慰霊碑を建てるだけでも家十軒分の金が飛ぶと見積もられた。埋葬は騎士団が行ってくれたが、一時間に一人以上不調を訴えるものがいたので予定は遅れがちであった。結局仮埋葬と仮清掃に八日を要した。慰霊の儀は三十日後を予定している。




 ここはマールバラ王国レイブン伯爵領にあるグランチェ城塞都市。守たちは街で最も広大な敷地を持つレイブン伯爵家邸宅に滞在している。宿舎が提供されていたが、戦闘前に発覚したスパイ事件の為、伯爵家に寝泊りすることになる。

 この居候の期間、守が何をしていたかというと、夏美にマールバラ王国公用語であるルーシ言語を教わっていた。レナは連日外出しているし、イリカは忙しそうに働いているので気軽に声をかけれるのは美人叔母しかいなかった。実際暇を持て余していた。戦後処理は騎士団の仕事だし市民にプロの後処理業者もいた。大事な客でもあるし、守たちの活躍の場はなかった。一日食っちゃ寝の生活もすればもう十分だった。暇で困ったことはないのだが、暇を潰すものがなければ苦痛でしかない。

 さて何をするか。しばし考えると自分はまだこの世界の言語を習得していないことに気付く。イリカは日本語を話せるし、お付のレイブン家の幾人かは流暢とはいえないまでも話せるので意識してなかった。勉強は嫌いではないし日常生活を豊かにするために言語は必須である。外国旅行も言葉がわかれば楽しさ倍増である。誰に教わるかと一瞬考えたが、夏美がチート設定で読み書きすらできるのを思い出す。夏美はわずか十日あまりで流暢に話せるまでになっていた。いつ勉強したのだろう。と思ったが深く考えるのはやめた。

 夏美の部屋を訪ねると先客がいた。レナである。

 目的は守と同じであった。


「買物に行ってるんじゃなかった?」

「一日買物するわけにもいかないでしょ?言葉がわかれば楽しさ倍増よ」

「俺も同じこと考えていた。しかし、あれだな?勉強するんだったら誘ってくれよ。夏美さんも白状ですよ。俺だけ言葉わからんかったら二人も困ることがあるでしょ」

「ごめんなさい~。深く考えなかったわ」

「私だってさっき勉強始めたばかりだよ」


 二人は弁解しつつも「座ったら?」と促す。


「それで、勉強は順調ですか?」

「だからさっき始めたばかりだって。

でも思ったより簡単かも。言葉の並びが日本語とそっくりだし。文字は表音文字だし、基礎ができてればすぐに話せるようになるんじゃないかな?」

「ハングルみたいなものか」

「さぁ?ハングルはよく知らないから」


 朝鮮語の表記文字であるハングルは十五世紀に創られた人工文字である。朝鮮語は日本語と同じ言語形態なので、お互い覚えやすいとされる。


「ん~?ともかく勉強を始めましょう。三人とも話せるようになれば今後色々楽になるね」


 夏美の教授によりレナも守も片言だが話せるようになる。日本語と非常に似通った言語だったので覚えるのに苦労はしなかった。日常でもルーシ語溢れる中で生活していることは大きかった。さすがに十日では無理だったが日常生活に支障がない程度に話せるのに三十日近くですんだ。しかし、すでに専門書も読めるようになった夏美を見て、レナと守は彼女は天才ではないかと思った。


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